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3.出会い

 

 そのひとはわたしを見つめていた。


 息を呑む。

 

 まっすぐな視線、強い視線。

 まるで歓喜に満ちたような、赤い瞳。

 瞬きもせずにわたしのことをじっと見つめていた。

 

 けれど、それはほんの短い時間。

 大きく息をつくと、身に纏う赤いマントを翻し、わたしに手を伸ばしながら彼は言った。


「立てるか?」


 低く響く、優しい声。

 けれどわたしは、何が起きたのか、何を言われているのか、まったく理解が出来ていなかった。

 

 ぼんやりと彼を見つめるわたしに焦れたのか、男にぐいっと引っ張られる。

 彼は傍に転がる触手を気にすることもなく、チコレットの袋を抱きしめたまま座り込み動けないわたしの腕を掴み立たせると、わたしを上から下まで見回して、ほっと息をついて言葉を重ねた。


「怪我はないようだな。・・・・大丈夫か?」


 誰だろう。

 

「・・・・・やつらはもう殺した。大丈夫だ、安心しろ」


 誰だろう。


 わたしを助けてくれた・・・? この人が?

 いや、助けられるはずが無い。相手は魔獣。人が敵う相手ではないのに。

 でも、触手は、この魔物は息絶えている。

 ・・・・・わからない。何が起こったのか。


 確かなのは、わたしがまだ生きてるという事だけだった。


 見回すと、広場に蠢いていたはずの何匹かの魔獣がすべて倒れていた。千切れたりまたは黒焦げになり、絶命している。沢山の人と魔獣の屍が、道と広場を埋め尽くしていた。

 ・・・・・わたしと赤毛の男以外、動くものは見当たらない。


「ここは空気が悪い。向こうへ行こう」


 掴んだままの腕を引っ張られ、抱き寄せられた。

 ・・・・・抱き寄せられた? 


 男を見上げると、男はにこりと笑った。

 まるで、わたしが彼に興味を持ったことが嬉しいような仕草に戸惑う。

 この人は何なのだろう?

 

 引き寄せられたまま歩くことを促されるが、あいにくわたしは腰が抜けて膝が笑っているという滑稽な有様だ。歩けない。

 ふらりとよろめくと、すぐに彼が支えてくれた。


「・・・・・ありがとう、ございます」


 礼を言うと、またしてもふわりと笑顔を浮かべた。

 鋭利な雰囲気の男だが、笑うと人懐っこさを感じさせる。

 そして。


「歩くのは無理そうだな」

 

 そういうと、ひょいと私を抱え上げた。


「っ!?」


 突然のことに、私は固まった。

 ななななな、なんでこんなことに。 

 男は軽々と両腕で私を抱きあげて、なんともないように歩き始めた。

 いわゆる、お姫様だっこ、というやつだ。


「・・・落とすと危ない。腕を俺の首にまわして捕まっていてくれ」

「はぁ」


 我ながらなんとも間抜けた返事だと思う。しかしどうすればいいのか。

 陰惨と化した町中で見知らぬ男に抱っこされている、というこの状況のほうがよっぽど間抜けている。


 ・・・・・抱っこ。

 父にも母にもされたことがないな、と、ふと思った。


 手にしていた袋を胸元に突っ込んで両手を自由にし、言われた通りに男の首に腕を回すと、またにこりと笑い、頷かれた。

 ・・・・・・どこに微笑む要素があったのかさっぱりわからない。これ。笑うようなことなのだろうか?

 おもわずきょとんとしてしまった私を気にするでもなく、男は一言「舌を噛むなよ」とだけ言うと、走り始めた。


 早い。

 女一人を抱えて、瓦礫の山で悪い足元をものともせず、ものすごい速さで走っている。

 しかも、息も乱していない。


 なんなんだ、この人は。

 

 人間離れした動きに、ただ驚くしかない。

 状況も忘れて、私は男をじっくりと眺めてしまった。

 というか、脇に目をやると屍と壊れた町並みがどうしても目に入り、目を背けたかったというのもある。

 落ち着いて見ることが出来るものが、目の前の男の顔しかなかったのだ。


 しかし見たことのない顔だ。そして、やはり知らない人だった。

 

 鮮やかな赤い髪。赤い瞳。

 その赤とおそろいのような真紅のマントと白い衣服はわたしの腕に触れる度にさらさらとして気持ち良く、高価なことを伺わせる極上の肌触りだった。


 体格は逞しく、肌も髪も手入れされていて一目で清潔な人だと分かった。

 私の場合は仕事柄2日に一度銭湯に通って清潔を保っているが、男は単純に「毎日体を清める」余裕のある生活を送っているのだろう。

 

 そして、どうみても身分の高さを窺わせる身なり。

 けれどそうだとしたら、わたしのような平民にこんなに親切なわけがない。それだというのに自らわたしのような平民に手を差し出し助けてくれる高潔さ。

 不思議な人だ。


 そもそも。

 触手を、そして魔獣を倒したのが本当にこの人であるのなら、信じられないような強さだった。魔獣は軍が束になって掛かってやっと数匹倒せるかどうかという災厄だと聞く。人一人で倒せるはずはないのだけれど・・・・・。けれど、今わたしを平然と抱えているのをみても鍛えられた体なのだと分かる。兵士だろうか。

 

 そして、顔。

 こんな場合でなければ、きっと、見惚れていた。


 最初に見たときは燃えるような赤毛に目を奪われたが、よくよく見るとすっきりとした鼻梁に意思の強そうな切れ長の赤い瞳、男の人にこういうのはおかしいかもしれないが、これまで見たことのないような美しさだった。艶やかな赤い髪。髪と揃いの赤い瞳はルビーのように輝いていて、神秘的な雰囲気さえあった。


 これほどの美貌なら街でも相当噂にあがったと思うのだけれど、そんな話は聞いたこともない。

 この街の人ではないのだろうか?

 けれど、だったら何でここにこの人はいるのだろう。


 不思議に思いながら男に抱きついていると、不意に足が止まった。


「着いたぞ。もう、大丈夫だ」


 言われて見回すと、そこは北門前の広場だった。

 先ほどの場所からは結構な距離があったはずなのだが、男は息を乱すこともなく、僅かな時間でここまで移動して来ていた。信じられないスピードだった。


 男のことも気になるが、町の様子も気になる。わたしは周りを見渡した。

 この北門は港とは正反対の内陸への道が伸びる門で、脇には領主様の館が控えている。

 いつもならここは旅人や商隊でごったがえすにぎやかな場所だ。

 けれど、いまはここも陰惨な影が落ちていた。


 このあたりではそれほど殺戮がなかったようで、屍は殆ど見当たらない。けれど、その代わりに生き残った人々がこの広場に集められているようで、そして皆ぼろぼろに傷ついていた。

 わたしのように無傷の者は少なく、皆どこかから血を流していた。

 そうは言ってもわたしとて誰のものとも分からない血と煤に塗れていて、汚さでいえば大差はなかったけれど。


 ぼんやりと周りを眺めていたが、はたと気付く。

 まだわたしは男に抱かれたままだった。

 不意に恥ずかしくなり、わたわたと慌てて言った。


「もう大丈夫です、自分で立てます。ありがとうございました」


 男の胸に手をついて下ろして欲しいと促すと、彼は変な顔をした。

 戸惑った、といった方がいいだろうか。


「危ないから駄目だ」


 そう言って、そのまましっかりと抱きかかえられる。・・・・・下ろす気はないようだった。


「向こうに俺の仲間が居る、行こう」


 そう言って私の返事も待たず、すたすたと歩き始める。

 ・・・・・本当に何なんだ、この人は。

 助けてくれたのはありがたいが、なにか変だ。どうして下ろしてくれないのだろう。

 わたしは小柄で、同年代の女性と比べても貧相な体格をしている。けれど、それでもずっと抱えているのは大変だと思う。下ろしてくれたほうが楽だと思うのだけれど。


「・・・本当にもう、大丈夫なんですけど・・・」


 もう一度呟いてみるが、ちらっとわたしを見るだけで、やはり下ろしてくれない。

 とりあえず、もう男の首からは腕を外していいだろうと思い、腕を引っ込めた。

 すると彼はすいっと私を見て、不思議そうな表情を浮かべた。

 不思議というかなんというか、・・・そう、途方にくれたような顔だ。

 ・・・・・何かまずかったのだろうか?

 けれど、それこそわたしの方が途方にくれたい。男の胸の中でどうしようかと困っていると、誰かに声を掛けられた。


「ラース。見つかったのか?」


 声がした方を向くと、当然だけれど、知らない男の人がいた。

 青毛のこれまた見事な美丈夫で、この赤毛の人にも負けず劣らずといった美貌。

 確信した。やっぱりこの街の人ではない。こんな美しい人たちが連れ立って歩いていれば、すぐさま噂になるはずだ。

 わたしは食堂で働いていることもあり、噂話には詳しい。そのわたしが聞いたことがないということは、最近違う街から訪れたのだと思う。


 青毛の後には二人ほど立派な体格の男が控えていたが、これも見たことがないような美しい容貌をしていた。

 ・・・・・なんだろう、この美貌の集団は。

 陰惨な雰囲気の町中で、ここだけが異彩を放っていた。


「見れば分かるだろう」


 青毛の問いに答えて、ラースと呼ばれた赤毛の彼が口を開いた。

 見上げると、驚くほど優しい顔をしてわたしのことを見ている。


「そうか、やっと見つかったか。良かったな、ラース」

「ありがとう、ジン。・・・・・長かったが、こうしてやっと出会うことが出来た」


 どうやらわたしを抱き上げている赤毛の男はラース、青毛の男はジンと言うらしい。二人は嬉しそうに笑いあっている。


 この破壊された町に場違いな笑い声が響いた。





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