第十一印~冒険者は準備が命!その2(N)
2019/04/11やり直し版に差し替え
アルンはウェローネが朝食を食べ終わるのを待って、その片づけを手伝った後に『鳥休む力瘤亭』を出た。
『宿り木通り』には早朝と言えども人の通りは十分だ。
アルンが目覚めた時にもその足音や声は聞こえていたが、それから少々時間が経った事もあり外の賑わいは増していた。
今まさにこの街に辿り着いたのであろう、汚れが目立つ冒険者一行が隣の宿へと入っていく姿が見えた。
その表情は疲れ切ってはいたが笑顔が見えていたので、何かしらの成果があったのだろう。
それが宝の発見だったり、魔物討伐だったり、どちらにせよ素晴らしいものにきっと違いない。
正面の宿からは、これから出発だろうというのに暗い顔をした一行が姿を見せる。
アルンの記憶ではこのパーティーはいつも四人組だったはずだが…どうやら今日は一人足りないように見える。
魔術師風の女性が居たはずだがその姿を見ることもなく、彼らは足早にそこを離れていく。
それが喧嘩別れだったり、魔物や罠にかかって命を落としたり…どちらにせよ悲しいものに違いはない。
その二組の姿は紛れもないこの世界での冒険者の姿であった。
(俺は、どちら側の冒険者になれるかな…)
自分ではまだまだ実力が足りないのは解っている。
あの頃に比べてヘリアラのおかげで体力もつけてきたし、魔法だって人より特殊な体質と言えどマリアネッドのおかげで扱えるようになってきた。
アカデミーや二人の師匠から冒険者のなんたるかも学んできているのだ。
それも彼の中にある一つの想いが故である。
(いつか、あの人に会う為、か…)
どんな容姿なのかも、どこで出会ったのかもおぼろげな記憶の片隅にある人影。
何故思い浮かぶのか、どういう関係だったのかもわからない。
どこかで出会える確証もない。
だからこそ冒険者となって探しに行きたいのだ。
これはマリアネッドやヘリアラにも言っていない彼の冒険者になりたい理由でもあった。
「あの…旦那様っ?」
クイクイと袖を引っ張られると、我に返ったアルンの耳に朝の喧騒が再び耳に入ってくる。
「ん?ああ、すまん。ちょっとぼーっとしてたみたいだ。いつもより早い時間に起きたせいかもな」
「そ、そうでしたかっ」
ウェローネは皆まで言わなかったが、どこか遠い目をして考え事をしている間のアルンの表情は少しだけ優しかった。
「あのあの!手を繋いでもよろしいでしょうかっ!」
その優しい表情を自分に直接向けて欲しい。
そんな想いでウェローネはおずおずと自分の手を差し出して、あえて聞いた。
「ん?何だよ急に。昨日は何も言わなくて自分から繋いできたじゃないか」
肩をすくめて笑いながらもアルンは、ウェローネの手をとって優しく握り返した。
それだけでもウェローネは嬉しくて満面の笑顔を浮かべてしまう。
「気分の問題ですっ!」
「気分ってなぁ…ん?」
頬を掻きながらもアルンはウェローネがもう片方の手に持っている物に気づく。
その視線の先に気づいた彼女は持っていた蓋付きの籠を持ちあげてニッコリと微笑む。
「お弁当ですよっ!お昼には用事が落ち着くと聞きましたし、ご一緒にできると思いましたのでっ」
「へぇ!そいつはありがたいな。適当な店に入るか、ヘリアラさんに頼むかしようって考えてたからさ」
「えへへっ!出来る妻は違うのですよっ」
「でも、重くないか?何なら持つが…」
繋いでいた手を離して、差し出すがそれには首をゆるゆると横に振って拒否する。
「お気持はありがたいのですが…それだと…そのぉ…旦那様と手を繋げなくなってしまいますっ。旦那様は既に片手にスタッフをお持ちですしっ」
心底悲しそうな顔をされてしまっては、それ以上は何も言えず『そ、そっか』と改めて二人は手を繋ぎなおす。
(あれ…?俺、なんかすっごいノせられてないか?)
ここで我に返ってみると、昨日から手を繋いだり、頭を撫でたり、一緒に寝たりと割と自然にそれらを行っている自分に気づいた。
今に至っては荷物を持ってあげようなどと声をかけてしまった。
ちらりと横目でウェローネの姿を覗き見ると、鼻歌交じりにご機嫌な笑顔を浮かべている。
そして自分は歩調を合わせてゆっくりとした足取りだ。
(おかしい。結婚する気なんかないとか散々言っておきながら、説得力がないんじゃないかコレ?)
今更である。
(今まで彼女がいなかったから浮かれているとかそんなんじゃないぞ、絶対!)
彼の内心をあくまでもフォローの為にこうやって伝えておこう。
「おや!おはよう、アルンちゃん。もう来ちまったのかい?ようこそ、『デイボゥ鍛冶武具店』へ」
その声に顔を上げると、そこには鍛冶屋のエンデバの妻であるワーリィが開店準備中だったようだ。
どうやらいつの間にか『宿り木通り』を抜けて武器屋や防具屋が軒を連ねる『鉄塊通り』の方にやってきていたようだ。
絵に描いた様な恰幅良い肝っ玉母ちゃんな容姿のワーリィは両腕を組んでにんまりと笑っていた。
「なんだいなんだい!湿気た顔しちゃってさ!」
彼女の大きな手の平で背中をバシバシ叩かれると流石に痛い。
「あだっ!いでっ!ご、ごめん!考え事をしていたからさ」
「ダメだよォ!隣にいるのが噂の可愛い奥さんだろう?しっかりしなきゃぁ!」
既に話をエンデバに聞いているのか、隣で何事かと目を丸くしているウェローネを横目に更に背中をバシバシと叩き続けた。
根は悪い人でない事はアルンもよく知っているが、これがあるのが苦手だった。
エンデバが若い頃に無理やり結婚を押し切られたと聞いて納得のいく我の強さである。
「あ、あのっ!あのっ!」
「うちの亭主に聞いていたけど、本当に可愛らしいお嬢ちゃんだねぇ!防具を買うって話も聞いているよ!採寸してあげようかね!」
「え、あっ、旦那様っ!?旦那様ーーーーっ?!」
(気の強い女の人は…やっぱ苦手だな)
有無を言わさずウェローネを引き摺るように店内に行くように連れてくワーリィを見ながら、押しかけてきて妻を名乗るウェローネが将来ワーリィのようにならないか、一抹の不安を感じざるを得ないアルンであった。
エンデバが鍛冶を行い、ワーリィが販売する。
それが彼らの苗字を看板に取った『デイボゥ鍛冶武具店』である。
特に歴史があるわけでも、有名店でもない、通りの片隅にある鍛冶と武器防具の店と言ってもいい。
とは言え、鍛冶関係と言えばドワーフがシェアの大半を占める鍛冶関連の店が多い中で純粋な人間種族夫婦が経営する店は逆に珍しいかもしれない。
いくら多種族が入り乱れる世界と言えど、亜人などの人外種族が嫌いな人間も(勿論人間が嫌いな亜人種も)少なくない世界だ。
デイボゥ夫妻もそれが狙いとわけではないのだが、そういう人間にとってはありがたい店かもしれない。
ワーリィの仕事の成果か、埃一つない店内にディスプレイされた武具達は、その持ち手が現れるのを静かに待っているようだ。
奥のパーティションの一角でウェローネは採寸されており、アルンは手持ち無沙汰に見慣れた店内を見て周っていた。
(一度はこういう物を振って、格好良く、こう、ビシッ!とキメてみたかったなぁ…)
壁に飾ってある銀色の刀身のロングソードを眺めてそう思う。
彼が刃のついていない棒状の武器を持っている事にはワケがあった。
鉄製の刃がついた刃物や槍を『武器として認識した場合、持つことが出来なくなる』という厄介な体質なのである。
いや体質などではなく、マリアネッド曰く『コイツは呪いに近い何かだな…』という事だった。
一瞬、手を伸ばしてその柄を握ろうとするものの…。
「っ!!」
指先から手の平と通って手首まで痺れる感覚が広がり、慌てて手を引っ込める。
(やっぱりダメか…)
異常の見られない手の平を見つつ、ため息交じりに肩を落とす。
例外はあるようで、調理をする為に包丁などは一応は持てるのだ。
以前、タイエグの手伝いの為に厨房で包丁を握っている際に、タチの悪い酔っ払いがターシャに絡まれた事があった。
少しでもその酔っ払いに敵意を向けただけで今のように包丁を握った手が痺れて包丁を取り落としてしまったのである。
基準はやはり認識の問題なのだろうか。
(スタッフってどういうカテゴリーで持つこと許されてるんだろうな。魔術媒体か?)
片手に持ったスタッフを見やり、首を傾げる。
もう何度目の疑問だろうとは思うが尽きることはない。
(ただ、ヘリアラさんはこの呪いのおかげで命を取り留めている部分もあるかもしれないみたいな事言ってたし、邪険にするわけにもいかないんだよな…)
いつも通り、結局は折り合いをつけていくしかないという結論に納まり、自嘲気味に肩を竦めた。
「採寸は終わりだよ。素材はどうするんだい?予定通りソフトレザーにしておくかい?」
「ああ、それで頼むよ。基本的なやつ一式でいいからさ」
「あいよ。夕方には合わせておくから、取りにおいで」
設置された採寸室のカーテンが開き、中からワーリィとウェローネが出てくる。
ウェローネは狭い店内とトテトテと歩いてすぐにアルンへと寄り添う。
「お待たせしましたっ、旦那様っ!」
そんな様子を腕を組んで眺めながら、ワーリィは懐かしいものを見るような目を向ける。
「おやおや、おアツいねぇ!アタシも若い頃を思い出すよォ!」
「おばさんの場合、鍛冶修行中のタイエグのおっさんの家に無理やり転がり込んだんじゃなかったか?」
「おー、よく知ってるね。大方、亭主が呑みながら話でもしたんだろうがね」
「その話っ!興味がありますっ!」
「おやそうかい?旦那と初めて出会ったのは、アタシが花も恥じらう娘だった十四歳の時かねぇ」
流石は女の子と言った所か、恋愛話への食いつきは素早く、身を乗り出して目を輝かせている。
だが流石にまだ他に回るところもあるので、アルンは待ったをかけた。
「まだ行く場所があるんだから、そう言う話はまた今度時間のある時にでもしてくれ」
「えーっ!?今後の参考までに是非お話を聞きたかったのですがっ」
「あっはっはっ!アタシぁいつもここで店番してるから顔をだしてくれりゃあ好きなだけ話をしてあげるよ」
「本当ですかっ!?やったぁ!!」
ワーリィは話す事を満更でもないようだが、その後ろからヌッと顔をだしたヒゲ面のエンデバは不機嫌そうな表情を隠そうともしていなかった。
「ったく、朝っぱらから騒がしいぞ。これだから女って奴はよォ。三人寄らんでも姦しいったらねぇな!」
「アンタ!こんな小さな女の子でもお客さんには代わりないんだよ!」
「あーはいはい。そうですねっと。おい坊主、ほんと女ってぇのは変わるもんだぜ」
戸棚に置いてあった木製の箱を引っ張り出すとアルンの目の前に置き、中から胸当てや肘当て脛当て、手甲などのアルンが修理を頼んでいた者を取り出して並べていく。
「お前も気をつけろよ。あんだけしおらしいお嬢だったのが、今やこうだからな。俺ぁすっかり騙されたぜ」
「アンタぁ!!」
「けっ!」
にらみ合いこそしないものの、険悪にも似た雰囲気が漂いウェローネが慌てだすが、いつもの事だとアルンは頭にポンと手を置いて落ち着かせる。
「それで、修理はどうだったよ?」
「おう、胸当ての金具部分がヘタってやがったからそこは付け替えだ。それと手甲なんだが…」
「まだ大丈夫だと思ってたけど、何かおかしかったか?」
「なんかの体液かかってたろ。アレのおかげで革部分の劣化が激しくてな。張替えが必要だったぞ。まだ張りがあるかもしれねーから気をつけておけよ。それからお前のスタッフ見せてみな?」
アルンとエンデバが二人でやり取りしている間にウェローネがワーリィをちらりと見ると、先ほどの険しい表情とは打って変わって穏やかな表情をしていた。
それで、険悪に感じた瞬間にアルンが頭に手を置いてくれた事に納得がいく。
本当に何も心配はいらなかったのだ。
(なるほど、お二人にとってのコミュニケーションというか日常茶飯事というか…そんなものでしたかっ)
「お嬢ちゃんは本当にアルンちゃんと一緒になりたいのかい?」
武器の状態を見てあれやこれやと話す二人の男衆を横目にワーリィが再び話かけてきた。
「はいっ!勿論そのつもりですっ!」
「そうかい。それだったら、覚悟しておきなよ?アルンちゃん、結構モテるし、そのくせ好意を持ってくれる子を遠ざける傾向があるからさぁ」
おそらくワーリィの頭の中には、あのアルンの幼馴染のターシャの事が思い浮かんでいるのだろう。
もしかしたらそれ以外にも居るのかもしれない。
モテるという言い方をするのはつまりはそういう事だと何となく察して、ウェローネはその小さな手の平をぐっと握りしめる。
「ウェローネは負けるつもりもないですし、退く理由もありませんっ!」
「はっはっはっ!アルンちゃんも愛されてるねぇ!まぁ、アタシは誰かに肩入れするつもりはないけれど、アタシの経験談ってヤツならいくらでも話してあげるさね」
「はいっ!是非っ!!」
ますます後で押しかけ妻の先輩としてのワーリィの話を聞かなければならないと、心に決めるウェローネであった。
エンデバ「坊主、どうした?」
アルン「いや…なんか寒気が…」




