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第9話:この涙は、あなたへの忠誠の証です(※エルゼは引いている)

魔王軍の軍団長を「輪投げ」で捕獲し、その軍勢を「石版(神器)」で埋め立てた翌日。

 私の「庵」の前の広場では、盛大な宴が開かれていた。


 ジークフリート王子がどこからか取り寄せた最高級の肉が焼かれ、村人たちが醸造した(世界樹の加護で異常に美味くなった)酒が振る舞われている。

 普通なら、救世主としてこれ以上ない誉れだろう。だが、私はテラスの特等席で、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。


(……何よ、あの『エルゼ様・記念博物館』って看板は)


 広場の一角には、私が昨日投げ捨てた「錆びた鉄の輪」と「割れた石版」が、仰々しい魔法障壁の中に安置されていた。

 ただのゴミだ。あんなの、不燃ゴミの日に出せば済む話なのに。


「エルゼ様。皆様、あなたの勝利を……いえ、あなたという『奇跡』を祝しております。これほどまでに晴れやかな日は、人類の歴史上なかったことでしょう」


 アイリスが、私の隣で深々と頭を下げた。その瞳は心なしか潤んでいる。

 ……重い。その湿り気が、今の私には猛毒に等しい。


「……アイリスさん。私、言ったわよね? 静かにしてほしいって。こんなお祭り騒ぎ、私の趣味じゃないわ」


 私は、わざと冷たく言い放った。

 せめて「気難しくて付き合いきれない聖女」だと思われて、みんなが離れていってほしかったのだ。

 しかし、アイリスは感極まったように声を震わせた。


「……っ。左様でございました。あなたは、数万の敵を退けながらも、一人の死者も出さなかった(※全員埋まっているが生きてはいる)。その慈悲の御業を『当たり前のこと』として、喧騒を嫌われる。……勝利に酔う我々の浅ましさを、あえて戒めてくださるのですね」


「いや、ただの騒音被害の話をしてるんだけど」


「その通りです! 民の歓喜すら、あなたにとっては『まだ救うべき他者が残っている』という焦燥に変わる……。ああ、なんと、なんと孤高なお方だ……!」


 ダメだ。こいつ、完全に日本語が通じなくなっている。

 私は絶望し、目の前に並んだ豪華な料理を、やけくそで口に詰め込んだ。


「もういいわ! 食べるわよ! 食べ尽くしてやるんだから! これ、全部私が独り占めするわ。あんたたちには一口もあげないんだからね!」


 聖女が「食い意地」を張る。これなら幻滅するはずだ。

 だが、私の「ゲスな独占欲」を見た村人たちは、一斉に地面に跪いて号泣し始めた。


「見てくれ……聖女様が、俺たちの捧げた粗末な供物を、あんなに必死に召し上がってくださっている……!」

「あのお方は、我々の『真心の結晶』を、一つも無駄にしないと仰っているんだ! なんという……なんという愛だ……!」


 ――わあぁぁぁぁぁ! エルゼ様、最高だ! 俺たちの胃袋は、今、聖女様と一つになった!!


(……死にたい。今すぐ地面に穴を掘って、昨日の軍団長と一緒に埋まりたい)


 さらに、追い打ちをかけるようにジークフリート王子が進み出た。

 彼は泥だらけの「作業着(元・王族衣装)」のまま、一通の羊皮紙を捧げ持っていた。


「エルゼ様。我らソルステイム王国の騎士一千名、ならびに私は、今この瞬間をもって、貴女への『永久忠誠誓約』を捧げます」


「……はい?」


「この誓約書には、我ら全員の『血』で署名がなされています。我らの命、財産、そして魂……そのすべてを、貴女の自由にしていただきたい。貴女が『死ね』と仰れば、我らは喜んで笑いながら果てましょう!」


 差し出された羊皮紙には、確かに赤黒い文字がびっしりと並んでいた。

 ……血。生臭い。

 私は生理的な嫌悪感で、その紙を思いっきり撥ね退けた。


「汚い! そんな不潔なもの、私に見せないで! 捨てて! 今すぐシュレッダーにかけなさいよ!」


 広場が、凍りついた。

 さすがに、王子の誠意を「不潔」と切り捨てれば、国際問題になるはずだ。

 だが、ジークフリート王子は、撥ね退けられた紙を見つめ……そして、かつてないほど晴れやかな顔で私を見上げた。


「……なるほど。そういうことですか」


「(……またそれ!?)」


「紙の上の誓いなど、物理的な証拠に過ぎない。『真の忠誠は、形ではなく、魂に刻め』。そして、我らの血という不浄なものを、貴女の清浄な視界に入れたことへの叱咤……。……エルゼ様、私は今、ようやく貴女の求める『高み』を理解しました」


 王子は、血の誓約書を自ら破り捨て、空に撒いた。


「形はいらない! 我らはただ、貴女の影となり、この楽園を支える土となる! それだけで十分だ!!」


 ――おおおおおぉぉぉ!!


 広場の熱気は、もはや「狂信」の域に達していた。

 アイリスは隣で「これこそが理想の主従関係……」と失神しかけており、メイドのベルティナは「……この女、恐ろしい。一国の王子のプライドを粉々にして、完全に飼い慣らしてしまった……」とガタガタ震えている。


 私は、手に持っていたフォークを落とし、遠い目で夜空を見上げた。


(……ねえ。私はただ、『血がついてて臭いから嫌だ』って言っただけじゃない。どうして一国の王子が、私の庭の『土』になる宣言をしてるわけ?)


 私の「最低な拒絶」は、すべて「最高に高潔な教え」として上書きされ。

 私の周りには、もはや「私のために死ねる狂人」しか残っていなかった。


 隠居計画、第1章。

 ――完全なる失敗。

 いや、世界から見れば「完全なる勝利」が、今ここに確定してしまったのである。

「血染めの誓約書」を「不潔」と撥ね退けたら、「形にとらわれない真の忠誠」と解釈された件。

エルゼの生理的嫌悪すら、高潔なメッセージに変換されるこの絶望。

王子もアイリスも、もはや「エルゼ様が何を言っても神々しい」という無敵モードに入っています。


そして次はいよいよ第1章の最終盤!

世界中がエルゼを称える中、かつて彼女を追放した教団が、とんでもない「掌返し」を持ってやってきます。


「王子のポジティブ変換が病気レベルw」

「エルゼの心が折れる音が響いてくる」

と思っていただけたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価】をよろしくお願いします!


次回、第10話:

「教団速報:『真の聖女はエルゼだった』とか今更言われても」

手のひらをドリル並みの速さで返す教団に、エルゼが放つ「最後の一撃」とは!?

お楽しみに!

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