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おしかけにょーぼは精霊さん  作者: ヤヅカつよし
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第十六印~さぁ出発だ!(N)

2019/6/9 やり直し版に差し替え

いざ旅に出るとなった朝の流れは早い。

前一日を準備に使っているのだし、これで当日朝に準備にモタついているようでは冒険者失格である。

…と、いうのが冒険者の先輩であるタイエグやヘリアラの教えだ。

昨夜、部屋に戻ってウェローネを部屋で寝かせた後に忙しい合間を縫ってタイエグに自分とウェローネの分の装備をチェックしてもらっている。

それとマリアネッドの屋敷に持っていったポーションなどのアイテム類もリスト化して羊皮紙に記しているので、それもチェックしてもらう。

その辺りは先にヘリアラからもチェックが入っているので、当然ではあるが「良」をもらうことが出来た。


ターシャとも少し話をしたかったが残念ながらタイミングが徹底的に合わず、何となく避けられているような気もして結局は話をすることができなかった。

そこだけが少し気がかりな所ではあるが、朝になってもやはり顔を合わせることができなかったので割り切ることにした。


「それじゃ、気をつけて行ってくるんだよ二人とも」


タイエグはアルンとウェローネを逞しい胸に抱きしめると二人の背中を優しく叩き、身体を離すと目を細めて二人を見つめた。

ターシャやアルンが遠出する時は必ずこうやって旅の安全を祈ってくれるのだ。

以前はこの筋肉質の硬く暑苦しく抱擁が照れくさくてたまらなかったが、冒険の何たるかを知った今では親代わりに世話してくれるタイエグのこの行為をありがたい気持で受け取ることにしていた。


「行ってまいりますね、タイエグ様っ」


「行ってくるよ。それと、ターシャにもよろしく言っておいてくれると助かる。昨日もちょっとばっかし話せてないんだ」


アルンのその一言にタイエグは不思議そうな表情を浮かべたがゆっくりと頷いた。


「ああ、分かったよ。後で伝えておくからね」


「それじゃ」


二人はタイエグと朝番のウェイトレスに背中を見送られて歩き出す。

離れてからしばらくするとウェローネが当然のように手を繋いでくるので、特に気にするでもなく背負い袋を担ぎなおしてそのまま歩き続ける。


アルンは旅用の装備で既に固めてある。

厚手のインナーに皮製ズボンと鉄板を仕込んであるブーツを基本に、その上から鋼鉄製の胸当てや脛当てをつけている。

更に彼のトレードマークとも言える皮製のジャケットを羽織った上で、肘あてと手甲も勿論装着中だ。

ガチガチの鋼鉄製のプレート一式なる完全防備でなくても、魔術による装着品を含む自分自身への強化のおかげで機動力を減らさずに堅牢な防御力を得られるのがアルンの強みだ。


一方、ウェローネは子供用の厚手のインナーに厚手の膝丈のスカート、黒のハイニーソックスに皮のブーツを基本に、その上から昨日購入した皮を柔らかくなめしたソフトレザー製の胸当てや肘当て、膝当てを装着させている。

このソフトレザー製の防具は熟練の冒険者が使うには頼りないが、子供が装備するには適したものとしてこの世界では扱われている。

その上からゆったりとした水色のローブを纏っており、さながら我々の世界で言う所のてるてる坊主のようでもある。

とは言え、幼い見た目とあいまって実に愛らしい姿であった。


ウェローネが言う所の再会となってはや四日目という所ではあるが、数々の疑問を心の中に残しつつも気持ち的な受け入れは着々と進んでいるとも言えた。

物理的な距離感でグイグイくるのは流石に困るが、話をしたい時は自然と話が弾むし、黙っていたい時は静かに時が流れるままになる。

『喋らなければ』というある種の強迫観念にも似た思いが一切湧いてこない、心地の良い空間がそこに出来上がるのだ。

それをアルンはウェローネが水の精霊である所から『川のせせらぎのような空間だ』と一人評していた。

…とは言え、こと『水の精霊』という事に関しては相変わらず半信半疑とは言わないがおおよそ三分の一程度は疑ってはいるのだが。


そんな事を考えている内にマリアネッドの屋敷に到着したのだが、屋敷の玄関前には幌付きの一頭引きの馬車がすでに停まっていた。

いくらなんでもこの馬車を一頭引きするには無理があるとお思いかもしれないが、理由は後ほど。

まだ薄暗さを感じる早い時間と言えど、アカデミーからの見習いメイド達が顧問に監視されながら忙しなく荷物の積み込みと確認を行っている。

そんな見習いメイド達に挨拶の声をかけながら、繋がれた馬の方に回り込んだ。

思えばこの黒い毛並みの馬とも付き合いは長いもので、アルン自身も世話に回ったことがある。


「今日も元気そうだな、スレイオル。今回も頼むぜ」


水を飲みながらアルンに撫でられるままにされるスレイオル。

小さい頃から知った仲ではあるが、老いを感じさせないその雰囲気がとても頼もしい。


「旦那様のお嫁さんになりますウェローネですっ!よろしくお願いしますねっ、スレイオル様っ」


ウェローネも声をかけてから礼儀正しく頭を下げると、スレイオルは水を飲んでいた顔を上げてその小さな体に自分の顔を押し付けた。


「あはっ!お優しい方なのですねっ!」


「いや、嫁にするとは決めてないからな!?…って、優しい?」


どういうことだ?と首を傾げるアルンを余所に、スレイオルはウェローネと向き合って得意げに鼻を鳴らす。


「はいっ!スレイオル様…えっ?畏まらなくていいっ?えっとっ、でしたらスレイオル姉様と呼ばせてくださいっ」


首を上下に大きく動かして了承の態度を取るスレイオルと笑顔を向けて首に抱きつくウェローネ。

早速打ち解けたようである。


「なっ?!お前…」


動物と会話が出来るということに驚いたのであろうか、アルンは驚きの声をあげて…スレイオルを見た。


「お前メスだったのごっ!?」


瞬間、鼻息の荒くなったスレイオルの頭がアルンの横っ腹に突き刺さり、剪定された植木の中に頭から突っ込んだ。


「旦那様…流石にそれは無いと思いますっ…」


さしものウェローネもアルンのその一言には少し呆れた視線を送り、スレイオルも不機嫌そうに後ろ脚で地面を蹴るのであった。


◆◆◆◆◆


「…何故、君は旅に出る前から怪我なんぞしとるんだ」


メイド達に見送られて屋敷より出発し、北門へ向かう最中のマリアネッドが幌についている窓を開けてアルンへ向けた一言である。

馬車の横を歩くアルンの頭にはまだ葉っぱが乗っかっていたり、小枝で顔を擦り剥いた部分が赤くなっていたりと既に散々な様相を呈している。


「流石にあれは旦那様が悪いと思いますよっ」


珍しくウェローネは残念な物を見るような物言いをすれば、賛同するようにスレイオルは鼻を鳴らす。

ちなみに回復魔法は使ってくれなかった。


「いや、ホントさ。俺はずっとオスだと思って…すみませんごめんなさい!」


その一言にスレイオルが物凄い勢いで振り向き、それに対してアルンは情けない声をあげて平謝りするしかなかった。

御者代のヘリアラが慌てて宥めるものの、スレイオルの鼻息は荒くかなりのご立腹のようである。


「ウェローネだったら、そんな勘違いされたままだと泣いちゃいますっ」


スンスンと鼻を鳴らして目頭を覆うような動作をする動作に、アルンはがっくりと肩を落として溜息を吐く。


「いやいや、流石に人の形をしてるなら俺だってわかるぞ。そもそも名前がメスっぽくないじゃないか」


それに対してマリアネッドは口をへの字に曲げたまま、開いていた魔導書をパタンと閉じて睨みつけてくる。


「ほほぅ。自分の察しの悪さを私に押し付ける上に私の素晴らしいネーミングセンスにケチをつけるか、馬鹿弟子め」


見慣れた銀のレイピアの切っ先がにゅっと突き出されてきたかと思うと、足元に小さな魔力弾が撃ち込まれて石畳に煙が上がる。


「どわっわっ?!い、いきなり撃ち込むヤツがあるかよ!」


思わず跳び退って抗議の声を上げるが、相変わらず口をへの字に曲げたまま顎で北門を差す。


「ふんっ。お前は先に北門へ行って、同行者に声かけてこい。この時間ならすぐ分かるだろ」


「へいへい。まぁこの時間ならまだ混んじゃいないか。ひとっ走り行ってきますかね」


「気をつけてくださいねーっ!旦那様ーっ!」


ウェローネの声を背中に受けて走り出す。

甘ったるい幼女の声に何事かとすれ違う人たちから目を向けられるが、顔を見られる前に魔法で強化した脚力で一気に走り去ったので問題はない…と、本人は思っている。

とは言え、御者台にいるのが街でも有名な『武闘派エルフメイド』のヘリアラで、馬車の中にいるのが『偏屈魔族幼女導師』のマリアネッドという組み合わせな時点でこの街に住んでいる人間は大体予測できてしまうのだが。


「もうっ!旦那様ったら、恥ずかしがり屋さんですっ!」


「ちっ…」


「あはは…」


頬を赤く染めてくねくねと体を動かすウェローネを見て、マリアネッドは舌打を、ヘリアラは苦笑いを、スレイオルはブヒヒンと一鳴きするのであった。




(さて、『それっぽい人間』はどこにいるのかなっと…)


「あ、アルン…おはよう…」


北門に辿り着いたアルンは周囲を見渡す。

朝の早い時間帯でまだ人が少ないと言えども、商人やら冒険者やらが入場門から入って来ておりそれなりに賑わいを見せていた。

しばし観察していると、入場をしてくる商人の数が多く、逆に退場の方は冒険者と彼らを護衛につけて出て行く商人が多いようだ。

いつも通りの光景に見えて、その比率が少しばかり偏っているようにアルンは感じた。


(近場の街までなら護衛もさほど必要のないからなぁ。北の遠方で何か稼ぎ口でもあるのかね?)


「ちょっと、アルン?」


そんな事を考えつつ、門の近辺には待ち合わせの冒険者がいない事を確認する。


(まぁ今更だけど北の方に荷物を持って行くクエストでも受ければよかったか)


「無視するなーーー!!」


とはいえ、冒険者はいなくても知り合いはいた。

ブロンドの髪をサイドテールに結んだターシャであった。

森の中で迷彩効果のある若草色をベースにした厚手のシャツと皮製のスカートに足元は白いオーバーニーソックスと皮製の膝丈ブーツがベースだ。

その上から急所部分を鉄甲で補強したライトアーマーを身につけ、草色の外蓑を羽織り、背中には荷物袋を背負っている。

勿論彼女の武器でもあるクロスボウのセットも所持し、腰のホルダーには間違いなく幅広のナイフが収まっているはずだ。

いかにもこれから遠出をするぞと言わんばかりの格好である。


「あー…よう」


「よう!じゃないでしょ!なんで無視するのよ!」


噛みつかんばかりに詰め寄るターシャの両肩を押さえて遠ざける。


「奇遇だな。どうした、そんな冒険者みたいな格好して」


「奇遇でもないし、冒険者『みたいな』でもないよ!何でそんな事言うの?!」


「何でってお前…まさか…なぁ?」


そこでアルンは今回の募集要項を思い出す。

それは『索敵可能な後方要員』。

ターシャがメインで使用する武器はクロスボウだ。

これは間違いなく遠距離武器…つまり後方要員だ。

そして彼女の専攻クラスは『レンジャー』。

野外での戦闘以外の活動に関して主軸の置いたものだが、その内容は薬草鑑定、地図作成、野外での食料確保、獲物からの剥ぎ取りなどサブポジションながら野外活動に欠かせないものばかりだ。

その中でも一番重要視されるものは、索敵能力だ。

音や匂いや気配などの五感に限らず、自身の魔法などをフルに活用して特化した索敵能力を行使することになる。

他の冒険全般の専攻でも当然その辺は教えてないわけではないのだが、レンジャークラスほどの深く食い込んだものではない。


(つまりだ。先生の張り出していた条件にはぴったりなわけで…)


ついでに言うなら『この時間ならすぐわかる』というマリアネッドの言葉通りでもある。

そりゃすぐ分かるだろう。

知り合いなのだから。

そこで出発前のタイエグのあの表情の意味もよくわかった。


(後で会うのによろしくもクソもないよなそりゃ)


そんな簡単な事に気づけなかった自分にがっくりと肩を落としままターシャを見やると、彼女は顔を横に向けたままアルンの事をチラチラと横目で見ていた。

睨みつけるような視線ではなく、彼女もまたアルンに対して何か言いたい事があるようなのだがなかなか言い出せないでいるようだ。

お互いに視線を彷徨わせて、三回程呼吸をした後に口をあけたのはアルンの方が先だった。


「その、なんて言うか。お前が一緒に来る奴ってので間違いないんだな?」


「…うん」


「そうか。あー、まーなんだ…わかった。色々あるけど一緒にやっていこう」


「うん!」


それだけで笑顔を向けてくるターシャに対して少しだけ胸の中がちくりと痛むが、これからしばらくは一緒のパーティーで遠出するのだから、蟠りは少しでも解消しておかなければならない。


「そ、それからだな。あの夜は、うん、俺も悪気があったわけじゃないんだ。気持ちはわかってないわけでも…ないというか、何というか」


「ほんと?」


「ああ。俺も色々とあの時は色々と考える事があったんだ。何というか、期待させてしまったようで本当にすまなかった」


「アルン…」


アルンとて男であり、直接的な好意を向けてくる相手に対して鈍感なわけではない。

あの時のターシャの表情に思うところが、実はないわけではなかったのである。


そしてターシャは不器用ながらも、しっかりと自分の事を考えてくれるアルンを大好きなことは間違いがなかった。

彼女も気まずくて話しかけられなかった事とウェローネが常に引っ付いていることが、ずっと胸の中がモヤモヤしていたのだ。


「じゃあさじゃあさ!謝るんだったら…」


少しだけ前かがみになるとターシャはブロンドのサイドポニーに結った髪を揺らして、頬を赤く染めて上目遣いでアルンの事を見つめる。


「今ここで、ぎゅっとして欲しい…かな」


「え、いや、それはだな…」


「拒否権はあーげない!」


そんな二人の様子に内側から門を警備している夜勤明けの男兵士達は舌打しつつ、内心で(爆発しろ!!)と毒づいていた。

結託して何か適当なあらぬ罪でも被せてやろうかなどと考えていたのだが、どうにも二人の様子がおかしいことに気づいた。


「では、その権利はウェローネが許可しませんっ」


視線を下に下げると、いつの間にかそこに現れた水色の髪の幼女が二人の間に割り入っていたのだ。


「なあっ!?あんた何時の間に?!」


「まったく…旦那様の前に姿を見せないから諦めた物と思っていましたが、隙を見せたらこれですかっ!往生際の悪いっ!」


アルンの前に腕を組んで仁王立ちするウェローネは小さいながらも迫力のある眼力でターシャを睨みつける。

だがそこで怯んでしまうようなヘマをターシャは二度もするわけにはいかない。

確かに目の前の幼女は勢いと見た目のギャップはあるが、それは所謂初見殺しみたいなものだ。

抵抗できないものではないとターシャは踏んでいた。


「ふ、ふん!言っておくけどね!あたしだってあんたに譲るつもりは一切ありませんよーだ!」


アルンの腕を引いて自分の腕に絡ませて舌を出すターシャ。

たわわな膨らみがむにゅりとアルンの腕に押し付けられる。


「あらそうですか!今のうちに退いておいた方が傷も浅くてすみますのにっ」


ウェローネも腕…は絡ませられないので、小さな両手で手を握ってぐいぐいとアルンを引っ張る。

さりげなく自分の胸にアルンの手を押し付けているようだがいかんせん…無い物は仕方がないのである。

出会って早々の二人のこの険悪な雰囲気とまったく無関係なのに睨みつけてくる男兵士達から晒された視線に、アルンはこれからの事を考えながら陽が昇って明るくなり始めた空を溜息交じりに仰いだのであった。


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