旅立ち
美雪は家に帰って、せっせと料理を作っていた。
今はまだ3時を過ぎたところ。学校のことはすっかり忘れている。(いいのか)
・・最後だから、精一杯おいしい料理を作ろう。
美雪はそれだけを考えて、必死に手を動かしていた。
その様子を2人の男が見つめていた。
「おい、いいのか?」
「何がです?」
「あいつ・・・あんな事させといて。また行きたくねぇとかいいだすんじゃねぇの?」
「6時までは向こうに帰りたくても帰れないんですから、それに最後かもしれないじゃないですか。彼女も相当つらいはずですよ。」
「甘いんだな。」
「あなただってそのくらいの感情はあるでしょう。」
「けっ。」
そう言ってジェイクはそっぽを向いた。
「素直じゃないですね。」
アーサーの言葉を無視して、ジェイクはごろんと寝ころんだ。
「ちょっとジェイク!!なに寝転がってるの!!」
突然飛んできた美雪からの声。
「別にいいじゃねぇか。減るもんじゃあるまいし。」
ジェイクはだるそうにそう言おうとした・・・が、その前にお玉が顔に命中した。
「いってぇ!!何しやがんだてめぇ!!」
「寝転がらないでって言ってるでしょ!!」
「あーはいはいけんかしないで下さいね。」
険悪な空気になったのをアーサーが止めに入った。
2人はにらみ合いながら渋々とけんかを終了させた。
ふとアーサーから声がかかった。
「料理の方はいいんですか?」
「今は・・することないから。」
少し寂しそうに美雪は答えた。
やっぱり・・・いや、自分がここにいたら・・・。
じっとしていると同じ事を何度も考えてしまうので、美雪は立ち上がって適当にうろうろし始めた。
ぼーっと歩いていたので、足下にある何かに気が付かなかった。
げし。
「あれ?」
なにかを蹴ってしまった。よくみるとそれはアルバムだった。
「うわぁ〜懐かし〜!」
思わず手にとって見始めた。
「うわ〜小せぇときから不細工だなてめぇ。」
「うるさい黙れ。」
「そうですよ。とてもかわいいじゃないですか。」
2人の男も見るのに加わって、まじまじと小さいときの美雪や母の写真を見つめた。
早くに死んでしまった父の写真もあった。
「そういえば・・・アルバムなんて見たの初めてかも・・・。」
なぜか母はアルバムを見せてくれなかった。母は自分の若いときの写真を見られたくないと言っていたが。
「やっぱり・・・わたしが本当の娘じゃないから・・・だったのかな・・・」
「だからてめぇがブスだったからだろ?」
鉄拳がジェイクの腹に命中した。
「いってぇ!!!!」
もちろんシカト。
だが、ジェイクに鉄拳をお見舞いしたときに、アルバムを取り落としてしまった。
「あぁ!!もう!!」
そう言って拾い直したとき、ふと一枚の写真が落ちてきた。
小学生ぐらいでランドセルを背負った男の子だった。
「誰コレ・・・」
そういって裏を見たとき、美雪の顔が青ざめた。
息子 広樹 6歳 小学校入学
さらに、日付が16年前だった。
「うそ・・・まさか・・・」
「おい、アーサー!!」
「巻き込まれた可能性がありますね・・・16年前のあの事件に・・・。」
美雪は慌ててアルバムを開いてみた。
しかしこのアルバムはその男の子の写真はこれ一枚だけだった。
「ねぇ、アルバム探すの手伝って!!」
「わかりました。」
「けっ。」
そう言って探し始めて1時間が経過した。
「おい・・どこにもねぇじゃねぇか。」
「捨てたのかな・・・」
あちこち探し回ったのだが一向に見つからない。
それにもう空は赤く染まり始めていた。
「どうしますか?まだ探しますか?」
「・・・・・・」
なにか心当たりはないか、美雪は必死に思考を巡らせていた。
「無駄なんじゃねぇの?こんだけ探してみつからねぇんだしよ。」
ジェイクは寝転がりながらそういった。
彼の言葉はもっともだ。だがあきらめたくなかった。
「少し黙ってて。」
「っけ。・・・ん?」
「・・なによ。」
ジェイクは何か見つけたようだった。
指さしたところはテーブル。
一見何もなさそうだ。
「どうしたの?」
「下から見てみろ。なんか切れ目がある。」
ジェイクの言う通り、そこには四角い切れ目があった。
触ってみると、古かったのか簡単に取り外せた。
そこから落ちてきたのは母子手帳。
それは槇野広樹のものだった。
「やっぱり・・間違いないよ。・・・お母さんの本当の子は・・・」
そのとき、突然ドアが開いた。
「ただいま〜。あら美雪、帰ってた・・・・あら?どちら様・・?」
「え?見える・・・の?」
母はジェイクやアーサーを見て驚いたが、美雪の手にある物を見て硬直した。
「美雪・・・何でそれを・・・?」
「・・・お母さん・・・実は・・・わたしは・・・」
そのとき、窓ガラスが突然割れた。
今度は小さな生物が数匹、母に向かって飛び込んできた。
「いかん!!」
「くそ!」
スピードが速く、追いつく事ができない。
敵は全身が刃物のように鋭い棘を持っていた。
「きゃああああ!!」
母は腰を抜かしてしまった。
「お母さん!!!!」
また、光が見えた。
自分を纏うように光が集まってくる。
そんな感覚の中、美雪は静かに腕を振り上げた。
「・・・・・!?」
何の衝撃もこないのでそっと目を開けてみると、そこには刀を持った美雪が立っていた。
「美雪・・・?」
母はそっと声をかけてみた。
するとまるで別人のような冷たく、赤い目をした美雪が睨んできた。
思わず小さく悲鳴を上げて下がってしまった。
「やっぱり・・・怖い・・・よね・・・。」
返ってきた返事は優しく、いつも聞いている声。
でも、どこか寂しいような音色だった。
「美雪・・・」
「今までありがとう。もう・・行かないと・・・」
「行くって・・・どこへ?」
「違う世界。わたしはこっちにはいられないの。」
美雪はそう言ってもう一度母・・・自分を育ててくれた女性の方を向いて、笑顔でこういった。
「広樹君はわたしが見つけてくるから。」
美雪がそう言った瞬間、突然空間が歪んで小さなトンネルができた。
「いいんですか?」
「・・・・うん。」
「じゃ、行くぜ。」
美雪はアーサーとジェイクとともに、トンネルに入っていった。
「美雪!!」
美雪の足が一瞬止まる。
後ろを振り向こうとしてためらい、また進もうとしたとき、
「待ってるから・・美雪が帰ってくるのをいつまでも待ってるから!!美雪!!お前はわたしの・・・」
思わず美雪は振り向いた。もうトンネルの入り口は閉まりかけている。
ほんの少しだけ母の顔が見えた・・・。
「大丈夫ですか?」
「・・・うん。・・・」
美雪は涙をぬぐってまた進行方向を見た。
「行こう。」
新天地はすぐ目の前・・・