第一印~おしかけてきた○○さん(後)(N)
2018/10/19 やりなおし版となりました。
何事かと不安げな表情を浮かべてアルンを見つめるウェローネと、更に全身に冷や汗をかくアルン。
やがてその足音は彼の部屋に前で止まり──
ドンドンドンドンドンッッ!!
ノックというには激しい鳴り響き、その度にドアがミシミシと悲鳴をあげる。
いいかげん壊れるんじゃないかと毎朝不安に思っているのだが、今に限って言えば助け舟になるはずだった。
「ちょっとー!いつまで寝てんのー!起きないと遅刻するよー!」
「あ、ああ!起きてる!起きてるから!」
扉の向こうから聞こえてきた幼馴染の声に、ことさら大きな声で返事を返す。
「もう!何やってるのさー!」
「あ、朝だからな!ちょっとゆっくりしていただけだ!!」
ドアの向こうにいる幼なじみとやりとりしながら、やんわりとウェローネを引き離すとベッドから降り立って着替え始める。
冷や汗をかいたとは言え、彼女のおかげで汗臭さを感じずにシャワーを浴びなくて済むのが割とありがたい話であったが、当の彼女は不満そう頬を膨らませて彼のことをじっと目で追っていた。
(な、なんかやりづらいなぁ…)
「アルン!早くしなさいよ!」
ガチャガチャとドアノブが回されるが、押し引きに合わせてミシミシと音を立てるだけで開くことはない。
「ん?鍵?何で鍵かけてるのよ!」
「あ、ああ、今開け…あっ!?」
鍵を開けようとしたまま、ぴたりと動きが止まる。
彼が在室してる間はいつも部屋に鍵をかけることはないおかげで、今ドアの向こうにいる幼馴染が勝手に部屋に入ってきて色々トラブルが起こることも多々あった。
ところがどっこい今日は鍵をかけている。
在室中に部屋の鍵をかけない男が、部屋に鍵をかけている。
(さて問題。どーしてドアに鍵をかけたんでしょーか?)
「旦那様っ?」
自分で出した問題に、その解答から声をかけられた。
(そーだったぁぁぁ!今開けちゃ駄目だろぉぉぉ!)
「えっ…誰かいるの!?」
「!?」
ウェローネの呼びかけが聞こえたのか、ドアの向こうの幼馴染──『ターシャ=テオルグ』も反応する。
(し、しまったぁぁ!ウェローネがいるからってんで、万が一の為に鍵締めてたんだったぁぁぁ!!)
「だ、誰もいない!いないから!ね、猫が入り込んでいるのかなー?ちょっと待ってろ!」
「ちょっとアルン!?」
上擦った声を上げてしまう自分の必死さに情けなさを感じつつも、自分の立場を守るために彼はドアから一足飛びで離れベッドの上で小首を傾げているウェローネのもとに戻る。
彼女の軽くて小さな体を脇に抱えてクローゼットを乱暴に開けると、そこに座らせる。
あと、ついでに傍らにあったシャツをウェローネに掛けてあげた。
身体強化の魔法を使ってまで行った、わずか数秒しかかかっていない鮮やかなアクションであった。
「いいか?そこで大人しくしていてくれ!」
そう彼女に言い含めるのだが──
「えっと、今日は少し寝過ごしてしまいましたが朝食を作るのは妻の務めですしっ。それにどうやらお知り合いのご様子っ。今後のお付き合いの為にも、自己紹介をば…」
「い、いいから!まだその時じゃないからっ!」
まだ何か言いたそうな表情だったが人差し指を唇の上に押し当てて静かにさせるとクローゼットを閉じる。
いそいそと部屋のドアを開けると、そこには向こうにいたブロンド色の髪の小柄な幼馴染が頬を膨らませたまま腕を組んで立っていた。
まだまだあどけない少女の面影のある顔に似合わない程の豊満なバストがその腕に乗っかっている。
こんな状況じゃなければ、とてもとてもとーてーも眼福な光景だろう。
だがしかし、トレードマークのサイドテールを波打たつつズカズカと入り込むと、睨みつけるような、探るような、そんな目で部屋中を見渡した。
「な、なんだよ?」
「ウチはペット禁止、い、異性の連れ込み禁止ってことは解ってるよね?」
青い瞳をジト目にさせて、ずいっと顔を近づけてくる。
今でこそキツい表情はしているが、本来の性格は明るく、年齢よりも幼く見えるぐらいの小柄なこの宿屋の看板娘は彼の贔屓目で見ても十分美少女だ…とアルンは思っている。
こういった頬を膨らませて不機嫌そうな顔もどこかその可愛らしさを引き立てているとも言えた。
あと、やっぱりおっぱいも大きい。
「わ、わかってるよ。わかってるって。何年、俺もここに住まわせてもらってると思ってんだ」
彼女の視線から極力目を離さずに、憮然と返事を返す。
こういったとき、視線を外した方が負けだ。
自然界ではよくあること。
部屋を貸してくれている親のしっかりとした教育の賜物か、こと部屋管理に関しては几帳面なのは彼も知っていた。
身長の関係でしばらく下からの見上げるように彼の事を見ていたが、やがてにっこりと微笑みかけてくる。
「なら、よし!」
満面の笑顔を見ると年頃の魅力的な女の子なんだという個人的感想を彼は思いつつ胸を撫で下ろした。
「でもね…」
彼女はその笑顔のまま軽い足取りでクローゼットの取っ手に手をかけ──
「ま、待てそこは…!」
アルンに最後まで言わせず、クローゼットの扉の前に回り込ませる暇も与える事なく、ターシャはガターン!と景気良く開け放った!
1カメ!2カメ!3カメ!と言いたくなるぐらいだ。
そこにはちょこんと礼儀正しく正座してるウェローネが居た。
勿論しっかりとシャツを着こんでいる。
「さて、改めて聞くけど、ペットや連れ込みじゃなかったらこの娘は何なのかなぁ?」
笑顔で、そして限りなく穏やかな声で、だけど感じる空気は冷たい。
断じてウェローネが与えてくれた心地よい冷気のおかげではない。
身長差のおかげで見上げられているはずなのに、まるで見下ろされている気分になって彼は足を一歩退かざるを得なかった。
気が緩むと膝を折って床に額を擦りつけそうな気分だ。
「いやー…あっはっはっ…ど、どっかから入り込んできたのかなー?朝からかくれんぼなんて元気なお子さんだなー…」
アルンの苦し紛れな言い訳にも耳を貸しているのかいないのか、じーっとターシャはアルンを見ている。じーっと。
ついでにウェローネも何も言わずアルンを見ている。じーっと。
二人の視線を受けて、ギギギ…と錆びついた音を立っているかのような錯覚を感じつつアルンはターシャの方を向いた。
「あの、ターシャさん…目が笑っていませんよ?」
「ん?そうかなぁ?」
そのままの表情でずいっと一歩踏み出してくるので、こちらは更に一歩下がる。
目の前にいるのは笑顔の美少女だ。
にも関わらず、纏っているのはとんでもない怒気である。
その怒りのアツいオーラのせいか、サイドテールに結ばれた髪までゆらゆら逆立って見える。
アルンの頭の片隅に『笑顔とは本来攻撃的なものである』という、ワケの分からないフレーズが過ぎった。
「せ、折角の可愛い顔が、ちょ、ちょっと怖いんじゃぁないかなぁ?なーんて…」
「可愛いだなんて、ふふ…じゃなくて!」
ターシャは一瞬頬に手をあてて喜んだ表情を浮かべたが、すぐに顔を引きつらせていたアルンの胸倉を思い切り掴んで額をくっつかんばかりに引き寄せた。
「こういう事はホント止めてって言ってるじゃないの!」
「ま、待て!待ってくれ!俺の話を…」
「それもこんな小さい子だよ!?…最低だよ!!」
「あの、よろしいでしょうかっ!」
聞く耳を持たぬ勢いで捲し立てるターシャの言葉をさえぎる様に、クローゼットから降りたウェローネが二人の間に割って入…れないので、主張するように両手をあげて二人の腕をつかんだ。
「な、なによ!」
「ウェローネと旦那様…アルン様とは結婚の約束を結ぶ間柄っ!ペット扱いもいかがなものかと思いますっ!それに連れ込みという下品な言い方はやめてもらえますかっ?」
「な、何なのよ…」
胸倉を掴んでいる手が緩んだ隙にアルンはその身を離したが、ターシャは唖然としながら肩を震わせ始めた。
だが目の前に現れて今はもう彼女の幼馴染にぴったりと寄り添う姿を認めるやいなや、ギリッと奥歯を噛み締めて謎の幼女に顔をあげて睨みつける。
「何なのよ、アンタは!」
「ウェローネは水の精霊ですっ。あの日より、アルン様とは契りを交わした仲ですっ」
「精霊?契り?ワケわかんないわよ!説明しなさいよ、アルン!!」
どう説明しようか口を開こうとすると、ウェローネは呆れたようにふっと鼻で笑って肩をすくめて口を開く。
「先程から申し上げていますでしょうっ?この方とウェローネは婚約者とっ!」
ウェローネも頑なに彼の横から腕を取って離れようとしない。
「そんなことあるワケないじゃない!」
「何故、そう言い切れるのですかっ?そうではないという証拠はあるのでしょうかっ?」
「はぐっ…」
ウェローネは丁寧な口調ではあるが、澄ました顔してかなりの強気な攻めの姿勢を感じる。
「だったら、そっちだって証拠が…」
「ありますっ。でなければ、こうやって旦…もとい、アルン様のお側に居られるわけないでしょうっ?」
「ぐっ…」
言い切る前に被せるように自信たっぷりの表情でウェローネは言い放つ。
「アルン~…ひぐっ…」
むしろその『証拠』とやらも彼は知りたかったが、流石に涙目で訴えかけてくる幼馴染を放っておくわけにもいかず咳払いを一つして気を取り直す。
「と、とりあえずだな。実は俺もまだ状況を完全に把握していないんだよ」
「じゃあ…何で…ぐすっ…隠したりするのよ~…」
涙目で赤い顔のまま、ふらふらと俺の方へ歩いてこようとするがウェローネがその前に踊り出て進路妨害をする。
「…うー…!」
右に左にお互いの攻防は一歩も譲らない。
そんな二人の間に今度はアルンがまぁまぁと入り込む。
「この娘に関しては、俺も考えたいんだ。流石に色々と洒落にならないからな」
「う、うん…」
眼下で『ウェローネはホントに精霊ですっ!』とぴょんぴょんと頬を膨らませて飛び跳ねている幼女がいる気がするが、そこはそれだった。
「こうなったら師匠に相談してみるしかないと思うんだよ」
アルンは小さい事から引き取って弟子として面倒を見てくれた自分の師匠であれば、答えでなくても何かしら道が見つかるのではないかと思い立ったのである。
「アルンのお師匠様って…マリアネッド先生だよね」
「ああ。ていうか、こんな事頼るとしたら師匠ぐらいしかいないだろうな」
「…うん」
彼が師事する『マリアネッド=イーリス』はアカデミーの導師の間でもかなりの変わり者の存在と言われている部分がある。
ターシャもアルンについて行って顔を知っているし、多少は面識もある。
だが、その人となりはあまり知るところではなく本当に相談しても良い相手なのかターシャとしても不安が残る話であった。
以前にもターシャがその不安を口にした事があるのだが『まー魔族の吸血姫だし、長生きだし、俺たち人間と違う考えなのは仕方ないんじゃないか?逆にそれが参考になる意見になる時もあるしさ』と、アルンのマリアネッドに対して全面の信頼を寄せている態度を見せられてそれ以上は何も言えなくなってしまった事もあった。
「なるほど、旦那様がそこまで仰る方であるなら大丈夫でしょうっ。師と仰ぐのならば弟子の妻になる、このウェローネもご挨拶に行かなくてはいけませんねっ!」
彼女は笑顔で頷くと、いつからそこにあったのか、大きなトランクを開けて着替えを取り出し始めた。
「何か手土産も必要でしょうかっ?お好きな物とかお伺いできれば用意するのですがっ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!そうじゃなくて!」
「どわっ!?そこでなんで俺にしがみ付いてくるんだよ!?」
「だ、だってー!!」
どさくさで片腕にしっかり抱き着いてきたターシャの胸の感触を惜しみつつ、その身体を引き離す。
「まったく…しつこい女性は嫌われますよっ?」
ふわりと白いワンピースに袖を通すとその上から水色のカーディガンを羽織り、足元は皮のショートブーツという幼女ながらも大人しく清純さを感じさせる出で立ちに手早く着替えていた。
しかし、ターシャを見るその目はその幼い顔つきにはとても似合わない冷ややかな表情であった。
アルンは胸中で精霊といえばもっと野性味溢れる格好…言うなれば素っ裸がデフォルトかもしれないと想像していたが、案外普通の服装をしてくれたことにそっと胸を撫で下ろした。
むしろちょっと可愛いんじゃないかとも思っていたりした。
「し、しつこい!?」
しつこいと言われてターシャも黙っていられず、ぎらりと威嚇めいた視線でウェローネを見下ろした。
「アンタだって、押しかけてるだけみたいじゃないの!」
「ウェローネと旦那様は結ばれる運命なんですっ!だから良いんですっ!」
「むきーっ!!そういう態度が押しかけ以外なんだっていうのよ!!」
再び真正面から対立する二人の背後に、渦中の少年はドラゴン型と猛獣型のモンスターが向かい合う姿を幻視した。
女の争いとはかくも恐ろしいものであろうか。
「と、とにかくだ。このままだと埒が明かないし、朝飯でも食ってアカデミーに行こう」
「あ、そうだね…って、時間!?」
ターシャにつられて壁掛け時計に目を向けた顔が思いっきり引きつった。
「あたしも準備してくる!」
ウェローネの事も気になったがそれだけに構っているわけにもいかず、来た時よりも慌しく部屋を飛び出して行く。
「時間…って、ゴタゴタしてる間に飯食う所か急がないとマズい時間じゃねーか!」
「あら、そうなのですかっ?人間の世界では朝食は一日の活力源と言いますし、体が持たなくなっちゃいますっ!」
(見た目と違って言うことがこんなに大人びていると…ギャップで力が抜けるなぁ)
だがそれが彼らの知らない世界では『萌え』という概念なのだが、そんな事は今はどうでもいい。
冒険者見習いとして活動をする時期に両親から送られてきた頑丈な皮性のジャケットを羽織り、魔法の触媒の宝玉が埋め込まれているが近接戦闘でも重宝する棒状の武器と肩掛け鞄を手に取ると、姿見を見つつ自分の髪を適当に撫でつける。
寝癖が少し気になったが、今はそれどころじゃなかった。
「…えっと、ウェローネ?」
「はい、何でしょう旦那様っ!」
名前呼んだだけでも嬉しそうな顔をして、彼女はトコトコと近寄ってきた。
キラキラと輝く笑顔を向けてアルンの次の言葉を待つ。
「折角着替えてくれた所悪いんだけど、ここにしばらく居てくれ。今日受ける講義が終わったら、迎えに来るから」
「そ、そうですかっ…。仕方ないですねっ!旦那様のご迷惑になるのも本意ではありませんしっ。少しだけお待ちくださいねっ」
「あ、ああ…」
彼女は一瞬悲し気な表情を浮かべて肩を落とすが、すぐに小さく頷くと再び持参しているトランクを開けてごそごそと漁る。
そして笑顔で戻ってきた彼女の手の平には一対の指輪が乗せられていた。
それは青い小さな宝石が埋まった銀の指輪だった。
凝った装飾がされているわけでもない至ってシンプルな指輪だ。
「わざわざこちらに迎えに来ていただくのも気が引けるので、この指輪を身に着けてくださいませっ」
「そう言って渡すってことは、魔道具か…これ?でも俺、そういうの身に着けるのは苦手で…て、あれ?」
彼が何かを言いかけるのも気にせず、ウェローネは鼻歌交じりにアルンの指に嵌る場所を探し…順に押し当てて左手の薬指に綺麗に嵌ったことを確認する。
冷静な状況であればそこに指輪を嵌める意味がわからないわけでもないアルンだったが、今は時間が押し迫っているという事もあり深く理解していないようだった。
その様子に満足気に頷いた幼女は自らも左手の薬指に同じ指輪を嵌める。
「ご用事が終わりましたら、その指輪に念じてくださいねっ。すぐに旦那様の下に向かいますからっ」
「あれ、何ともない。んで、これは通信系の魔道具なのか。ちょっと便利だな…って、いけね。そろそろ行くわ。また後でな!大人しくしててくれよ!」
指輪の嵌った左手を見て不思議そうに首を傾げた後、もう一度姿見で身なりを確認したアルンは慌ただしく部屋から出て行った。
「いってらっしゃいませ、旦那様っ!」
その背中をウェローネは浮かべた笑顔を崩さぬまま、彼の背中を見送った。
「あ、ちょ、ちょっと待ってよー!…べー!!」
ターシャも追いかけるように部屋の前を通り抜けていったが、ご丁寧にもアルンの部屋の入り口まで戻ってくるとウェローネに舌を出して改めて走っていった。
「むっ!!まったく何なのでしょうかっ!あの人間はっ!」
子供染みた挑発に少しだけ頬を膨らませつつ、羽織っていたカーディガンをハンガーにかけてクローゼットに戻…せないので、わざわざ椅子を持ってきてその上に乗ってからクローゼットの中にかけた。
そして自分の小さな左手の薬指に嵌っている指輪を見つめて、頬を赤く染めならふにゃんと頬を緩ませる。
別に『計画通り』と歪んだ笑みは浮かべていない。
自分が追い出されるかも知れないという悪い予想は一切立てず、アルンとの明るい未来を夢見ている純粋な喜びの表情だった。
多分。
ホントダヨ?