11.後輩の弟(撃沈)
意味もなく地面を眺め続けていた時、黒ストッキングの細脚が視界に入ってきた。
「いた。優太先輩見つけた」
見上げると部活の後輩、丸山さんがいた。誰かに見つかってしまう可能性はあったけど、丸山さんに見つかるとは思わなかった。相変わらずのポーカーフェイスで携帯電話をいじりながら体育座り状態の僕に近づいてきた。
「どうしたの丸山さん? 見つけたって言ってたけど、僕を探してたの?」
「そうです。ナル部長に命令されて探してました。第一候補がココだと言われて来ました」
ナル部長の仕業だった。何で居場所が分かったんだ? 適当に逃げたはずなのに。優太君は単純で分かりやすいとよく言われるのだが流石におかしいだろこれは。
「行きましょう。ナル部長が待ってます」
淡々と答える丸山さんに対して難色を示してしまう。ナル部長にはす謝らないといけないのに、今は動きたくない。何よりの告白した事を後悔して自虐にふけっているこの状態で会いたくない。見当違いな八つ当たりをしてしまいそうで怖いのだ。恋愛について沢山のアドバイスをしてくれたナル部長に今の感情をぶつける事だけは出来ない。
「ごめん。気分が悪いから今日は帰るってナル部長に伝えてくれない?」
後輩に対して情けない事を言っているのは百も承知だ。
だが丸山さんは頷かずに首を横にふってきた。
「ナル部長からどんな状態だろうが引き摺ってでも連れてこいと言われました。それに部員全員で優太先輩包囲網を展開中です。下駄箱もナル部長がマーク済です」
予想外の返答に思わず戦慄してしまった。
どうしてそんな大事になっているの!?
「因みにイソッチ先輩とユッキーは部室付近を探索、下野先輩は男だから校内全部を適当に走り回って探せと命令されて多分走り回ってますよ」
料理部は僕を含めて6人しかいない小さな部だ。包囲網と言うには大袈裟だが、ナル部長が本気で僕を捕まえようとしている事は分かった。
「何でそんな大事に、ナル部長怒ってた?」
「分かりません。みんな緊急召集された後にすぐ捜索指示が出たので。それに優太先輩の発見連絡をもう出しちゃいました。観念して行きましょう」
そう言われたけど、体がまだ重くて動く気になれない。それにナル部長の意図が分からない。こんな包囲網を敷くという事は『今すぐ』僕に会う必要があるという事だ。だけどさっき逃げた事に対する謝罪要求でここまで大事にしてくるのはナル部長らしくない気がする。じゃあ僕が逃げた後に黒川さんと何かあったのだろうか? だけど2人は初対面のはずで、あの後に会話する流れになるとも思えない。何か見落としている事がないか考えてみたが理由が思いつかない。それに昨日から色々ありすぎて頭が上手く回ってくれない。
そうして立ち上がらずに縮こまったままでいると、丸山さんが急に僕の手を握ってきた。驚くのと同時に「フヌッ」という掛け声で腕が上に引っ張られ、その直後に丸山さんが僕の手を握ったまま後ろを向いた後、僕の腕だけを支点にして背負い投げもどきが炸裂して無理矢理体が起こされる。
「いだだだだだ。腕痛い腕痛い!」
痛みで体が跳ね上がる。だが手が握られたままなので背負い投げもどき中の丸山さんの背中に引っ張られて伸し掛かる状態になってしまった。丸山さんがよろめいて倒れそうになるが「ムガッ」という声が聞こえた後に両足を大きく広げて踏み止まった。僕もすぐに丸川さんの背中から離れて体勢を直し、何とか倒れずに立ち上がる事が出来た。
「丸山さん無茶しすぎ。びっくりしたから」
「優太先輩が起き上がらないからです。行きますよ」
そう言った後に僕の左側に回り込んでガッチリと腕組みしてきた。本当に引き摺ってでも連れて行く気だよこの子。素直な後輩だと思っていたのに、ここまで愚直だとは思わなかった。観念した後に体が引っ張られて前進を開始する。その時、昨日転んだ時にできた左腕の擦り傷が刺激されてしまい痛みが走った。
「いたたたたた、腕痛い腕痛い!」
体を起こされた時と同じ様な声を上げてしまった。
丸山さんが怪訝な表情を浮かべた後に左腕の傷に気付く。
「手の平と肘に擦り傷がありますね。どうしたんですかこれ?」
「……昨日転んだ時の傷かな」
事実だけ伝える事にした。フラれた事を言いふらす理由も趣味もない。答えた後に丸山さんが組んだ腕をほどき、鞄から小さいポーチを出してきた。
「傷を見せて下さい」
言われるがまま左腕を前に差し出す。傷口には瘡蓋が出来ていたが、腕を強く組まれた時に肘の瘡蓋がズレたらしく血が薄っすらと出ていた。傷の確認が終わった後、ポーチ内からチューブ状の傷薬が取り出されて指先に一旦出した後に肘の傷口に塗ってきた。
「いっつ!」
「痛いけど我慢して下さい」
後輩に諭されてしまい、大人しく我慢する事にした。手の平の傷にも薬が塗られた後、手の平には大き目の絆創膏、肘の傷は大きかったのでガーゼをテープで固定した後に包帯を巻いてくれた。あっという間に手当が終了した。凄く手際が良かったので終わるまで見入ってしまった。
「ありがとう。包帯とかよく持ってたね」
「弟がよく怪我をするので必需品です。弟以外に使ったのは初めてですよ」
そう言われた後、ドキッとしてしまった。女の子に傷の手当てをされるのは生まれて初めてだ。包帯が巻かれた腕を見た後に思わずニヤけそうになる。自重しようとしたが嬉しさが込み上げてきて思わず目を逸らしてしまった。このまま黙り続けたら自滅しかねない。何か喋らないと。
「丸山さんって弟いたんだ。お姉ちゃんだったんだね」
「そうです。私の弟はバカだから可愛いですよ」
斬新な愛され方だなぁ。僕は一人っ子なので兄か姉がいたらなぁと思った事がある。一人っ子の方が気楽で良いという意見もあるけど、面倒事も含めてやっぱり兄弟は楽しそうだと思ってしまう。そう感じた後に丸山さんを見ると何故か凝視されていた。
「えっと、何でしょうか?」
丸山さんもナル部長と同じく背が低いから、上目使いで見られるとかしこまってしまう。
「やっぱり優太先輩は私の弟に似ています。ほっとけないオーラが出ています」
え、何それ?
よく分からないけで、頼りないって事だろうか。
「その、そんなに似てるの?」
「はい。弟は頑張り屋のくせによく失敗して部屋の隅でいじけるのです。優太先輩を発見した時に弟と同じ事していてテンション上がっちゃいました」
相変わらず淡々と喋る丸山さんだが今は声のトーンが少し高かった。一瞬だけ照れてしまったが全く褒められてないのでこっちはテンションだだ下がりである。
んっ? だが待てよ、よく怪我をして部屋の隅でよくいじける弟って
「丸山さん。弟って何歳?」
「9歳です。小学3年生です」
………………………………そっかー、小3の弟にそっくりなのかー。成績も学年上位で、体も鍛えて体脂肪率も一桁になったんだけどなー
「話が長くなりましたね。早くナル部長の所に行きましょう」
そう言われた後に怪我をしていない右腕をガッチリと腕組みされて固定される。そして棒立ちで放心状態の男子が女子に引っ張られながら移動開始という情けなさ全開の構図が完成してしまった。
………………………………一人っ子とはいえ一応長男なんだけどなー。そういえばナル部長も弟がいるって言ってたなー。すげー可愛くなくて生意気だから優太君と交換したいって言われた事あるけど、僕って弟体質なのかなー
移動している途中「引っ張り難い」と丸山さんが呟いた後、「優太先輩、気を付けるので左腕を組んで引っ張ってもいいですか? 右腕は何か違います」と言われてポジションチェンジを申請してした。正直、どっちでもいいです。
高校二年生としての自信を失って放心状態での移動が続いたせいで気付く事が出来なかった。引っ張られる方向が部室じゃなかった事に。




