09.ナル部長再び
帰りのホームルーム時、とてつもない疲労感が体中を支配していた。試験後で夏休み前なのにどうして全力で授業を受けていたんだろう。早く帰って休みたい。
だがこの疲れは休んで回復するのだろうか。いっそ体力が尽きるまでランニングをした方がスッキリするかもしれない。いやまず帰ったら洗濯物を入れよう、あの母は昼寝か何かで今日も洗濯物の存在を忘れているはずだ。どんだけ寝てるんだよ僕の母は。
帰宅後に何をするか考えている内に帰りのホームルームが終了して先生が立ち去る。すぐに教室を出て帰ろうとしたが、そこにナル部長が待ち構えていた。
「優太君のクラスは終わるの遅いね。先生は何を話してるのさ」
朝と同じ笑顔で話しかけてきた。ナル部長と彼氏の関係は良好だと聞いている。写メのツーショットを見せてもらった時は二人ともお似合いで素直に羨ましいと感じた。対する僕は好きだった子にフラれて今は思いっきり避けられている。現実って残酷だなぁ。
「豆知識の披露が多くて話がよく脱線するんです。今日は玄米の素晴らしさを語ってましたよ」
低い声で質問に答えた後、ナル部長が溜息をついた。
「うわー、朝よりテンションが駄目な感じになってるし。これは予想以上に重症だよ。しかし優太君は本当に素直で分かりやすいね。一周回って可愛く感じるよ。さーさー元気だして一緒に部活行くよー。ついでに励ましてあげるから」
「何かすみません」
弱々しく返事をした後にナル部長の横をトボトボ歩いていると、軽く背中を叩かれた。
「そう落ち込まない。フラれたって事は、挑戦したって事じゃん。口だけで何もしない奴よりずっと格好いいから。落ち着いたら新しい恋を探せばいいんだよ。何なら私の友達紹介しちゃうよー。あと柚希とか優太君に懐いてるじゃん」
柚希とは部活の後輩で本名は丸山柚希といい、僕は丸山さんと呼んでいる。口数が少なくて表情も読み取りにくいけど、素直でカワイイ感じの子である。ナル部長と恋愛相談をしているとスッと横に来て話に加わり「おー」「へー」とよく呻いている。
「急に新しい恋とか言われても困ります。あと唐突に後輩を勧めないで下さい」
「転んだ後に這い上がった数だけイイ男になれるものなのだよ。あと柚希カワイイじゃん。相性はいい方だと思うよー」
ずっと落ち込んでいるつもりはないけど、今は黒川さんに未練タラタラな状態だ。それでも時間が経てば僕は新しい恋をするのだろうか。そうなったらこの思いは何処へいってしまうのだろう。初めての告白だったから、次なんて考えた事がない。
「新しい恋ねぇ…」
「そうそう新しい恋だよ。頑張り続ければ大体上手くいくもんだから大丈夫!」
そう言われた後にまた背中を叩かれる。
大体って所が現実的で何だかなぁと感じてしまう。
「……そういえば何で今日部活があるんですか?」
流れでナル部長と部室に向っているけど、料理部は月木の週二回で、今日は水曜日なのだが。
「やっぱりか。昼休みに今日は臨時連絡あるから来てねって皆にメールしたのだよ。優太君は普段返事をすぐ返してくれるけど、今回は反応なかったから念のため来たんだよー」
「すみません。今日は携帯忘れちゃって気付きませんでした」
「ええっ!」
後ろから驚いた声が聞こえて振り向くと黒川さんがいた。酷く落ち着きがなく困惑した顔でこちらを見ていた。そんな黒川さんを見た時、悲しくなるのと同時にやるせない気持ちになってしまった。
告白は失敗に終わった。残念だけど仕方がない。ただそれが原因で困らせたくない。何よりもこんな状況が続くのは僕自身が耐えられない。早く区切りをつけて終わらせた方がいい。
「黒川さん。昨日は告白を聞いてくれてありがとう。もう気にしなくていいから。今後は話しかけないし距離も取るから安心していいよ」
言葉にして悲しくなった。現実が重く伸し掛かってくる。
「だからもう、教室で距離を取らなくていいから。だから…」
言葉に詰まった後、逃げだしてしまった。
目頭が熱くなってしまったのだ。
これ以上あの場所にいたら今度こそ泣いてしまう。それだけは嫌だ。人がいない場所に行きたい。落ち着きたい。どうして上手く出来ないのだろう。今まで頑張ってきた事が全て崩れていく気がして視界がぼやけてしまったが、それでも足が止まる事はなかった。




