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貢ぐ女

男女関係が入り乱れています。何でも許せる方向け。

 目的地に着いても尚、続く通話にいい加減鬱陶しくなってきた。楽しいだけならまだしも、しきりに『別れなよ』と言い続ける友人が億劫だった。私のことを心配してるとかなんとか言いつつ、どうせ下世話な好奇心でしょうに。彼女のことは、すきだけれど、時々どうしようもなく面倒だった。


「ごめんけど、着いたから」


 『今日こそ、きちんとカレシと話ししなよ』だなんて、最後までそんなこと。全てを聞き終わる前に、私は乱雑に通話を打ち切った。数秒後、ラインがヒュンヒュン、と律儀にスマートフォンを鳴らす。抗議のためだろう。気にしたくないから、鞄の奥底へ突っ込んだ。

 ああ、鬱陶しい。


(どうせ本音は、心配なんかじゃない。私に対する優越感を抱いてるんでしょうに)


 友人(かのじょ)にはうまくいっている恋人がいて、ついこの間、私にも紹介してくれたばかりだった。同性から見ても守ってあげたくなる可愛い彼女は、独りでいる悔しさも虚しさも知らないに違いない。そんな典型的に同性の友人の少ない彼女と、どうして縁を切れないのか。

 惚れた方が負け、とは良く言った物だ。理由なんて、一番私がよくわかっている。


「あんたが私の唯一になってくれるなら、あんなクズ男、こっちから願い下げだっつーの」


 彼女の関心をこちらに向けるためなら、いくらだって私は彼につぎ込んであげる。可哀想な私だったら、貴女は構ってくれるのでしょう? 私は引き立て役で充分だわ。可憐な貴女の傍に立てるのならね。鬱陶しいなんて、たまに思うけど、本当はそれすら嬉しいの。


 随分前に予約をして、今朝受け取ってきたばかりの紙袋を片手に引っ提げ、私は慣れた様に呼び鈴を鳴らした。

 安っぽいアパート。収入が不安定な男の先が見えたものね。安心感を抱くはずの腕の中、将来チラつくと乾いた物だ。それでも好みの身体ではあったから、ズルズルとここまで。

 長く続くと、どうしたって愛着が沸くものだと知っていたのに。今ではもう簡単に縁を切ることなんて私には出来ない。だって、彼と別れたら、どうやって彼女の隣に立てばいいの。どうやって、可哀想な私を演出したら良いの。わからなくて誤摩化すように、私は浪費を重ねる。簡単には、私のことを捨てられないように。もし私を捨てたとしたら、家中見渡すだけで苦しむように。どこを見たって私の残り香があるようにしてしまえば良い。他の女への牽制にもなる。


(私には彼女(あの子)がいるのに、彼には他の誰かを思って欲しくない——なんて我が儘(ワガママ)で嫉妬深いのだろう)


 呼び出しボタンは確かに鳴らしたはずなのに、扉はなかなか開かない。聞こえなかったのかと不安に思い、もう一度ベルを鳴らした。部屋の中で動く気配。居留守を使ってる訳では無いようだと、少し安心した。

 避けられる理由は無いが、それでも私達のこの関係、やっぱり付き合っていると呼ぶには少し不十分な所があると、そう思っているから。

 キィー、と音を立てて安っぽい金属製の扉は外側に開いた。申し訳程度の隙間から彼がひょっこりと顔を出す。それになんだか違和感を抱いて目を細める。上半身、服、着ていない。私を何度も掻き抱いたその腕は剥き出しのまま扉を支えていた。


「ごめん。悪いんだけど、今日は帰ってくれないか」


 理由も言おうとせず、少しだけ申し訳無さそうに言う彼に、付け入る隙は無さそうだった。いつものように曖昧に微笑む彼。その笑顔が、ひどく嫌いに思っていたことを唐突に思い出した。「なんで」ぶっきらぼうな私の言葉。彼は眉を寄せる。私の言い方が気に入らなかったのだろうか。けれど、この状況、私が怒るのも当然だろう。約束していたのは、確かなのだから。


「女でしょ?」

「ちげぇよ」

「嘘よ」


 私がそう言って扉をこじ開けようとすると、彼はそこで初めて狼狽した様子だった。慌てて閉じようとするけれど、最初の一瞬は行動を起こした私の方が優勢である。隙は一瞬だった。けれど、その刹那の間で十分だった。彼の部屋の違和感に気が付いた私は、動揺してしまった。渡そうと思って手に持っていた紙袋を彼の顔にぶち当てる。

 予想外の痛みだったのだろう、彼の悲鳴のような声。


「ごめんね、それも捨てといて」


 私は脱兎の勢いで、その場から逃げ出した。小さな声で、何度も何度も謝罪を繰り返しながら走り続ける。迷惑だってこと、分かりきってたのに。それを思い知らされた。私がそうであるように、彼にも想う人はいるのだ。あの部屋に、私の居場所はもう無かった。

 息が切れ、これ以上走れないというところで座り込み、呼吸を落ち着かせる。まだ息が整わないうちに、私は取り出したスマートフォンのリダイアルボタンを押す。 友人が望んだその言葉を言うために。そうだな。しばらくは、この件で構ってもらおう。


 もしもし――友人が通話を取った声が聞こえ、私は前置きも無く、唐突に言った。



「私、彼と別れたよ」






   To Be Continued…

2013春、二次創作企画(オリジナル作品を二次創作する)に提出。

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