小さな決意
「いつ頃帰れるんだ?」
「そうですね・・・だいたい・・・・・・・・」
彼らの会話が聞こえない。
いや、聞きたくない。
「・・・・いや・・・」
「どうしたんです?」
アーサーの声も耳に入らない。
ただ、おびえたように身を震わせた。
「わたしは・・・わたしはここに居たい・・・」
「てめぇ何言って・・・」
「いや!!わたしは・・・たとえこっちの人間じゃないんだとしても・・・ここに居たいよ・・・。」
「・・・・・」
アーサーは言い詰まってしまった。
彼女にとってはここが生まれて育った世界。そう簡単には離れたくないのは十分わかっている。
だが・・・
「しかし・・・」
「けっ。ならてめぇの好きにしろよ。」
突然のジェイクの一言に美雪は驚いて顔を上げた。
しかし、次に返ってきた言葉に美雪は目を見開いた。
「ただし、てめぇの周りにいた奴がどうなっても知らねぇからな。」
「そんな・・・何で!?」
「てめぇが力を覚醒させたからだ。これからお前は狙われる。敵も頭いいからな、囮にお前の友達や母親を・・・」
「・・・うそ・・・」
自分がこっちに居たくても、こっちにいると友達や母が・・・・
「すみません。でも事実なんです。今まで狙われなかったのが奇跡としか・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・」
みんなを危険にさらすわけにはいかない。ただでさえ、普通の人は敵の姿が見えないのに・・・・。
「・・・・アーサー・・・」
「・・はい?」
美雪はぐっと涙をこらえて、顔を上げてこう言った。
「いつ・・・向こうの世界に行くの・・・?」
「けっ。ぎゃーぎゃー言ってた割に、結局来るのかよ。」
「な、何よ!!行っちゃだめってわけ!?」
「うるせぇ侍なんかいらねぇよ。」
「なんですってぇ!?」
「フン。」
美雪はすっかりジェイクのペースに乗せられている。
しかし、おかげで一気に周りを取り巻いていたピリピリとした空気がすっと消えた。
「ジェイク!!すみません・・えーっと・・・そう言えばまだ名前聞いてませんでしたね。」
「あ・・槇野美雪です。」
そう言えばまだ言ってなかった。
なんだか改めて自己紹介するのも変な感じがする。
「じゃあ美雪・・・でいいですか?」
「あ、はい。なんでもいいですよ。ジェイクじゃないから。」
美雪は笑顔でそう言った。
「そんなに殺して欲しいのか!?」
もちろんジェイクの言葉はスルーした。
「こらジェイク。・・・じゃあそろそろさっきの質問に答えますね。帰るのはだいたいこっちで6時ぐらいです。」
「決まってるの?帰る時間って。」
「はい。こちらには決まった日、決まった時間内しか来る事はできません。」
「いったいどうやって・・・」
「あちらには空間を操る力を持つ者がいます。その者の協力で新月・・月が出ない日のみこちらに来る事ができます。」
「え?じゃあわたしはどうやって・・・」
アーサーは少し黙ってからこう続けた。
「まず新月の日の話からしましょう。なぜかわかりませんが、新月の日はこちらとあちらの世界を行き来することができるのです。しかし、新月の日以外にこの世界に来るとあちらの世界だけじゃなく、こちら世界にも影響が出てしまうんです。もちろんこれも理由はまだわからないままです。」
「へぇ・・・」
「16年前に、大きな戦争をしてたんです。そのとき突然空間が歪んで・・・。新月の日ではありませんでした。一般市民や軍の者も多くがそのとき現れたブラックホールの中に飲み込まれていきました。あなたもそれに巻き込まれたのです。」
「そう言う事だったんだ・・・。」
「これは確かな情報ではありませんが、この世界の人間が何人かそのときの影響で私たちの世界に来てしまったというのも・・」
「そう・・なんだ・・・・。」
全然知らなかった。いや、知りようがなかった。
母はどこで自分を見つけたのだろう。
そしてなぜ、自分を育ててくれたのだろう・・・・。
「だいたいわかってもらえましたか?」
アーサーがそう言って美雪の方を見た。
「うん、ありがとう。・・・・ねぇ・・・」
「なんですか?」
「まだ時間あるでしょ?最後に・・・家に帰って晩ご飯だけ・・・作っていいかな?」
もうあえないだろうから。
せめて最後に・・・約束した料理だけでも・・・。