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おしかけにょーぼは精霊さん  作者: ヤヅカつよし
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第二十二印~深い森のその中で その1(N)

──アア…ハヤク…ハヤクアイタイ…


(…誰だ…)


──ハヤク…フレタイ…


(…何をだ…)


──モウスグ…モウスグ…


(来るなよ…来るな…!)


──ワタシの…


「やめろ…っ!」


「ぷぎゅっ!?」


「っ!?」


突如耳に入ってきた奇妙な声と手に当たったおかしな感触に飛び起きると、傍らに立てかけてあった彼の棒状の武器(スタッフ)に手を伸ばして掴み取る。

全身は間に合わずとも武器に魔力強化を施して相手に突きつける…所までやって、ようやくその奇妙な声の主が誰だか分かった。


「いっだぁーーーい!!」


頬を押さえて狭い馬車の中を転げまわるターシャの姿がそこにあった。。

それでも、胸の大きさは一人前以上ではあるが体格は小柄なので転がることの出来るスペースは十分だ。

手に当たったおかしな感触は残念ながら彼女の豊満なその胸(ラッキースケベ)ではなかったようだ。


「はぁ…。何をやってるんだよ、お前はよ…」


嘆息混じりにその姿を認めて呆れながらも構えを解くと、施していた魔力強化を解除する。

その際にアルン自身に戻った魔力にわずかに生み出された余剰魔力のおかげで指先がチリつく程度の痺れを生み出すが、ほぼ日常的に感じる程度なので耐えられない程ではない。


「うぅ…アルンの寝顔見てたら、ついムラムラぁっと…てへっ☆」


コツンと軽く頭を叩いて可愛らしく笑うターシャの前に、それ以上近づこうとするのを遮る様に両手を広げる小さな影が立ちふさがった。


「てへっ☆では、無いでしょうっ!昨夜あれだけ、ヘリアラ様に怒られたことを覚えてないのですかっ!」


ウェローネはふんすっと鼻息も荒くターシャに指を突きつけて怒鳴った後、アルンへと向き直り纏っている水色のローブの端をちょこんとつまみあげておじきをする。


「おはようございます、旦那様っ。今日も素敵なお姿ですねっ」


「あ、ああ…寝起きの姿を素敵って言われてもなぁ。ともかくおはよう。もう出発の時間になってたのか…」


「いえ、まだ少々早い時間ではありますがマリアネッド様が早めに出発した方がいいだろうと仰いましたのでっ。濡れ手拭いです、どうぞっ!」


「おっ、ありがとう。…ふぅ」


ウェローネから手渡しされた手拭いはひんやりと冷たく、起き抜けの火照った顔に押し当てるとその心地よさに思わず息が漏れた。

冷たさを堪能しつつ顔を拭き終わり手拭いから顔を離すと、空の桶を持ったウェローネが微笑みながらそれを差し出す。


「ご希望でしたら桶にお水もお出しますよっ!ウェローネなら、すぐにご用意できますからっ!」


「いや、これで十分だ、気持ちよかったよ」


笑いながら頭を撫でてあげると、頬を赤らめつつ目を細めてウェローネはそれを受け入れる。


「それで、師匠達は?」


「ヘリアラ様が朝食をバスケットに詰めてからこちらに来られるみたいですっ。もう間もなくだと思いますよっ!」


「ってことは、本当にすぐに出発する感じか。装備も着こんでおいたほうがいいかもしれないな」


そこまで口にしてから、ウェローネに目を向ける。

彼女はその行動に返して小首を返して微笑みながら小首を傾げた。


「なんでしょうっ?」


「ああいや、防具を着せなきゃいけないなと思ってさ」


「あっ、はいっ!ウェローネは何も着けていませんっ」


「何かやらしい言い方ー!」


「アホかお前は!!」


「そういう思考をする方がいやらしいんだと思いますっ」


横でジト目を向けてきたターシャに対して、ローブを脱ぎながら睨み返すウェローネ。

彼女達のやりとりにアルンは段々と面倒くさい気分にもなってきたが、昨夜外して保管しておいた彼女の装備一式を取り出すと一度手を引いて馬車から連れ下ろした。


「なんだかんだ言って、アルンってその子に甘いじゃん。あたし的にはそれが気に入らないんだけど!!」


一人で着脱できるようになる為にもアルンが丁寧に教えつつ装着させていたのだが、荷台の淵に腰を下ろしたターシャが不満そうに唇を尖らせつつ茶々をいれてくる。


「気に入らないつっても、仕方ないじゃないか。俺自身にも関係あることだし。それにさ…」


ソフトレザー製の防具の隙間に指をいれて締め付けを確認しつつ、ウェローネに顔を向けると彼女は大きく頷いた。


「何だかんだ言って、この子は子供だろう?どっちにしろ放ってはおけないじゃないか」


「子供はもっと可愛い気があるものだと思うんだけど!」


水色の髪を結い上げる為にリボンを口に咥えていた為に黙っていたウェローネもそれが終わり、口からリボンを離すとすぐさま呆れたような溜息を吐き出しつつやれやれと肩をすくめた。


「ウェローネは子供ではないのですが、この見た目では仕方がないのでそう言われてしまうのは甘んじて受け入れしょうっ。でもウェローネは見た目以上に旦那様をお助けすることができますし、ずーっと一緒に居てあげられる覚悟がありますっ!貴女にはそれがありますかっ?」


「あるに決まってるでしょ!?それに…そういうとこ!そういうところが可愛くないの!」


「別に貴女に可愛いと思ってもらわなくても結構ですっ」


「んがぁぁぁ!!ちょっとアルンー!!」


「でぇい!ことあるごとに俺に抱き着こうとするな!!」


「まったく、朝っぱらから元気だな君達は。離れた所からでも声が聞こえていたぞ。ふぁ…」


呆れたような声が向けられた方向に視線を向けると、トレードマークである真っ黒なローブと短くピッグテールに纏めた金髪を揺らしたマリアネッドが大きな欠伸をしながらそこにいた。


「本当だよ。ターシャなんざ、昨日の夜は即寝ちまうぐらいへとへとになって帰ってきたって言うのにさ。無駄に元気だよ、コイツらは」


「一緒にしないでよ!」

「一緒にしないでくださいっ!」

「「!!…ふんっ!」」


「おいおい」


「ヘリアラに説教されて、無駄に連帯感でも湧いたか?」


「そんな事…」

「ありませんっ!!」


「連帯感すげーなおい」


否定すればするほど二人の息があってくる様子に師弟は顔を見合わせて苦笑した。


「本当に…まだ少し『お話』が足りませんでしたかね?」


「「ヒッ?!」」


朝のひんやりとした空気に、それとは別性質の冷たい一陣の風が吹きぬける。

バスケットを片手に持ったエルフメイドさんのエントリーだ。

彼女の笑顔を見た瞬間の行動は早かった。

二人は素早くヘリアラから逃れるようにアルンの後ろに隠れ、体を細かく震わせていた。

押し出されて目の前に立たされる形になったアルンの背中にも冷や汗が流れてくる程のプレッシャーを感じざるを得なかった。


「ま、まぁ落ち着いてくれよ。二人のちょっとしたコミュニケーションなんだろうし、さ。な?」


背後でぶんぶんと転がり落ちんばかりに上下に頭を動かす二人の気配を感じつつ、後ろ手に二人に馬車に乗り込むように指示をする。

しっかりとその意思は伝わった様で、バタバタと二人が馬車に乗り込む物音が聞こえた。


「おかしいですね。私はただ、『お話』をさせていただいただけなのですが。…ねぇ、マリアネッド様?」


「あ、ああ、そうだな。あれは『OHANASHI』だな、うん、間違いない」


過去に『お話』を経験した身としては彼女らの反応には同意をするものを感じるが、この状況に関してはアルンはただただ先行きの不安を感じて嘆息せざるを得なかった。


(まぁ少しは二人が落ち着いてくれればいいんだがなぁ…)


そんな事を思いつつアルンはヘリアラの機嫌を少しでも良くするべく彼女の手を取って、馬車に乗り込むのをエスコートするのであった。



◆◆◆◆◆



まだ陽が上りたてで、初夏の季節といえど空気が若干冷たい時間帯と言えどもエゾットから西の方へ向かう街道…つまりはモンスター達の襲撃が見られる方面の出入り口は、沢山の人と馬車でごった返していた。

怪我人の姿も見える事から、深夜帯に襲撃があった事が伺える。

とは言え、運ばれてくる人間に切羽詰まった様子がない所を見ると無事に撃退をしたようだ。


しかし我らが主人公であるアルン御一行が向かう方面は北である。

西へ向かう出入り口が大騒ぎであるのに対して、北側の出入り口の見張りは眠そうに大あくびをしていた。

普段は二人一組のはずだが、西方面の応援にでも回されているのだろう。

簡単な挨拶を交わして村を出るものの、やはりすれ違う人は少ない。

ムリエまでの中継地点までの間で見回りをしている者ともすれ違ったが、異常が無さ過ぎて暇だったと笑いながら去っていった。


森の中に伸びる道を進む間もヘリアラやターシャが常に周囲の偵察と警戒を行っているが、拍子抜けなことに何も起こる事はなかったのである。

魔物や盗賊の襲撃も考えてはいたがあまりにも順調すぎる移動行程である。



「少し森の声を聞いてみましょうか」


そう言うと、ヘリアラはメイド服のスカートを翻して馬車から飛び降りるとそこそこ幹の太い樹木に手を当てて目を閉じた。

今でこそマリアネッドの屋敷で生活はしているが、やはりヘリアラは森の民であるエルフだ。

当然のように、エルフが生まれながらの特性である『森の木々と意思を通わせることができる能力』を持っている。


「ウェローネも近くに水場があれば精霊の声を聞いてお調べできるのですがっ、ここから少し離れてますよねっ…」


御者台に座っているアルンの膝の上でウェローネはむむっと眉を潜めるが、アルンはぽんとその頭に手を置いて撫でてあげる。

彼女の今の発言もまたエルフと同じように、水の精霊であるが故の特性とでも言えるのかもしれない。


「どうせ中継地点には小川が流れ込んでいる。どうせならそこで頼もうじゃないか」


そう言いつつ開いていた魔導書に栞を挟んでパタンと閉じると、マリアネッドは立ち上がって幌の中から顔を出すと周囲を窺った。


「やっぱり事前に聞いた通りなんだな」


アルンも丁度良いタイミングでウェローネから差し出された水筒を礼を言いながら受け取ると、水を口に含み同じように周囲を見渡してみる。

何の異常もないのどかな森の風景だ。

本来なら喜ばしい事のはずなのだが、エゾットで確認した西側での魔物の異常な襲撃の事が頭にあると逆に落ち着かない。

こちら側への魔物の出現は確かに少ないようだが、西側の魔物がこちら側になだれ込んでくる可能性も考慮しなければならないのだ。

だが…。


「魔物は潜んですらもいないようですね。そのせいか森の木々や動物達も喜んでいるようですね。魔物は森を荒らしますから」


なんとも気の抜ける話にマリアネッドは後頭部を掻きながら眉を潜める。


「ふぅむ…ありがたい話ではあるが逆にわからんなぁ、これは」


「森自体に異常が起こってるのなら、森に住む動物達にも影響が及んでいてもおかしくないってことだよな?」


「ええ」

「そうだ」


アルンの質問に対し、マリアネッドもヘリアラも首を縦に振り、肯定の意を示した。


「アルンーーーーー!」


そんな時、聞き覚えのある声に顔をあげると、森の木々の太い枝をさながら猿の如く渡ってくる小柄な人影が目に入った。


「ただいま、この先の様子を見てきたよ」


その人影は太い枝に引っ掛けたワイヤーを匠に操りアルン達の近くに身軽に着地をすると、被っていたフードをあげて顔を晒す。

ターシャだ。

レンジャーのクラスを専攻している彼女にとって森こそが真に活躍できるフィールドであり、それこそが今回の旅で同行するにあたってのマリアネッドの選考理由でもあった。


「お帰り。どうだった?」


手甲にワイヤーを巻き取り回収するターシャにアルンは自分が口にしていた水筒を投げ渡すと、ターシャはにっこり微笑んだ後それを喉を鳴らして口にして口元を拭う。

一瞬ウェローネの目が鋭くなるが、すぐに抑えるように浮きかけた腰を再び下ろした。


(ま、まぁ、周囲の偵察の報酬みたいなものですねっ。ここで騒ぐようでは、ウェローネも彼女と同じレベルにまで落ちてしまいますっ!それはいけませんっ!)


実はターシャもその様子には気づいていたが、相手が何も言ってこないので湧き上がってきた挑発の言葉を引っ込める。

お互いに好きな(ヒト)の為にいい女を演じるために一歩大人になったのだ。

決して、ヘリアラのお説教が怖いわけではない。


「ん?どうした?」


「あ、ううん。なんでもないよ、ありがとね。一匹だけボロボロの蟻型(アント)モンスターがいたから、トドメを刺してきたよ。それ以外は危なそうなモノはいなかったかな」


アルンの手を借りて、ターシャは馬車の荷台へと引き上げられる。


「南西方面から向かってきたから、多分西の討ち漏らしだったんじゃないかな?」


「変なタイミングで出てこられても困るからな。始末してくれておいて正解だ。ご苦労」


マリアネッドも周囲の様子に関しては訝しげな表情を浮かべるのみであったが、ターシャの仕事ぶりには満足がいくようで労いの言葉をかけた。


「昨日怒られたからってわけじゃないけどさ、仕事をする時はしっかりしておかなきゃね」


「君の能力事態は評価できるものだからな、頼りにしている。中継地点までの残りの距離は私達の周りの警戒で十分だ」


「了解でーす」


「あの、ターシャさん。魔物以外はどうでした?」


ヘリアラから声をかけられたターシャは一瞬ビクリと体を震わせるが、すぐに気を取り直したようで彼女に向き直る。


「ま、魔物以外っていうと?動物は普通にいたみたいだけどね。なんというか平和そのものだったよー」


「平和そのものですかっ…」


「なんというか、皮肉なモンだなぁ」


「ああ。本来魔物のいない事を願っているはずなのに、逆にいない事でここまで警戒しなくてはならんとは」


マリアネッドとアルンはお互いを苦笑しあうとよく似た仕草で肩を竦める。

ヘリアラも考えが纏まらないといった感じで森の木々を見渡した。


「決まった方角への魔物の大量襲撃という点で考えるのならば森の異常なのですけれども、それ以外に異常が無いとなると何と言ってよいものやら」


「ウェローネ、君が移動して来る時もこういう状況だったのか?」


アルンに話を振られたウェローネは自身の下顎に指を添えて『うーんっ』としばらく思い出すかのように中空を見上げる。


「状況に違いはないかもしれませんっ。森の中は大変静かでしたねっ。恥ずかしながら、旦那様にお会いするのに浮かれてしまって…あまり周囲を見ることをしておりませんでしたっ」


「そんなに浮かれるようなものかぁ?まぁ兎も角、これ以上考えていても仕方ないし、ひとまず中継地点までいこうぜ」


「それもそうだな。ここまで進んでしまった以上、エゾットに戻るに少々遠すぎる。逆に中継地点で夜を過ごしてしまった方が良いだろう。アルン、馬車を進めてくれ」


そうやって一行は警戒をしつつ馬車を進ませるのであるが、その心配の甲斐なくにまったく何事もなくあっさりとムリエまでの中継地点に到着するのであった…。

色々な人の小説などを読んでいるとひっぱられそうになって危ない私です。

何かお気づきの点、感想などがありましたらお気軽にお申し付けください。

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