第二話
林を抜けると暖色の灯りの漏れる建物が姿を見せた。シュンは畑と野原の間の小道をさっさと走っていってしまった。この辺りには俺達の家しかない。すぐそこにぽつんとたっているコテージのような建物がそれだ。
シュンはもうすでに家に入っていた。
「ばぁちゃーん! ……」
開け放たれたドアから、シュンの叫ぶ声が聞こえてくる。
シュンはがいなくなり静まりかえった夜道をゆっくりと歩く。家の前の階段を登ろういうところで、ばぁちゃんを連れて戻ってきたシュンが飛び出してきた。ぶつかりそうになり慌てて避ける。背中の少年の身体がぐらりと揺れた。危うく落とすところだった。
「うわっ!あぶねーな……気を付けろよ…… 」
俺がそんなことを言っても聞く耳をもたず、シュンはばぁちゃんに話しはじめる。
「こいつね、林の中で寝てたんだ! 全然起きないんだけど、大丈夫かな? 」
シュンが心配そうにばぁちゃんの顔を覗き込む。ばぁちゃんは二カッと笑い、ばぁちゃんにまかせときな、とそういってシュンの頭をぐしゃぐしゃとかきまわした。
少年を野原に寝かせ、ばぁちゃんはテキパキと無駄のない動作で少年を診ている。風が少年の髪を揺らす。
ばぁちゃんはゆっくりと腰をおろし、俺たちを見上げた。
「こりゃー、疲れて、腹が減って倒れっちまったんだろうね。寝かせときゃーひょっこり起きてくるだろうよ。」
顔が綻んだ。
全くあんなとこで……寿命が縮む思いをしたぞ……
全く起きない少年に少し悪態をついてみた。横を向くとシュンは心底嬉しそうに笑っていた。
「寝てる間側に誰かがいた方がいいだろうね。起きた時に驚くだろうしね。」
ばぁちゃんのなかではもう何処で寝かせるかは決まっているようだった。シュンを見つめて言った。
「そっか、うん、じゃあ俺の部屋ね! 部屋のベット綺麗にしてくる! 」
ばあちゃんの思惑通り、シュンはそう言い残して再び家に戻って行った。
相も変わらず忙しいやつだ。でも、はしゃぐのも頷ける。年の近い子供がきたのが嬉しいのだろう。いままで子供がまわりにいなかったからな。
シュンを見送ってから、俺はばぁちゃんの隣に並んで座った。無数の星が輝く澄み切った空を見上げる。まるで少年の訪問を歓迎しているかのようであった。そんな空とは裏腹に、俺の心の中には靄がかかっていた。
「……こいつもさ、捨てられたのかな? 」
少年の頭を撫でる。
クリーム色の髪は伸び、ボサボサだが猫の毛のようにやわらかかった。
「捨てられたのかどうかはわからないけどねぇー……まぁ、それに近い状況ではあるだろうね…… 」
ばぁちゃんも空を見上げた。遠くを見つめるその横顔がどこか悲しげだった。
すっくとばぁちゃんがたった。
「まぁ、そん時はあたしらの家族がまた増えるよー! 部屋は…どうせ帰って来ないだろうし、ベネットの部屋でいいかね。」
そしてまた二カッと笑った。
つられて俺も笑う。
ばぁちゃんはいつでも屈託なく笑う。その笑顔に幾度となく助けられた。
「あぁ、賑やかになりそうだ。……ベネットか、元気かなぁ? 」
すらっと背の高く、優しいベネットを思い出す。ばぁちゃんの息子で漆黒の瞳に白い猫のような瞳孔を持つ。ーーつまり、魔族だ。
魔族はみなこの特徴をもっている。ベネットはもう優に30才は超えているが見た目は20才くらいだ。魔族は長命だとか噂があるが、それは嘘。見た目は死ぬまであまり老いないのは確かだが、平均寿命は45才程度だと聞いている。ベースは人間だから魔力から影響を受ける分、体のガタが来るのが早いのだとか。魔族だったばぁちゃんの旦那も早死だったらしい。
ベネットはいまおれたちの住むこの小さな国、ミシリー国の魔族隊の第三部隊の隊長をしている。多忙なようで1年に1回程度しか帰って来れない。前回会ったのはちょうど半年前くらいだろうか。
「便りがないのは良い知らせっていうじゃないか。元気にきまってるさ。」
ばぁちゃんはどこまでも明るくて、太陽のようだ。ばぁちゃんはゆっくりと家にむかって歩きだした。
「レスター、その子をシュンの部屋まで連れて行ってやっておくれよ。」
そのまま家の光に飲み込まれていった。
後を追うように俺も少年を抱え、家に入った。
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