第十二印~冒険者は準備が命!その3(N)
2019/4/20 やり直し版に差し替え
アルンとウェローネの二人はデイボゥ武具鍛冶店をワーリィに見送られつつ鉄塊通りに出ると、今度は魔族であるサイトゥの営む薬屋と足を向けた。
こちらは冒険者アカデミーへ向かう途中にあるので、方角的にも苦にはならない。
アルンの持っている背負い袋に入っている先程引き取った修理済みの防具が入っていた。
ウェローネの防具は調整をしてもらっているので後で引き取る予定だ。
「さて、今度はサイトゥのおっさんの所の薬だな」
「昨晩、食堂でご一緒にお話をされていた魔族の方のお店ですねっ」
サイトゥは同じ魔族の繋がりでマリアネッドから紹介された。
そのおかげもあって、まだ見習い冒険者であるアルンも傷薬などを随分と値段的な面で優遇してもらっていた。
「あの人、酒呑んだらああだけど普段はもの静かな人だからなぁ」
「陽気な方だとお見受けしていましたけど違うのですねっ」
そんな事を話しつつ、屋台通りに差し掛かると香草に漬け込んだ鳥を焼く香ばしい匂いが漂ってきた。
朝食を食べたというのに、やはりこの嗅ぎなれた香りは、その味を思い出して食欲を刺激してくる。
シンプルな塩や独自のタレの漬け込みで勝負する店は多いが、アルンの中ではこの香草漬けの焼き鳥が一番の好みであった。
「…もしかして、朝ご飯が足りませんでしたかっ?」
「えっ?あー…そういうワケでもないんだけどさ、やっぱこの香りが美味そうだなぁって」
不安そうに覗き込んでくるウェローネに笑いながら頭を掻く。
お金と時間に余裕のある時は、この香りの誘惑に負けてしまうのだ。
いやむしろ、時間に余裕のない時でも負ける。
「よっ!兄ちゃん!今日は早いじゃねーの!買っていってくれねーのかい?朝から肉食って、今日もパワーマシマシで行こうぜっ!」
顔なじみの店主は日焼けした顔にニッと白い歯を浮かべて、串に刺した鳥の胸肉を火が入った墨の焼き台で回して焼いている。
「おや、今日はいつもの姉ちゃんじゃねーのか?どうだい?お嬢ちゃんも一本!初めて見る顔だし、サービスするよっ!」
隣にいるウェローネにも同じような笑顔を浮かべ、持っている鳥串を見せる。
客が居ない所を考えると、匂いを拡げるためのデモンストレーション用とも思えるが、こんがりと焼けているその鳥串は確かに美味そうではある。
一方、その一言でウェローネの片眉がよく見なければわからない程度にピクリと跳ねた。
(いつもあの女と一緒に食べているのですねっ…だったら)
「旦那様っ!旦那様っ!」
「な、なんだ?」
思うが早いかクイクイと袖を引いて、アルンをこちらに向かせる。
「ウェローネも是非食べてみたいですっ!」
「おおっ!お嬢ちゃん!いい返事だ!どーすんだい、兄ちゃん!」
アルンの方も買う気がなかったと言えば嘘になるが、それで一気に決心の天秤が傾いた。
「まぁ、そう言うなら仕方ないか。どうせしばらく街を離れるんだしな」
「やったぁ!ありがとうございます、旦那様っ!」
「そーこなくっちゃな!お代は一本分でいいぜ!お嬢ちゃんのお口に合うサイズをサービスしてあげっから!」
そう言いながら軽く下焼きの済んだ串を二本(一本は全体的にサイズが確かに小さい)取り出して、焼き台の上に乗せる。
「街を離れるって、今度はどこにいくんだい?」
「俺の師匠達と一緒に北の方にな」
「おーそっかそっか!兄ちゃんのお師匠さんって言えば、あの人だったよなぁ?…よっと」
相槌を打ちつつも焼き鳥からは目を離さずに手際よく串を回転させる。
さすがの手並みに横から覗き込んでいるウェローネも「おおっ」と小さく声をあげている。
それに気を良くしたのか、店主も景気よく串を回転させた。
「そいで、そちらのお嬢ちゃんも一緒に行くのかい?」
「まぁな。この子の絡みもあって、だ」
「はいっ!旦那様と一緒ですっ!」
「旦那様?がははっ!いー趣味だねぇ!」
「だからそういうのじゃねーって」
もう何度目になるかわからないこのフレーズだが、額を抑えつつも言わずには居られない。
(言わなかったら、きっと負けになる…っ!)
「俺っちはそういう趣味にはとやかく言う事ねーから安心しなよ!」
店主のその目はとても優しかった。
それに言い返そうとすると、目の前に普通のサイズと小さなサイズの串焼きがにゅっ突き出される。
香ばしい焼き香が煙となって漂い、より強烈に鼻腔と腹を刺激する。
「さっき他の冒険者が話してたのを聞いたんだけどよ」
一本分の焼き鳥代を支払って受け取りつつ、唐突な小声に怪訝に思いつつ耳を近づける。
「お前さんはアカデミーの生徒さんだからわかるだろうが、北にモンスターの討伐隊を出してるだろ?」
「ああ、そういえばそうだな」
昨日の朝の集会でそんな話をしていた事は覚えている。
ルィリエンの視線を感じた事と紐付けて覚えているが、いかんせんその内容まではうっすらとしか記憶していないが。
「どうにもモンスターの数が増えてるって話だが、どうにも動きがおかしいんだってよ」
「おかひい?」
ウェローネに小さいサイズ焼き鳥を渡しつつ、自分は普通サイズの焼き鳥に口をつける。
想像通りの味が口の中に広がり気分的には満足だ。
「いやなんつーか、北の方にいるモンスター共が新たに涌くっつーより、大移動してんじゃねーかって話なんだ」
アルンは一度串焼きにつけた口を離して、眉を潜める。
「根拠は何かあんのか?」
「さぁ、そこまでは俺っちもわからないぜ。ま、可愛いお嬢ちゃんを連れて行くんだ。気をつけてなってな」
店主の視線を追ってウェローネを見ると、鳥肉を小さな口でかぶりついて嬉しそうに咀嚼していた。
視線に気づいて、恥ずかしそうに顔を背けて口に入っていた鳥肉を飲み込んだ。
「お口にあうかい、お嬢ちゃん?」
「は、はいっ!とってもっ!」
「そいつは良かった!」
アルンと再び向き直り、ニッといつもと変わらない笑みを浮かべる。
「常連が増えるのは歓迎だが、減るのは勘弁して欲しいからな!」
「だったら、俺が街を離れてる間に潰れないでくれよ?」
「こちとら爺さんが始めてからずっとここで店出してんだ、早々潰れねーっての!」
お互いにひとしきり笑った後、背後に人の並んだ気配を感じてその場を離れる。
「じゃあ、俺らは行くぜ」
「あいよ!旅から戻ったら、また食べにきてくれよ!」
「是非っ、また来ますねっ!」
背中にかけられた声にウェローネは振り向いて笑顔で、アルンは背中越しに串焼きを挙げて応えて、改めてサイトゥの営む薬屋と足を向けたのであった。
「しっかし、相変わらずこの店の美的センスってよくわからんなぁ」
「なんだか、おどろおどろしい感じがしますっ…」
思わず口に出てしまったが、アルンは何度見ても黒や紫や紺色を中心としたデザインのその店には首を傾げるばかりだ。
「魔族の美的センス的には、これでも大人しい方らしいけども」
それが目の前にあるサイトゥの経営する薬屋『ディアレギ・ドラッグ』だけではなく、魔族という種族全体のセンスだからどうしようもない。
種族の色センスというのは面白い物で、これがエルフ族なら緑系統の森を連想させる色合いになり、ドワーフ族なら黒色系統の炭や鉄を鉱物を連想させる色合いとなる。
ついでに獣人族であれば狩猟した鳥類の羽毛やなめした獣の皮や骨を店頭に飾っていたりもする。
それぞれがそれぞれで特徴が解りやすいといえば解りやすい。
じゃあ人間族はどうなのかと聞かれれば、逆にそういう特徴のない事が特徴でありシンプルに看板に店名やイラストが書いてあるだけと言う事が多い。
お互いがお互いのセンスが分かり合えないのは仕方がないとして、そこをツッコまないのがこの世界の暗黙の了解というものであろう。
「とはいえ、薬関係の扱いは間違いがないから安心できるんだけどな」
真っ黒に塗られたドアの取っ手を引くと、その雰囲気に似合わないカランカランと軽快な鐘の音がこの店に客が来たことを告げる。
店内も店構えと同じ色合いをしており、漂ってくる薬品の独特な香りがなんとも言えない気分にさせる。
「いらっしゃぁイ」
その鐘の音に奥から一人の深い紫色の長い髪をした肌の青い女性が出てきた。
とても色っぽく声は聞きなれているはずのアルンすらもなんだかモヤモヤしてくる気分になってくる。
彼女の名前はサイトゥの妹の『ヒャシィ』。
当然、彼女も魔族だ。
「なっ!?なっ!?」
そしてウェローネはそのヒャシィの姿を見て絶句せざるを得なかった。
艶のある褐色肌には胸や下腹部など最低限の部分を、これまた最低限な薄布だけを纏った妖艶な姿だったからだ。
「あラ、アルンじゃないノ。おはよウ。待ってたわヨォ」
「おはよう、ヒャシィ。頼んでた物を取りに来たんだ。おっさんは朝の採取から戻ってないのか?」
「えエ。でモ、話は聞いているワ。ちょっと待っててネェ」
只でさえ今の挨拶だけでもあふれ出る色気は隠れる事が出来ず、お尻を振りながら再び奥へと引っ込んでいく。
「いつ来てもやっぱすっごいな、あの人は」
一方、アルンはアルンで鼻の下を伸ばすのを隠そうとしていなかった。
昨日の酒場のエンデバとサイトゥの会話からではないが、彼は男色の気があるわけではなくちゃんと女性が好きなのだ。
「もうっ!旦那様っ!」
「いふぇぇ!?ひょおをふえるふぁ!ひっふぁるな!?(頬を抓るな!引っ張るな!?)」
いくら小さな幼女とは言え、全力で頬を抓られた挙句、重力に従って引っ張られるとそりゃとんでもなく痛い。
「まったくっ!旦那様にはっ、ウェローネがいますよっ!」
「いっつぅ…いや、その、なんというかだな、コレは違うんだ」
頬を擦りながらそこまで言いかけてふと気づく。
「って、なんで俺がお前に言い訳染みた事をしなくちゃならないんだ!」
そんな声も今のウェローネにはお構いなしのようで…。
「まさかっ…旦那様はあの方を見たいが為だけにっ、この店を選んだわけじゃないですよねっ!ねっ!?」
下から見上げながらぐいぐいと体を押し付けて睨みつけてくる。
幼女といえどその剣幕は本物で思わずたたらを踏んでしまったが、そこは負けじと踏みとどまる。
「何言ってんだ!?師匠の知り合いの店だからって、道すがら説明したじゃないか!」
「で、ですがっ!」
「お待たセ。随分と賑やかネ」
箱を小脇に抱えて相変わらず妖艶な笑みを浮かべてヒャシィが戻ってきた。
カウンターに置いたその小箱には決して少なくない本数の色とりどりの液体の入った我々の世界で言う所の試験管のような形をした『瓶』が詰まっていた。
「アルン、水の精霊とお付き合いするのは悪いとは言わないけれド、大変ヨォ?」
早速、瓶を手にとって品の確認をしていたアルンはその言葉に慌てて顔を上げる。
「ナ、ナンノ話ダ?ウェローネ?」
「は、はいっ!そうですねっ!」
思わず二人とも目を逸らしてしまったが、クスクスと笑いながら『いいのヨ』と流し目のような視線を二人に送る。
「私もネ、開花はしなかったけド、小さい頃は素質だけはあったのヨ。その名残で探知する能力だけハ、今も残ってるノ」
「そうだったのか…知らなかったぜ」
「誰にも言ってないもノ」
少しだけ寂しそうに笑うあたり、昔何かあったのだろう。
それを察して、何となく黙ってしまう。
ウェローネの方を見ると、首を横に振るだけだった。
「その子が精霊だって事は内緒なんでしょウ?」
「ん、そうだな一応黙ってる。色々面倒そうだしよ」
アルンの返事に豊かな胸を乗せるように腕を組みながら、ヒャシィは大きく頷く。
その行動だけでヒャシィの胸のその大きなふくらみがたぷんと揺れる。
検品の終わった薬品の入った箱の蓋をしめつつ、しっかりとその揺れる動きを目に留めておく。
男の子だから仕方ない。
ちなみに、その目の動きはしっかりとウェローネにも見られ、ジト目を向けられている。
そして自分の胸をペタペタと触り、がっくりとうなだれてもいた。
「それが懸命ネ。精霊使いなんてなるものじゃないワ」
肩をすくめつつ、アルンに羊皮紙の請求書を丸めて渡す。
その横で不服顔なのはウェローネだ。
「だから旦那様とはただの精霊と精霊使いという関係じゃないんですっ!」
無理やりアルンと手を繋いでぴったりとくっつく。
「ウェローネはこの方のお嫁さんですよっ!」
「大丈夫ヨ。アルンを盗ったりはしないワ。ネッ?」
その様子にくすくすとひとしきり楽しそうに笑った後、パチリとウインクをするヒャシィ。
自分の馴染みの人間に向けたウェローネの宣言は、アルンにとって実は結構恥ずかしい。
「と、とにかく、支払いはいつも通りの感じになるから、サイトゥのおっさんにもよろしく言っておいてくれ」
「はいはイ。マリアネッド様や貴方達の旅の無事を祈ってるワ。戻ってきたら、また顔を出してネ」
足早に店を出ると、軽く呼吸して外の何も匂いのしない空気を肺に取り込む。
店内を振り返ると相変わらずの妖艶な笑みを浮かべて手を振ってくれていた。
それに対して二人とも頭を軽く下げて返事とすると、アカデミーへ向かって歩き出す。
後は立ち寄るところも無く、通り沿いにまっすぐ向かうだけだ。
「うーっ…悪い人ではないのはわかるのですがっ!なんでしょうっ!なんでしょうっ!!」
ウェローネはアカデミーの敷地内にあるマリアネッドの屋敷に到着するまで、自分の胸辺りをぺたぺたと触りながらブツブツと呟いていた。
相手に求める胸の大きさにはそれほどこだわりの無いアルンは、気まずそうにそっぽを向き続けるのであった…。
アルン「しっかし、あれで中身は百歳越えてるんだから恐ろしいもんだぜ」
ウェローネ「え”っ!?」




