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おしかけにょーぼは精霊さん  作者: ヤヅカつよし
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第十九印~エゾットの村にて その1(N)

2019/6/16 やり直し版に差し替え

「事前に仰っていただいていれば、このアーキッシュ=オイゲルが出迎えと馬小屋の確保と宿の手配全てを致しましたものを!」


体に似合った野太く大きな声で話しかけてくるアーキッシュに対して、マリアネッドは心底うんざりした表情を隠そうともせずに浮かべていた。

彼は村長の家に上がり込んでマリアネッドと話をするつもりだったようだが、彼女がそれを制止し彼が利用しているアカデミーの天幕の方へ移動することになった。

体に似合っているのは声だけでなく、その図々しい性格もあるようだ。


「導師マリアネッド様ともあろうお方が、あんなボロ家に泊まらずとも…」


「騎士アーキッシュ=オイゲル。二度も言うつもりはないのだが、私はこの村を懇意にしているのはこの村出身のお前であればよく知っていると思っていたのだがな?」


「し、失礼しました!」


マリアネッドの隣に並ぶアルンには、アーキッシュが何か口を開くたびに彼女が何度も小さな舌打ちをしているのが聞こえていた。


(こりゃ相当機嫌が悪くなったな…。てか、この人ってこの村の出身だったのか)


先ほどは村長の家に行くまでにフードをしっかり被っていたのだが、今は顔を晒して歩いている。

時折、その姿に気づいたアカデミーの生徒や村人が挨拶をする事に対しては、お世辞にも機嫌を良さそうにというわけではないが片手で挨拶を返している。


(そういうことか。それで顔を隠していたんだな)


アーキッシュは重そうな金属鎧を着込んで前を歩いているのだが、その足取りにはマリアネッドとは逆に機嫌の良さがモロに出ていた。

この鈍重な騎士がマリアネッドに好意を寄せていることはアカデミー内でも割と有名な話で、当然それを知っているアルンも若干複雑な気持ちにならざるを得ないのである。

あまり彼とは接点のないアルンではあったが、度々彼に対する愚痴をマリアネッドに聞かされていたのだ。

マリアネッドからはこのアーキッシュに関しては苦手な感情しか持っていないことをアルンは知っているのだが、わざわざそれを口に出してしまう程、彼の口は軽くは無かった。


「しかし、導師マリアネッド様が参戦ともなれば、我々はかなり優位となりましたな!」


ガハハ!と肩を揺すって豪快に笑う姿は確かに彼の人物像をよくあらわしているとは思うが、そう思えば思う程マリアネッドとの相性は悪いのであろうことを察することができる。

彼女は暑苦しい人物が特に苦手なのだ。


「ささ、どうぞこちらへ!おい貴様!弟子なら気を効かせて飲み物でも取りに行かんか!」


天幕の中へマリアネッドを招き入れた所で、傍らにいたアルンに対して唾を飛ばしながら大声を出す。


「えぇ…」


「なんだ貴様その態度は!!」


あからさまに不満気な声をあげたアルンにアーキッシュは目を吊り上げるが、その間にマリアネッドが割って入る。

身長が低さのせいで彼らの視界にその身は入っていなかったが、アルンを一歩引かせる事で存在をハッキリと視認させる。


「騎士アーキッシュ=オイゲルよ。貴殿は何か勘違いしているようだが、今回我々は貴殿達の援軍できたわけではない」


「な、なんですとォォォォ?!」


顎が地面に落ちそうな勢いで口をあんぐりと開き、目を剥くアーキッシュの声はやっぱりでかい。

まるで衝撃派を生み出したかのような声量にみな何事かと振り返り、目の前にいたアルンは耳を押さえ損ねて目を回した。

古典的な漫画表現であれば、ブロック状になった声がアルンの頭に何度もぶつかるようなものだ。タライでもいい。

なお、マリアネッドはちゃっかり自身の身は結界を張って守っていたもよう。


「いちいちうるさいぞ馬鹿者」


「も、申し訳ない!では何故、こちらに来られたので…」


「私達の目的はムリエ方面にある。モンスター達の出現範囲からは外れているようだが、それでも近辺を通るから状況の確認の為に話を聞きたかっただけだ」


「そんな…やっと導師マリアネッド様と肩を並べて戦えるものだと…」


(あーなるほど…この人『師匠(マリアネッド)派』っつーことか…)


今にも膝をつきそうなぐらい悲壮な顔をしているアーキッシュを見て、先程の村長の妻の話を思い出した。

ただのガチな人なだけかと思っていたが、村出身のああいう事情があるのなら納得できるものではあった。


「ふんっ。また、次の機会だな」


「次の、機会、ですか…くぅ…」


(泣きそうになってるじゃないか…なんか逆に可哀想に思えてきたなぁ)


あれだけ高圧的だったアーキッシュの目に見えた落ち込む姿と憮然としたマリアネッドの双方の姿を見て、アルンは肩を竦めて苦笑を浮かべるしかなかった。


「それで」


マリアネッドは一切表情を変えずに、天幕の中に広げて立てられていた地図の前に腕を組んでそれを見上げた。

地図はエゾット村から北側一帯が描かれているわけだが、あちこちに日付、時間、魔物の種類、おおよその数らしき物が書かれた羊皮紙がピンで刺されている。

おそらく、モンスターの出現位置などの情報なのだろう。

現代であれば付箋が大量に貼り付けられているようなものと思っていいだろう。


「状況はどうなっている?見たところ、ムリエ方面にはあまり出現報告はないようだが」


よろよろと立ち上がり、しょぼくれた顔のまま地図のアーキッシュは地図の側に立った。


「今…指摘のあった通り…モンスターの襲撃位置…」


「もっとシャキっとしないか!それでもアカデミーの生徒を率いて現場に立っている騎士の立場か貴様は!!」


「は、はひっ!!」


マリアネッドに苛立たし気に脛を蹴飛ばされ、アーキッシュは情けない声をあげて背筋を伸ばす。

両頬をパンパンパン!と思いっきり自分で顔が真っ赤になるほどひっぱたいた。

渇がよほど効いたのか、雰囲気までも締まった物になったようだ。


「失礼しました!!続けさせていただきます!!」


「うむ」


(これが『師匠派』の教育の賜物ってヤツかね?ただ見た目に惑わされただけな派閥じゃなさそうで良かったかもしれないな)


アルンのそんな心配をよそに、打って変わって真面目な雰囲気になったアーキッシュの状況説明が続く。


「モンスターどもの主な襲撃位置は、このエゾットから北西に伸びている街道沿いとなっとります。北東に伸びているムリエ方面でのモンスターの出現情報は極端に少ない上、数自体もそこまでないとの報告です」


ムリエ方面の報告に改めて目を通していくと、街道沿いの確かに単体ばかりが目立った。


「これじゃあ、まるで街道沿いのはぐれがこっちに出てきている感じだな。種類も斥候て感じでもないし」


顎の下を擦りながら口を出したアルンにアーキッシュは不機嫌そうな視線を一周向けるが、咳払いを一つして気を取り直したようだ。

マリアネッドには流石に目線で『余計な事言うんじゃない』と注意をされたので、アルンは肩を竦めておく。


「そういった経緯も踏まえて、今現在は街道に現れるモンスターの撃退を我々がメインとして、このエゾット、野営場、ムリエの間では日に街道沿いに出られるほどではないパーティーを数組哨戒を任せている状況です」


その説明を腕を組んで聞いていたマリアネッドは、そのエゾットからムリエの間の丁度中央にあたる位置を指で指し示す。


「野営場はどんな感じなんだ?」


どの街や村の大体一日で移動できる区間毎には野営場があった。

誰かがそう決めたわけではないが自然と人が歩ける距離というのは大体決まっているわけで、ならばいっそ野営場としてしまった方が各々の警備上の観点でも都合が良かったのである。


「野生の獣が現れたり、単体のモンスターが稀に現れる程度で、通常とほぼ変わりはない状況であります」


「なるほど。あちらへ行く分にはさほど気にするような事もないという事か」


「はい。それと、ムリエ経由で別働隊を西側の森から侵入させております」


湖畔あるムリエの北側を回り込む形で西側の森の深い部分を探索するようだった。


「単純な話、こちらからなら敵と対峙する事を極力避けることにより消耗も抑え、原因の特定を急がせるためでもありますな」


「妥当だな。向かっているのは例の『聖騎士乙女』の連中か」


「はい。冒険者ギルド指名で来させた『聖騎士乙女』のルィリエン嬢とその一行ですな。優秀な彼女らの実力なら、モンスターの集落があったとしても壊滅は可能でしょうし、更なる異常があれば速やかに伝えてくるでしょう」


おそらく、アーキッシュもルィリエンとアルンの因縁の事を知っているのであろうか、ちらりとアルンの方に視線を向けてくるがアルンは見なかったことにして視線を背けて頬を掻いた。


「確かに彼女らなら一パーティーでも問題はなかろうが…」


「何か気になることでも?」


「いや、大丈夫だ。場合によっては顔を合わせることもあるかもしれんと思ってな。その時は何か伝えておこうか?」


そう見上げるマリアネッドに対し、アーキッシュは首を横に振る。


「あれは師である自分よりも既に優秀な生徒です。今更、言う事もありませんよ」


「ふむ。では、『師がお前の事を褒めていた』程度は伝えておいてやろう」


「光栄です」


「兎も角、確認すべきことは終えた。こちらは明日の朝に出発するつもりだが、何かあれば私の所に来るがいい」


「は、はいっ!!ありがとうございます!」


背筋を伸ばして敬礼する姿に苦笑して、マリアネッドはローブを翻してアーキッシュに背を向ける。


「…ったく、普段から落ち着いた態度を見せていれば私も安心できるのにな。行くぞ、アルン」


「あいよ、師匠」


「は、はは…申し訳ない、ですな」


後頭部を掻いて苦く笑って見送るアーキッシュを背に天幕を出ようとマリアネッドが手に入り口の垂れ布に手をかけたが…勢いよくそれが撥ね上げられた。


「アーキッシュ先生!キャンプ広場の方で──っ!?」


「ぶぎゃっ!?」


「おっと!!」


飛び込んできた軽武装の生徒にマリアネッドの軽い体は跳ね飛ばされて、アルンに抱きとめられる。


「マリアネッド様!?貴様ァァァ!!」


「ぐああああああ!?」


憐れ一般生徒はアーキッシュの拳に殴り飛ばされ、片隅に積まれていた資材の山にその身を叩き込まれた。


「マリアネッド様!大丈夫ですか!?」


慌ててアルンに抱きとめられているマリアネッドの下に駆け寄ってくるが、その手を払われる。

当然、またあのしょんぼりとした表情が顔に浮かび上がった。


「いやいや待て待て、私の事よりそいつだろう。何かトラブルの報告なんじゃないのか?」


アルンの腕の中でマリアネッドは呆れた視線を向けたまま、アーキッシュの傍らで目を回している一般生徒を指さした。


「キャンプ広場の方でって言いかけていたし、もしかしたらヘリアラさん達も巻き込まれているかもしれないな」


「うむ。どうせ今から行く場所だ。アルン、急ぐぞ!」


「了解です。んじゃ、失礼しますよ!」


マリアネッドの態度からアーキッシュに対してある種の面倒臭さを感じ取っていたアルンは、そのままマリアネッドを小脇に抱えると自身の身体に強化の魔法を施してダッシュで天幕を後にするのであった。

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