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おしかけにょーぼは精霊さん  作者: ヤヅカつよし
22/35

第二十印~エゾットの村にて その2(N)

2019/06/18 やり直し版に差し替えしました。

マリアネッドを小脇に抱えてやってきたキャンプ広場の一角は、そこに集った者達の装備や服装、言葉遣いの雰囲気だけなら我々の言葉でいう『世紀末めいたモノ』達を中心にそれはもう大変な賑わいを見せていた。


「な、なんなんだぁ、これ…」


屈強な男達が飯を食い、酒を呑み、『ヒャッハー!!』と大声で騒ぎ立てる。

とある場所で参加した盗賊団討伐のアジトを偵察した時も大体こんな雰囲気だった。

だがそことは違って、この場に暴力の存在はなかった事がアルンを多少落ち着かせる。


「おい、アルン」


(ヘリアラさんが滅多な事では倒されることがないと思うけど…)


そうは思うもののウェローネを連れている事を考えたら、彼女が人質になってしまったら厳しいかもしれない。

アルンはそう考える。


「アルン!」


「へっ?」


その呼び声に気づいて顔を向けたところで飛んできたのは拳だった。


「ぐぇっ!?」


顔面で受け止めてもんどりうって倒れる間に、マリアネッドは彼から離れてふわりと着地する。


「まったく…私の胸がそんなに触り心地よかったか?だが、あんな乱暴な触り方をして喜ぶ人間は君の幼馴染ぐらいだと思っておきたまえよ」


「え、俺、胸を触ってたのか。そんな感触…ぐごっ!?」


「つくづくデリカシーの無い奴だな、君は!」


上半身を起こしつつあったアルンの視界いっぱいに、今度はブーツの裏が飛んできた。

見事にめり込み、アルンは顔面に靴跡を残しながら再び地面に背をつけることとなった。


「そこはもう少し言い方というものがあるだろう。照れて慌てるようであれば多少の可愛げもあるというのに」


「いててて…そもそも、もっと触ってるのがわかるぐらいの…」


ヒュンッ!と風を切る音が聞こえたかと思うと、アルンの首筋にマリアネッドの持つ銀のレイピアが突きつけられる。


「あー?馬鹿弟子よ、最近ちょっと私の耳が遠くなったような気がするんだが、気のせいだよな?」


「な、何にも!何にも言ってないぞ!!」


冷たい眼差しと篝火に照らされて光るレイピアの切っ先に両手を挙げて降参を示す。


「いやー!俺の師匠はほんと可愛い人だなー!!可愛過ぎて夜も眠れないなぁ!」


「ふんっ。…それで、このバカ騒ぎの原因は?」


アルンの棒読み丸出しな台詞に差して楽しそうな表情を浮かべたわけでもなく、レイピアを引くと腰の鞘へと収める。

それを見届けるとアルンは立ち上がって手近にあった木箱に足をかけ、その上で見渡して見た。


「よいしょっと。そうだな…あれ?」


「どうした?」


「いや、ヘリアラさんが料理してる。ウェローネはそれを手伝ってるみたいだ。んで周りの連中は飯食ってやがるな」


「…は?」


木箱から降りてきたアルンの顔をマリアネッドは眉を潜めて見上げる。


「それでこのガラの悪い連中のバカ騒ぎか?」


「おいおい!ガラの悪いなんて人聞きの悪いことはよしてくれよ」


マリアネッドの問いに対してアルンは肩を竦める事しか出来なかったが、前にいた筋肉質なモヒカン男が振り返って代わりに口を開いた。


「俺達は地元愛に溢れた健全な若者ってヤツだぜ?村周りがちょっとあぶねーらしいって聞いてこうやって駆けつけてんだからな!」


(それで健全ってナリかよ!)


口には出さずに心の中で静かにツッコミをいれつつも、現状を知る良いきっかけとなったのでモヒカン男に対して向き直る。


「それで、これは一体何の集まりなんだ?さっき村の警護の人間が大慌てしているのを見たんだけど」


「あー…まぁこれだけ人が集まればそう見られるのもしゃぁないな。見たところ他所から来たお前は知らねーだろうが、この村に馴染みのあるエルフのねーちゃんの飯が食えるんだ」


「へ、へぇ…(その『エルフのねーちゃん』は俺の知り合いなんだけどな…)」


ガタイに似合わない少年のように目を輝かせるモヒカン男の横から、別のボサボサ髪の男が満面の笑みを浮かべて声をかけてくる。

顔が赤らんで見えるのは酒を呑んでいるせいだけではなさそうだ。


「この村出身の男連中はよ、この村に来てくれるそのエルフのねーちゃんをみんな好きになるからなぁ」


(あぁ…この人らは『ヘリアラ派』ってやつか!)


「優しくて気品があってなァ…」


「剣どころか、色んな武器の扱いも上手くて…」


「飯も美味いし…」


「なんというか、森の中にいるようないい匂いがするんだよなぁ!」


アルン達の正面にいた男達が振り向いて話かけてくる様は一見するとまるで盗賊団に道を妨げられている様にも見えるが、彼らの表情は一様にモヒカン男と同じように恋する少年のようだった。

それに対して、マリアネッドとアルンは筋肉質の男に囲まれ師弟そろってげんなりとした表情を浮かべていた。


「それがなんで、あんなチンチクリンの化け物のメイドやってんだろうなぁ」


その一言に周囲の男達は一斉に頷く。

とんでもない地雷の一言にアルンの顔が青ざめた。


(この村出身って事は…多分、その『チンチクリンの化け物』って…)


それで気づくアルンもどうかと思うがおそらくそれに該当する人物は今、彼の背後で冷たい殺気を放っている。


「魔力は確かにすげーと思うぜ?だけど、うっせーんだよな!」


「そうそう。ワシもガキの頃、よくあのレイピアで尻突かれたでよ」


「あーあー!さっさとあの凶暴なチビ先生の所を辞めて、この村に定住してくれねーかな!」


「んな事になったら、オレ、村に戻って畑仕事継いじゃうっての」


「俺も俺も!」


アルンの心配を他所に男達はそれぞれに憧れの『エルフのねーちゃん』への想いを口にしている。

そしてアルン自身も彼女に対して憧れの想う所があるので強く止められないでいたものの、背後の殺気は既にハチ切れんばかりに膨れていた。


「え、えーっとな…そろそろ、その話題は止めた方がいいと俺は思うんだが」


「んー?べーつに余所者のおめぇさんが気にすることでもねーでよ?」


「お前もエルフのねーちゃんの飯を食いたかったら並べよ?あっちが最後尾だからな。割り込むと何されるかわかんねーから気をつけろよ」


「今日の肉も美味かったよなぁ。同じ焼き料理でも、やっぱエルフのねーちゃんの飯は格別だぜぇ。おめぇもしっかり味わって来い!」


「あ、でも惚れるなよな?あのねーちゃんはこの村の男達みんなのねーちゃんなんだからな!」


そう言って笑い合う彼らはとても親切だ。

ヘリアラに対する気持もわかる。

痛いほどにわかる。

と、いうか、とても尻が痛い。


「いづっ?!せ、師匠(せんせい)っ?!俺は何も言ってないだろ!あだっ?!」


後ろを振り向くと、鞘に戻したはずの銀のレイピアでマリアネッドが怖い顔で尻をプスプス小刻みに刺していた。


「ん?どうした兄ちゃん?後ろに何か…ひっ?!」


つられてアルンの背後を覗き込んだモヒカン男の顔が一瞬にして青ざめ、無様に尻餅をついたのであった。


「エ、エルフのねーちゃんがいるから、もしかしたらとは思ってたが…」


「お、おい!?まさか…チビ先生…?」


「元気そうだな、クソガキども…」


ゆらりとアルンを押し退ける様にして男達の前に出てくると、その一人ひとりの顔を見渡す。

ただそれだけで、次々に小さく悲鳴を上げる。


「チビ、それは良い。身長が低いのは認めよう」


へたりこんだボサボサ髪の男に膝を折って目線を合わせる。


「で、誰が?チンチクリンで、凶暴だって?」


「い、いや、あの、違うんだぁ!それはアイツが言ったんであって、俺ぁ何も言ってねぇよ!」


「あ!?てめぇ汚ねぇぞ!!」


こうなってくると男達の見苦しい責任転嫁の連鎖である。

『お前が言った』『コイツが言った』の応酬になり、そしてその騒ぎが段々と広がりつつあった。

周囲から続々と(チビ先生だと!?)(やべぇ会いたくねぇ…)(パンツ盗んだままだった!!)などと沢山の声が上がり始める。


「お前達ィ!!ていうか、人の下着盗むんじゃぁない!!」


「「「「うわああああああ逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」


頭の両端に短く結んであるピッグテールの髪を逆立て一歩踏み出す度に周囲にいた彼女を知る(マリアネッドにとっての)悪ガキ達は蜘蛛の子を散らす様に逃げ出していく。

屈強な男達が顔を真っ青にして幼女に背を向けて一心不乱に逃げ出す様はシュールな光景であったが、おかげでヘリアラ達へ続く道が拓けた。


「ぴぎゃああああああああ?!」


とりあえず拓いた道を進んでいると聞こえた奇妙な野太い悲鳴に振り向くと、男が一人ぶっ飛ばされて、近くにあった大岩に体をめり込ませていた。


「ったく、アレは私のお気に入りだったんだぞ!それを、貴様なんぞに…!」


どれぐらいの期間越しかは知らないが、どうやら無事に下着窃盗犯を見つけたようである。


◆◆◆◆◆


「最初は何事かと思いましたが、皆様良い人達ばかりですよっ」


ウェローネは危なげない手つきで野菜を切りそろえては隣のアルンへ渡していく。

アルンと肩を並べて作業をするのがよっぽど嬉しいのか、終始ご機嫌な様子だ。

一方、アルンの方は何ともいえない微妙な表情だった。


「良い人達なのはわかった。わかったんだけどさ…」


村の人間なのかそれともどこかのパーティーの女衆なのか、数人がかりで新たに持ち込まれた水洗い済みの野菜達にアルンは眩暈にも似たものを感じはした。

彼は既にヘリアラや獲物を持ってきた者達が血抜きと解体を済ませた肉や魚と野菜を串に刺す作業を受け持っているがその量が尋常じゃない。

最初こそ『鳥休む力瘤亭』を手伝う時のように他人に食べさせる事を意識していたが今はもう無心だ。

多少刺し具合が偏ってようがなんだろうが、ただひたすらに手が勝手に動いていた。


「すみません、アルンさん」


申し訳なさそうに眉を下げるヘリアラの手に握られた食材の刺さった串が踊り、調味料が舞い、食材の刺さったバーベキューの焼ける香ばしい香りがあたりに広がり続けていた。


「ヘリアラさんが謝ることじゃないけれど、どうしてこうなった…」


「まったくだ。この調子では何時になったらお前達は飯にありつけるんだか」


そう言うと、マリアネッドは果実酒の入ったジョッキを傾け、アーキッシュが捧げ持っている皿からバーべキューの串を手にとると肉をゆっくりと咀嚼する。

本人の希望によりレアに焼かれたそれは肉汁と血を滴らせつつ、マリアネッドの口の中に次々と取り込まれていく。

だが、ご丁寧に刺してある野菜は避けていた。

そして、彼女の尻の下には『粛清』を受けた男達がぷすぷすと煙をあげて椅子代わりにされていたが、それは見なかったことにした。


「他人事みたいに言いやがって。あと、野菜ぐらい食いなよ」


「私は焼いた野菜は嫌いなんだ。生なら食ってやる」


「ウェローネ、それを取ってくれ」


「えっ?は、はいっ」


「ありがとう。ほらよ」


「ん」


自分に向かって投げられた丸一個の食用のキノコを受け取る。

それを受け取った後、しげしげと眺め、眉を寄せてアルンへと投げ返すマリアネッド。


「キノコじゃないか」


「野菜だろ?」


「キノコは野菜じゃないだろうが」


「いいや野菜だ」


不服そうな顔で投げ返された椎茸をぶっ刺していると、刺し終わった串を取りに来たヘリアラが横から申し訳なさそうな顔でヘリアラが口を出した。


「アルンさん、キノコは野菜ではなく菌類です。その昔、大地の精霊と対話できた者がそれを聞いて広めているはずですが…」


「そうなのか。だってよ、先生」


「おい馬鹿弟子。私のいう事は信じないのに、何でヘリアラのいう事は即信じた」


「先生と違って、根拠があるだろうが根拠が」


「そこは『師匠が黒と言えば白い物も黒くなる』の精神だろうが!弟子として、本当に貴様はなってないな!」


マリアネッドのテーブル代わりになっていたアーキッシュが鼻息荒く発言するが、いかんせんそのポーズのせいでまったく凄みがなかった。


「てか、なんであんたはそこにいるんだ?」


「現場を指揮する者が必要であろう!」


先ほどの天幕の中でのしょぼくれ具合はなんとやら、今はポーズはともかく顔つきだけは勇ましい。


「その割にはそこでテーブル代わりになっているだけじゃないか」


テーブルとしてのポーズは完璧で、片膝をついたまま微動だにしない様はいっそ見事であるとも言える…かもしれない。


「導師マリアネッド様の弟子でありながらふざけている貴様とは違い、このアーキッシュ=オイゲルの部下達は優秀だからな!」


肩をすくめつつ周囲を見渡すと、確かに先程までの雑然とした雰囲気は落ち着き、バーベキューを受け取る列もしっかりと整列されているようではある。

おかげで人が途切れている部分が見えて、作業を止めるのにはまだ早いのではあるが一息吐く事はできた。

そういう意味では彼の部下や弟子には感謝すべきだった。


「それにしてもウェローネがサリオリムに辿り着く前に通りがかった時は、こんなに人がいるようには見えませんでしたがモンスター討伐にこれだけ人が集まったのですねっ」


「この村出身の冒険者が多いようだけどな」


アルンの視界の隅に警護と冒険者のような男が言い合う姿が目に映る。

『マリアネッド様の幼さの中にあるあの冷たい目の魅力が分かってない!』とか『ヘリアラ様のようなエルフでありながら淑女の魅力に勝るものはないだろうが!』とか言い争っているのが風に乗って聞こえていた。

後者のヘリアラ派の言い分に激しく頷きたくなるのをアルンはぐっと抑えて串に肉を刺した。

芋をさっくりと二つに切りつつ、ウェローネは『なるほどっ』と小さく頷く。


「故郷を愛する気持ちは大事ですものねっ」


うんうんと頷いて呟くウェローネに悪意がないことはわかっている。

ただその言葉は少しだけ、アルンを突っついた。


(故郷を愛する…か…)


言われてみるも、アルンにとってムリエは故郷とは言え、やはり良い思い出は浮かんでこなかった。

それを片肘をついたままマリアネッドは静かにその背中を見つめ、ヘリアラもチラリとアルンへ視線を向けるのであった。


◆◆◆◆◆


更に更にその頃…。


「それでね、アルンったらね、あたしの事抱き上げてさ…」


スレイオルはいい加減にこのターシャという今回の人族の牝の同行者を引き取って欲しいと切に願っていたのであった。

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