第十三印~もう一度『お姉ちゃん』と呼ばれたい!(N)
GW?何よそれ!?(逆ギレ)
2019/04/27 やり直し版に差し替え
所々白い雲が見える中、その広く青い空に鳶が飛んでいる姿が見える。
「ああ…空はなんでこんなに青いんだろう…」
吹きつける風がとても気持ちよく、アルンの呟いた言葉は風に乗って流れて行く。
目を閉じればそのまま──
「さっさと起きてください、アルンさん!」
「やだ」
ヘリアラの声が聞こえる方から顔を背けると、アルンは大の字になったまま目を閉じた。
そもそもどうしてこんな事になったのかという説明も諸兄には必要だろう。
◆◆◆◆◆
流石に部外者(本人は妻だ身内だ関係者だと騒いでいたが)のウェローネをそのまま校舎に連れて行くことは憚れたので、一度先にマリアネッドの屋敷に立ち寄った二人。
既にマリアネッドはアカデミーに出向いて居た為に不在であったが、ヘリアラがメイドの研修生達の陣頭指揮を執り旅立ち前の念入りな屋敷の掃除を行っている最中であった。
ヘリアラに持ってきた薬品と請求書の羊皮紙を渡して最終チェックとウェローネの事を任せると、アルンはアカデミーの冒険科にある冒険者ギルドの出張窓口へと向かったのである。
読み書きや計算という生活をする上で最低限な知識を覚えたり、魔術や武器の握り方というこの世界を生き抜く上に必要な体を作ったりする為の期間を初等部、冒険者や職人などのより進路を見極める期間を中等部、さらに自分の選んだ進路からしっかりと細分化し専門分野について学ぶのが高等部となっている。
その中で冒険者志望のアカデミーの生徒は『冒険者見習い』として扱われるが、冒険者ギルドのクエストなども受けることが可能である。
依頼の大半は日帰りで済む程度の近場での採取や採掘、動物や魔物の駆除だが、街中での探し物、掃除などの依頼も受けることができる。。
勿論、生徒自身のレベルやスキルから安全マージンの範囲内にあるものを紹介される形になるわけだ。
クエストの達成時には報酬も渡されるが、同時にアカデミー卒業のための単位もそこで取得できるようになっている。
そして高等部からは、実力があると判断された者に関しては、遠方へ向かうクエストも条件付で受ける事が出来るようになる。
当然報酬も良いし、取得単位も多目になるのでその条件を満たしている者はなるべくクエストを受けていく。
では、先に述べた条件というのは何か?
それは『保護者、もしくは師による同意を受ける』事である。
そもそも高等部まで冒険者志望で残っているような生徒の親が、子供が任務の為に遠方に出る事を(収入面の意味でも)反対するわけもない。
ましてや、ルィリエンのように冒険者ギルドや貴族や大きな商会に逆に指名されるような事もあれば、箔が付いたと親も大喜びするものだ。
職人系や他の道を志した者達にも同じような斡旋があると思ってくれてよいだろう。
そしてアルンは師であるマリアネッドが既に保護者扱いなので、今回調査に同行する分に関しては問題が何もない。
今までも何度か同行している実績もあるおかげで、担当が軽く目を通すだけで受理された。
「そういや、今回は急な募集だけど同行者は見つかりそうかい?」
装着していたモノクルを外して拭きながら、人の良さそうな男性アカデミー職員はアルンに尋ねてきた。
「ん?俺は何も聞いてないけど、師匠が募集をかけてるのか?」
「おや、聞いていなかったのかい?朝イチで張り出していったんだよ」
『ほら』と指差した先には、依頼者名の所にマリオネッドの書いたと見える依頼書が張り出されていた。
低身長の彼女自身が張り出したせいか、その位置はかなり下の方であった。
「ああ、なるほど。後方での警戒要員が必要なのか」
アルンは『マナ・バレル症』のおかげで探知魔法は残念ながら使い物にならない。
マリアネッドも夜間ならともかく、昼間の探知魔法は比較的苦手だ。
ヘリアラは確かに熟練者ではあるが、彼女は基本的に前衛なので常に周囲の探知をしているわけにはいかない。
ウェローネはまだよくわからないが、自称精霊とは言え見た目が幼女の彼女にあまり期待をするものでもないだろう。
そうなるともう一人、後方にいて確実に探知警戒が出来る要員が居た方が良い。
冒険において探知警戒要員を必ず用意するのが鉄則である。
五人以上で出向く際は片手間でも探知警戒が出来るメンバーを二人は用意するのがアカデミーでも良いと教えている。
「なるべく優秀なヤツを回してくれよ?」
「ははっ、任せておいてくれよ。マリアネッド先生と同行だから大丈夫だと思うけれども、君も気をつけて行って来るんだよ。お土産もよろしくね」
別れ際の言葉に笑って頷き返すと、受付から離れて出口に向かう。
と、そこで見知った人影と目が合った。
「ターシャ…」
「…ふんっ!」
向こうもアルンの姿に気づいたようだが、すぐにそっぽを向いてアルンの横を小走りで通り過ぎて言った。
しばらくその後姿を横目で見ていたものの、かける言葉が思いつかず肩をすくめて冒険科の建物を後にした。
本校舎で改めて自分が卒業の為に受ける課目がない事を確認すると、マリアネッドの屋敷へと足を向ける。
屋敷ではウェローネがホールに飾られた調度品を眺めており、それをヘリアラがどういう謂れの物なのか説明している最中であった。
昨日こそその出会いに錯乱気味ではあったようだが、やはり精霊と相性の良い種族のエルフというだけあって打ち解けるのも早かったようだ。
その扉を開けてアルンが戻ってきたことに気づくと、二人は笑顔で出迎えてくれた。
特にウェローネは嬉しそうに小走りに近づいてくるとその手を握り、頬ずりをしてきた。
さて、何か飲み物でも頼むかと口を開こうとした時に、ヘリアラが不穏な一言を口にしたのであった。
「そうそう。明日は久々にご一緒する事ですし、確認ついでに体を動かす訓練を少ししましょうか、アルンさん。マリアネッド様にも言われていますし」
「へっ?」
「訓練ですかっ?どういった訓練なのでしょうっ」
「訓練は訓練です。さぁ、張り切って参りましょう」
「えっ、ちょっ、あぁぁ………!」
「ヘリアラ様!?」
ヘリアラはニコニコとした笑顔を浮かべてアルンの首根っこを掴んで引き擦っていく。
そんな表情とは裏腹に先程の二人で話していた時の和やかな空気が一瞬にして張り詰めた物に変わった事を察したウェローネは慌ててとことことそれについて行った。
アルンは気づくべきであった…目の前にいるエルフの女性の耳が、ウェローネが抱きついた際に大きく跳ねた事に…。
◆◆◆◆◆
で、冒頭のザマである。
「そもそも街を離れる前の日は休養にあてるんじゃないのかよっ!!」
ヒュッ…
小さく聞こえた風切り音に慌てて身を捩る。
丁度アルンの頭があった位置に、鋭く木剣が突き刺さった。
体が動いたのもほぼ本能的な物ではあるが、この反応もまたヘリアラによって鍛えられたものであった。
「し、死ぬ!?そんなの当たったら死んでしまう!!」
「よいしょ…。大丈夫ですよ、ウェローネさんは水の精霊。水の精霊は回復魔法のエキスパートです。些細な怪我はきっと治していただけますよ」
片手剣タイプの木剣を地面から引き抜いてブンッと軽く振り、付着した泥を払う。
「流石に死者を蘇生する魔法はありませんしっ!訓練と仰っていましたがっ、やりすぎじゃないですかっ!?」
簡易のテーブルセットに座って出されたお茶を飲もうとしていたウェローネだが、それを口にする前に倒されたアルンの姿を見て唖然としていた。
慌ててティーカップを簡易テーブルの上に置いてアルンの横に走り寄ると彼の服についた土埃を小さな手で払い落としていく。
「ふふ…これぐらいいつもの事ですよ。むしろ今日は手加減してるぐらいですし」
そう言いつつ涼しい顔のまま、額に汗の一つもかかずに小首を傾げて微笑むヘリアラ。
いつもなら少しばかりその姿に見とれるものがあるのだが、今はそれが苦々しく思えるアルンであった。
「確かに武器は片手の木剣だし、ルールも魔法なしだから、いつものアリアリなルールに比べたらそりゃあ楽だけどさ!」
「いつもは違うのですかっ?」
「ああ。ヘリアラさんは大抵の武器は使えるんだが、その中でも両手持ちの大剣が得意なんだよ」
その言葉に口元に手を当てて驚き、もう一度ヘリアラの方を見る。
エルフ族のメイドは静かに微笑をたたえたまま、初夏の風がそのチョコブラウンの髪が静かに揺らしていた。
「ええっ!?エルフ族…ですよねっ?」
「俺だって子供の頃に色々な本を読んでエルフの事を知っちゃあいたんだが…クレイモアを担いで歩いて、そんで振り回す姿を見たら流石に引いたぜ」
「それはアルンさんの読んでいた本が偏った内容だったからですよ。弓の弦を引くにもある程度は力は必要ですし、狩猟した獲物を持ち運んだりも、木を切ったり薪を割ったりもそうです。森の生活だって何をするにも力はいるものですよ?」
「それでも、クレイモアで魔物をなぎ倒して歩けるエルフはヘリアラさんだけだと思うんだよなぁ!」
一般的に物語に描かれる存在のエルフは諸兄らの知る通り、森の中に住み、長寿で男女共に美形揃い、精霊や魔法能力に長け、弓の扱いが得意なもの静かな尖った耳を持った種族である。
書物によっては女性の胸のサイズにも言及しているものがあるが、それはまぁいいだろう。
事実、書物の通りでもあるのだが、両手剣を振り回すその姿にアルンの持つ美しいエルフ像が木っ端微塵に砕かれたのは言うまでもない。
「そんなに大声出せるのなら、もう一戦いきましょうか。呼吸も整ったでしょう?」
「ちくしょー!わかったよ!!」
「そ、それでしたら旦那様っ!」
諦めたように訓練用の棒状の武器を握って構えるアルンに対してウェローネが目を閉じて手をかざしたかと思うと、一瞬柔らかな水膜が彼を包み込む。
瞬きをするその間に水膜は弾けたかと思うと、彼の擦り傷や木剣に打ち据えられた痛みが引いていった。
「おぉ…回復魔法か。ありがとう、ウェローネ」
「これぐらいしかできませんが、旦那様の力添えになるのならっ!」
小さな拳をぎゅっと握って見上げる幼女の頭をお礼変わりに軽く撫でてあげつつ、アルンは向き直ったわけなのだが…。
「……ふふっ」
鬼が居た。
昨夜も同じような事があったと思うが、こっちはなんというか…格段に怖い。
その背中には何も背負っていないはずなのだが、ゆらりと何かが揺れているように見えていた。
「あ、あの、ヘリアラさん…?」
恐る恐る声をかけた相手は笑顔だった。
だがそれはアルンがよく知っている温かみのある笑顔ではなく、とても冷たい、見るだけで寒気の走る笑顔だ。
何よりも彼女の耳がピンと逆立っている事に気づいた。
「お、怒ってい…」
「いいえ、怒っていませんよ?」
最後まで言わせぬ即答っぷり。
アルンはこれも知っている。
彼女の耳が逆立っている時はかなり怒っている時だ。
流石のウェローネもその雰囲気に押されて何も言えない。
あわあわと慌ててアルンの顔を見上げるが、だらだらと冷や汗をかく彼に目配せされてその場から退散せざるを得なかった。
「お姉ちゃんは怒っていませんとも。ええ、怒っていません!!」
「めちゃめちゃ怒っているじゃないか!」
「怒っていないって、お姉ちゃんは三回言いました!だから怒っていないんです!」
悲鳴にも似たアルンの言葉に対する返答が合図になったかのよう木剣が突き出され、それを咄嗟にスタッフで弾こうと振るうものの、勢いに力負けしてたった一合でバランスを崩してしまう。
木剣の間合いからはかなり離れていたにも関わらず、予備動作もなく一瞬で繰り出された攻撃である。
「可愛いお嫁さん候補の回復魔法があるのでしたら、多少強めにいっても大丈夫ですね?」
「よ、よくないっ?!」
突きの動作から流れるようにもう片方の腕に持った木製の小盾を横殴りに叩きつけられる。
「ぐぅっ?!」
バランスを立て直せていないアルンにはそれを回避できる手段はなく、強引にスタッフの持ち手を滑らせ握る位置を変えたスタッフでそれの受け流そうと試みるも…やはりダメだった。
スタッフごと力でねじ伏せられ片膝をつけざるを得なかった。
「いけませんねぇ。いくら他の方より優れている上、常時使用できからと言って補助魔法に頼り切っているからですよ?」
いつもなら優しく問題点を指摘する彼女の言葉は今日は重たい。
とてつもなく重たい。
叩きつけられた木剣と小盾の一撃並みに重たい。
アルンは自身の『マナ・バレル症』のせいで魔法による遠距離の攻撃手段が皆無ではあるが、マリアネッドの教えやヘリアラの訓練のおかげで、症状を逆手に取った『自身への身体補助魔法』だけは何よりも得意となっていた。
体質の為マナが発散されない為ので意識が途切れなければほぼ永続的に効果があり、消去魔法に対してもその張り直し速度に存外な強さを見せていたのである。
だからこそ、こういう魔法ナシのルールでは欠点が顕著に出てしまっていた。
「ほら、ガラ空きです」
「どわっ!?」
ヘリアラは怒りのあまり饒舌になるが隙を見せるという事もなく、アルンの腹を蹴り飛ばすと倒れたところで喉元に木剣を突きつけた。
アルンとて訓練のおかげで魔法ナシのルールでもアカデミー内でそれなりに近接戦の強さを持っているが、ヘリアラに言わせるとまだまだ子供の遊戯に毛の映えた程度の物でしかない。
「さ、死ぬのは二回目でしたね。続けましょうか」
「あ、あの、ヘリアラ様…」
「回復はまだ必要ないですよ?」
「「ひっ!?」」
その感情のない笑みに青い顔して小さく悲鳴をあげるアルンとウェローネ。
ヘリアラによって磨かれる腕は確かなモノではあるが、今回のこればかりはどうにもフォローできるものではなかった。
やはり彼女は、とてつもなく怒っていたのであった。
理由は…言わぬが花というものであろう…。
「何をやっとるんだ、旅の前の日に!!」
昼過ぎ頃に帰ってきたマリアネッドがヘリアラを叱りつけるまで、アルンにとっては拷問のようなその『訓練』は続けられたという…。
アルンの『推定死亡回数』は三十四回に渡ったらしい。
前書きではお見苦しいところをお見せしました。
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