第十印~冒険者は準備が命!その1(N)
2019/04/09やり直し版に差し替えしました。
あと、私信ですが再就職先が決まりました。
──ゆめ?──
──ああ…これは──
──ゆめでまちがいがない──
──でも…しあわせなゆめ──
──だって、あのひとがいるから──
──かおがみたい──
──…もうすこし──
──あいたかった…よ──
◇◇◇◇◇
「んぉ…?」
自分でも間抜けなだと思える程の声を出しながら起きた、そうアルンは思っていた。
窓から差し込む朝の光は柔らかい。
既に外からは街の外へと向かう冒険者一行や市場に向かう街人や商人の声や足音、露店商が荷車を引く音なんかが賑やかに聞こえてくる。
妙にベッドの偏った位置で寝ているなとは思ったが、昨日もう一人同じベッドに寝た人物が居た事をボンヤリと思い出した。
思い出したとは言え、実はここ二日間の出来事は夢であり、今は二日前の朝だったりしないかな…そんな妙な期待をしたが、部屋の片隅に置いてあった大きなトランクを見て肩を落とさざるを得なかった。
そんなトランクをアルンは自身の物として、購入した覚えももらった覚えもない。
つまりは昨日ベッドで一緒に寝た人物の物だ。
そのトランクの中には、自称精霊にしてアルンの妻と言う幼女の荷物がしこたま詰まっており、一体どれだけの容量なんだと疑問に思ったが、見た目よりも沢山の物が入る『魔法のトランク』という事で無理やり納得させられた。
(まぁ、部屋の掃除や整理整頓を行ってくれたのは感謝はしてるけどさ…)
ため息を吐きながら後頭部を掻いた後、欠伸交じりに思いっきり伸びをしていると机の上に書置きが置いてあるのが目に入った。
字はとても綺麗で彼女の幼い容姿を考えたら、その不釣合いさがやっぱり気になった。
『いとしのだんなさまへ あさのごはんをつくりにちゅうぼうをおかりしてきます ウェローネ』
(飯か…)
傍らに置いてある時計を見ると、アカデミーへの登校時間よりかなり余裕のある時刻だ。
食事の事を認識すると身体はとても素直にエネルギーを求めてくるもので、腹の虫が代表して声をあげてきた。
(まぁ、折角だし。昨日みたいに空腹のままなのは勘弁だ)
欠伸をしながら立ち上がり、寝る時に着ていたシャツを脱ぎ捨てて最低限の身なりを整える。
ウェローネが用意してくれたのか、桶に張ってある水で顔を洗い手拭いで顔を拭くとさっぱりした気分になれた。
部屋の鍵をかける際、なんともなしに隣の部屋…ターシャの部屋のドアを見て複雑な気分になる。
(結局、出てこなかったよな…)
おかげでカタリアーナ達に小言を言われ、部屋に引き上げたアルンもドア越しに声をかけはしたが『話したくない』の一点張りで頑なにドアを開こうとしなかった。
ターシャの父であるタイエグに『おじさんが話をしておくから、君は君で何がいけなかったのかしっかりと考えておきなさい』と、やんわり諭されてしまった。
(いや、うん…。自分でもあのシチュエーションでアレはないなとは思うけどさ)
カタリアーナ達にも散々言われたが、あの状況なら男女の関係に持ち込むのが正解に近い解答なのだろうが…。
ターシャの気持ちは何となく知ってるし、アルンも好ましくは思っているのは間違いない。
(ダーメだ。ターシャとはそんな感じになれる気がしないんだよ)
ターシャには残酷ではあるが、アルンは自分の中でそのビジョンがどうしても浮かばないのだ。
兄妹、もしくは、姉弟のように長い時間を共に過ごしてきた弊害とも言える。
昨日倉庫に連れ込んだ時も、二人でどうのこうのするイメージよりもただ単純に『いつものように秘密の会話をする』という二人で今まで行ってきた慣習みたいな意識の方が強かったのだ。
本当に、ターシャにとっては残酷な話である。
「あ、旦那様っ!」
もはや一日で耳慣れてしまったその呼び声に顔を向けると、ウェローネが階段を上がって来ていた。
嬉しそうな顔でトコトコと近づいてくると、両手を前に揃えて礼儀正しく頭を下げる。
「おはようございますっ!朝ご飯が出来たましたよ、旦那様っ!」
「え、あ、おはよう。何か悪いね」
「いいえっ!旦那様の為に朝食を作って起こしにいくのが、ずっと夢でしたからっ!」
「そこまで喜ぶような事でも…」
照れくさくて目を逸らしながら頬を掻いていると、空いた手をその小さな手でグイグイと引かれる。
「さあさあ、朝ご飯が冷めてしまうので行きましょうっ」
「お、おう…っ?!」
唐突に感じたゾクリといった寒気を感じて後ろを振り向くが…なにもなかった。
「旦那様っ?」
「い、いや、なんでもない」
首を傾げながら、階段を降りるアルン。
その後ろ姿をドアの隙間から静かに切なげに見つめるのは…ターシャであった。
◇◇◇◇◇
宿の食堂のカウンターの一角。
アルンがいつも座るその場所に並べられた食事に、思わず『ほう』と声が出た。
ハムとチーズをたっぷり使ったクロックムッシュに蒸し鳥のサラダとコーンスープ。
ごく一般的な朝食ではあるが盛り付けにも気を配ってあり、作った者の性格がよく出ている気さえする。
「やぁおはよう、アルン君」
かけられた声に振り向くと相変わらず筋肉のついた大木のような巨体の持ち主、タイエグが体に似合わない朗らかな笑みを浮かべて立っていた。
彼の手に持ったトレイには昨日のような可愛らしいフルーツパフェではなく、カルトア大陸南部産の黒赤豆を天日干しして炒った後に煮出した黒赤茶(我々の世界で言う所のコーヒーのような飲料)が入った物とミルクの入った物、二種類のマグカップが載っていた。
二つとも湯気が立ち、温かい物であることがわかる。
「おはよう、おじさん」
「タイエグ様っ、厨房をお貸しいただき改めてありがとうございますっ」
「いいんだよ。この時間は仕込みも済んで、まだお客さんは少ないから余裕あるからね」
確かにこの時間はポツポツとしか人は居ないため、まだまだ食堂は静かだ。
見回したときに朝のホール担当の獣人のウェイトレス軽く欠伸をしていたが、目が合うと手を振ってきた。
それに振り返して応えていると、タイエグは座るように勧めてくれたので二人は椅子に座る。
そんな二人の前にそれぞれのマグカップを置いてくれた。
アルンはタイエグの淹れてくれる黒赤茶が好きで、朝食を摂る時は欠かす事はなかった。
朝の最初の一杯をミルクや砂糖を入れずにブラックで飲む。
「お嬢さんがここまでしっかり作れたのは、正直驚いたねぇ」
「旦那様の事を想えばこそですっ!でも流石にパンをイチからご用意したりスープを作ったりするのは、長くかまどをお借りしてしまう上に時間の都合もありますから、タイエグ様がご用意されていたのを購入させていただいていますがっ」
「それにしたって、おじさんが驚く気持ちもわからないでもないなぁ。んじゃ、いただきます」
照れながら、でも元気なウェローネの発言を聞きながら、もう一度並べられている朝食を眺める。
渋みと苦味のある熱い黒赤茶である程度口の中を湿らせ、まずはクロックムッシュに手をつけた。
白パンの上に載せられた濃厚なチーズと卵がハムに絡みあい、一口でも結構なボリュームを感じさせられる。
「対価がもらえるのなら、こちらとしても文句はないよ。話は調理中に改めて詳しく聞かせてもらったけれども、アルン君のお嫁さん候補は本当にいいお嬢さんだねぇ」
にこやかな笑みを崩さないままヒゲを撫でつつそう言うタイエグに、ウェローネは顔を真っ赤にして頬を押さえて照れた表情を浮かべ、対してアルンはクロックムッシュを噴き出しそうになるが慌てて黒赤茶で飲み込もうとし…その熱さに顔を真っ赤にしてやっと飲み込む。
「げっほげっほ…おじさんっ!?」
「だ、大丈夫ですかっ、旦那様っ!?」
心配する表情を浮かべて背中をさするウェローネが差し出した水の入ったコップを受け取って、一気に飲み干す。
口や喉の中に残っていた熱が一気に冷めていく感覚が通り抜ける。
「まぁまぁ、そんな顔をしなくてもいいじゃないかアルン君。正直、お嬢さんの存在はうちの娘にいい薬になっていると思っているからね」
タイエグは愉快そうに笑った後、ウェローネとアルンの両方の頭を撫で始める。
その表情は自分の愛娘を見るのと変わらない優しい表情だ。
「好意を持っているのは傍から見ても判るのだけどねぇ。幼馴染の立場に胡座を掻いて、関係を進める為のまともなアプローチをしてこなかった娘の方にも問題があると、おじさんも思うわけだよ。だからかな。逆にストレートに気持ちを出しているお嬢さんを私は好ましく思ってしまうね。娘の幸せを願う父親としては失格かもしれないけども」
そう言ってタイエグは肩をすくめるが、言われたアルンは何とも言えない渋い顔を、ウェローネはどこか真剣な表情を浮かべていた。
そうしていると、獣人のウェイトレスが注文を受けたらしくタイエグに声をかける。
彼は『それじゃゆっくり食べなさい』とアルン達に朗らかに笑うと、その巨体を揺らして彼は厨房へと戻っていった。
「なんだか不思議な方ですねタイエグ様はっ。とてもあの人のお父様には見えませんっ」
「あっはっはっ。おじさんは身体だけじゃなくて器のデカい人だしなぁ」
改めて朝食に向き合うと、スープに手をつけてから、蒸し鳥のサラダにも手をつける。
荒くほぐした蒸し鳥自体にも塩の味がついているが、ふり掛けられたオリーブオイルとのバランスが丁度よく、おいしく食べられた。
「さっきも慌てて飲み込んだこっちもそうだけど、サラダも味付けの悪くない。…うん、美味い」
「本当ですかっ!やったぁっ!」
感想をもらえて安堵したのか、ウェローネも器の盛りがサイズの一回り小さいアルンと同じ食事を取り始めた。
「えへへっ、一緒に食べると美味しいですねっ」
「…そうだな」
二人並んで穏やかに食べる朝食は、アルンの中に優しい気持ちとほんのりとした懐かしい記憶が頭に過ぎった。
(それにしても…)
アルンは厨房で仕事を続けるタイエグの背中を見ながら、昨夜のターシャの件を言及してこなかった事を気にかけていた。
(明日からは何日かまた街を離れるわけだし、せめて何かフォローを考えておくか…)
クロックムッシュの最後の一口分を口に放り込んだ後、咀嚼しながらそんな事を思うのであった。




