トモキとユウキ
学校に着いたころには空は赤く染まっていた。キレイな夕焼けに感動を覚えるとか、そういうのはないけれどキレイだと思う。いやー……太陽が沈んでくー。
「あら、お帰り。今日も仲良しねえ」
ガハハッと効果音のつきそうな声で出迎えるのは寮母さん。同時に僕の親戚でもある。
……にしても、考え事をするときに僕、か。すっごい慣れてきたな。
元々友紀が。何かでヘマを起こさないようにするために、心の中でも自分の事を僕と考えるようにしていた。そしてそれがしっかり定着していたのだ。いいことではあるのだが。
「ただいまー」「ただいまっす!」
寮母さんに軽く手をあげて通り過ぎる。別に無視したわけではない。入口に座ってるだけだしね。
「二人とも、バイトだったんですか?」
部屋に入ろうとすれば、丁度向かい側の部屋から林太が出てきた。
高校二年生だと言うのにまだ声変わりは来ておらず、体も色白。ガリガリで、ひょろひょろしていて今にも倒れそうである。前髪は伸び放題、顔は正に薄幸の少年。身長も、一応女である友紀より十センチ低い、百五十八センチであった。
「まぁね。林太、今から何するの?」
「あ、ボクはご飯食べに行こうと思ってました。ユウキ君とトモキ君は?」
ユウキ、というのは友紀のことではない。由希のことである。そしてトモキというのが友紀のことであった。
少し二人の名前について整理しておこう。入学式で仲良くなり、由希の名前を見てユウキと読んでしまった人がいる。そう、読んでしまったのだ。由希の名前はユウキではなくヨシキだったりする。そして名前を呼ばれ、「ああ俺の事指してんだな」と思い反応したところ、そのままユウキが定着してしまった。
友紀に関しては、その友達と共に自分の部屋を確かめに来た由希達がネームプレートを見れば、そこに書いてあるのはユウキと読む可能性のある字。まあよくある名前だし、まさかの同姓同名もどきのルームメイトか、と話を盛り上がらせていたところ、丁度友紀が部屋に。でもやはりひらがなだと同じって不便だよね、と考えた友達が
「中村、トモキ?」
と質問。友紀は友紀で自分の事指してるんだと判断して首を縦に振る。そしてそのまま同じようにトモキと定着した。という、とてもややこしい話がある。
それにより、友紀は由希をユウキ、由希は友紀をトモキだと勘違いしているという、これまたややこしいルームメイト関係が出来てるだなんて本人達も知らない。
「僕も行こうかな。由希は?」
「あー、んじゃ俺も行くか!」
「日野は誘わなくていいの? それとも仕事? 大変だよねー」
林太のルームメイトを誘わないのもどうだか。
「ええ、仕事だそうで。九時には帰ってくるそうです」
……流石である。友紀は素直に日野に感心した。いやはや、遅くまでお疲れ様だ。
林太のルームメイトである日野は、歌手である。二年前にデビューして、三か月に一回CDを出す。そんな感じの人気歌手。ルックスも悪くないし、もちろん歌も上手い。
あれ、でも待てよ? それなら由希も似たようなもんじゃないか?
二年前にデビュー、最初は脇役が多いもののどんどん主人公系に。ワンクールに必ず一回は出ているし、キャラソンだって出してる。顔面偏差値高い。……すごいな。
「じゃあ寮母さんに言わねえとな」
午後九時以降に帰宅予定、または帰宅可能性がある場合は寮母に連絡すること。友達に伝言を頼んでもよし。これはこの学院のルールである。
「そういえば、ステイプラの次のオープニング、日野が歌うんだってよ」
「え、そうなんだ?」
「マジマジ」
ステイプラというのは、週刊少年ジャンケンの連載漫画。アニメは三年目に突入した人気漫画である。矛盾の少ないストーリーが人気で、かくいう友紀も、連載当初からずっと見ている好きな作品だった。
「そういえば、えーっと……。振り子時計だった気が……」
「何がだ?」
「その曲のタイトルですよ。丁度昨日言ってました。」
「……それ、言っていいの?」
友紀が指摘すれば、もう林太は大慌てである。あわわわわ、と声が聞こえてくるぐらいだ。まあ悪気があったわけじゃないしいいんだろうけど。
「ステイプラだと、僕は家富爺さんが好きです。たまにしか出てきませんでしたけど」
「へー。こりゃまたマニアックな」
いや、マニアックではないのかもしれない。だが、認めたくなかった。いや、認めたくないわけじゃないが、少し照れくさい。家富爺さんは友紀の役で、こう、面と向かって言われると、ちょっと。由希がニヤニヤと友紀を見るので、足を後ろに回してひっかけた。
「でも結構人気なんですよ?あ、あとモヒも好きですね。」
友紀はすかさずニヤニヤし返した。そのニヤニヤに、照れくさいのが入っているのは本人も承知の上である。林太は無意識に褒めすぎである。
言うまでのことではないが、そうなのだ。由希は準レギュラーのモヒ役を演じている。
林太は二人の間でそんなやりとりが行われてるのも知らず、急につまずいた由希を見ては頭にハテナを浮かべた。廊下にはつまずく材料などないから。
「寮母さん、日野君、九時に帰ってきます」
「はいはい、わかったよ。健康には気をつけるんだよって言っとくんだよ」
はい、と答えて、慣れてしまったそのやり取りに林太は少し、何故か胸が痛んだ。