第6話:銀髪騎士アイリス、絶望の中で『光』を見る
私は、己の未熟さを恥じていた。
王国最強の騎士、銀髪のアイリス。そう呼ばれ、剣の腕一本で成り上がってきた私にとって、世界は常に「白か黒か」でできていた。守るべき正義と、斬るべき悪。それ以外のものは、すべて雑音に過ぎなかった。
あの日、私がエルゼ様と出会うまでは。
当初、私の彼女に対する評価は最悪だった。
聖女の座にありながら、祈りの最中に欠伸を噛み殺し、供え物のワインを盗み飲みしようとし、隙あらば教会の予算をちょろまかそうとする「強欲な女」。
私は彼女を護衛しながら、内心で軽蔑していた。この女は聖女の皮を被った偽物だ。いつかその化けの皮を剥いでやろう、と。
――だが、私の「正義」は、あまりにも矮小だった。
忘れもしない、半年前の「枯死病」の騒乱。
王都の貧民街を謎の疫病が襲い、既存の治癒魔法が一切通用せず、人々が次々と動かぬ肉塊と化していった時。
教会の高官たちは感染を恐れて隔離を命じ、見捨てようとした。私もまた、騎士として「被害を最小限に抑えるための封鎖」を冷徹に遂行しようとした。
その時、エルゼ様だけが動いたのだ。
「ああ、もう! 湿っぽいわね! こんな暗いところにいたら、こっちまで気分が落ち込むじゃない。さっさと掃除して、パッと明るくしなさいよ!」
彼女はそう叫びながら、汚物と死臭の漂うスラムへと土足で踏み込んだ。
私は止めた。「汚れます! 感染します!」と。
だが、彼女は私を突き飛ばし、手に持っていた聖水を――あろうことか、地面の泥水に向かって「汚いわね!」とブチ撒けたのだ。
その瞬間、私は悟った。
彼女が捨てたのは、聖水ではない。**「己の安全」という名の傲慢さ**だ。
彼女が「汚い」と罵ったのは、病そのものではなく、**「病に怯えて同胞を見捨てる我々の心の汚れ」**だったのだ。
彼女が泥に聖水を混ぜたことで、汚染されていた地下水脈がすべて浄化され、翌朝にはスラムの住人全員が完治した。
奇跡を目の当たりにして泣いて感謝する人々に対し、彼女は冷たく言い放った。
「あー、腰が痛い。もう二度とここに来させないでよね(=あなたたちが二度と病にならないことを祈っている)」
……なんという。なんという深き慈悲。
彼女は感謝されることすら拒み、あえて「悪役」を演じることで、救われた人々に負い目を感じさせないようにしたのだ。
その時から、私の剣は彼女のためにあった。
そして今、目の前の光景を見て、私は再び魂の震えを禁じ得ない。
「……はぁ。また変なのが増えた。もう、ここはただのキャンプ場じゃないのよ」
世界樹の木陰で、エルゼ様がけだるそうに呟く。
その足元には、かつて魔王軍の凶将として恐れられたベルティナが、エプロンを翻して健気に庭を掃いている。
エルゼ様は、ただの「暗殺」という解決を選ばなかった。
敵を殺せば、新たな憎しみが生まれる。だから彼女は、あえて「メイド」という役割を与え、生活を共にすることで、魔族の魂に「日常」という名の救済を刻み込んでいるのだ。
「ベルティナ、そこの隅にホコリが残ってるわよ。やり直し!」
「くっ……申し訳ありません、エルゼ様。すぐに……すぐに清めますっ!」
ベルティナの顔には、かつての殺意はない。あるのは、絶対的な強者――精神的な高潔さに屈服した者の、悦びを伴う服従心だ。
(エルゼ様……。あなたは、世界を力でねじ伏せるのではない。その『我が儘』という名の至高の意志で、世界の歪みを強制的に矯正してしまわれる……!)
彼女が「寝たい」と言えば、それは世界の安息を意味する。
彼女が「金が欲しい」と言えば、それは富の再分配を意味する。
彼女が「面倒くさい」と言えば、それは無駄な争いを止めるための平和の鍵となる。
「アイリス! 何ボーッとしてるのよ。喉が渇いたから、お茶。……あ、お茶の葉がないわね。適当にその辺の世界樹の葉っぱでも煎じて出しなさいよ」
「……っ!! 世界樹の葉、つまり『神の雫』を、私のような未熟者に煎じさせてくださるのですか!? その高度な練金作業を通じ、私の魔力回路を鍛えろというのですね……!」
「いや、ただのティータイムだって言ってるでしょ……。もう、いいわよ。自分でやるわ」
「滅相もございません! このアイリス、魂を込めて一滴の濁りもない神茶を淹れてまいります!!」
私は駆け出した。
エルゼ様の背後で、世界樹が黄金の光を増したように見えた。
私は誓う。この命が尽きるまで、彼女の「隠居(という名の世界救済計画)」を全力でサポートし、彼女を世界の頂点――全人類が膝をつく「真の神域」へと押し上げることを。
それが、彼女の望む「静かな生活(=神による完璧な統治)」への最短ルートだと信じているから。
アイリス視点、いかがでしたでしょうか。
彼女の「超訳フィルター」の原点は、過去にエルゼが「面倒くさがって適当にやったこと」が、偶然にも最悪の状況を救ってしまった体験にありました。
一度「この人は凄い!」と思い込んだエリートの脳は、どんな矛盾も「深読み」で解決してしまう……。
エルゼがどれだけ「クズ発言」をしても、アイリスがそれを「聖書の一節」に書き換えてしまうため、エルゼの社会的地位は上がる一方です。
次回、第7話:
「『お帰りください』が『よく来てくださいました』に変換される謎」
(※前回の引きと合わせ、さらに本格的な『エルゼ神国化』が進行します!)
「アイリスの勘違いが重すぎて面白い」「エルゼの逃げ場がどんどんなくなるw」
と思っていただけたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価】をよろしくお願いします!




