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第4話:『お帰りください』が『よく来てくださいました』に変換される謎

かつて『怨嗟の沼』と呼ばれた場所は、今や『エルゼの泉』と勝手に名付けられ、聖地巡礼のメッカと化しつつあった。

 私は、泉のほとりに建てられた「聖女の庵(という名の、村人が勝手に豪華にした木造建築)」のテラスで、頭を抱えていた。


「どうして……どうしてこうなったのよ……」


 目の前には、長蛇の列。

 魔王軍の圧政から逃れてきたゴブリンの一家、住処を追われたエルフの難民、さらには「聖女様の奇跡を拝みたい」とやってきた隣国の商人まで。

 彼らは皆、私の顔を見るなり「ああ、なんと神々しい……」と涙を流し、勝手に拝み始める。


(うるさい! 眩しい! 私の安眠を妨げるな!)


 私は、残りの太陽銀貨を数えては溜息をつく毎日だ。

 自由を求めてここに来たのに、これじゃ王都にいた頃より忙しいじゃない。


「エルゼ様! また新たな迷える魂が到着しました! 今回は、北方の峠で凍えかけていた亜人の子供たちです。彼らに何か『救いの御言葉』を!」


 アイリスが、キラッキラの瞳で報告してくる。彼女はもう、私の専属マネージャー兼・狂信的代弁者としての地位を完全に確立していた。

 私は、いい加減に堪忍袋の緒が切れた。

 私はテラスの縁まで歩み出ると、集まった群衆を見下ろして、精一杯の冷たい声で言い放った。


「――いい加減にして。あなたたちの顔なんて見たくないわ。今すぐ荷物をまとめて、自分の家に帰りなさい!」


 よし、言った。これで少しは人が減るはずだ。

 ……ところが。

 群衆の間から上がったのは、怒りや失望の声ではなく、地鳴りのような「号泣」だった。


「おおおぉぉ……! 『自分の家に帰れ』、だと……!?」

「あんなに惨い仕打ちを受けて、家を焼かれた俺たちに向かって……なんて、なんて深いお言葉だ……!」


 一人の老ゴブリンが、地面に突っ伏して震えている。

 え、何? 怒ってるの?


「アイリスさん、彼ら、なんで泣いてるの?」

「……エルゼ様。あなたの慈悲は、もはや言語の壁すら超越しています」


 アイリスが、自身の目元を拭いながら解説を始めた。


「彼らは故郷を失い、『帰る場所』がない人々です。そんな彼らに向かって、あなたはあえて『帰れ』と仰った。それはつまり――『今日から、この楽園をあなたたちの本当の家だと思いなさい』という、究極の受容の宣言ではありませんか!」


「はぁ!?」


「『顔を見たくない』というお言葉も、左様です。あなたが救いたいのは彼らの『顔(外見)』ではなく、傷ついた『魂』そのもの。顔を突き合わせて感謝されることなど望まない、その無欲な愛……! 彼らは、今この瞬間、魂の拠り所を得たのです!」


 ――わあぁぁぁぁぁ! エルゼ様、万歳! 万歳!!

 村全体が、かつてないほどの歓喜に包まれた。


(違う……。本気で帰ってほしかっただけなのに。私の語彙力が足りないの? それともこいつらのフィルターが分厚すぎるの!?)


 絶望する私に、さらなる追い打ちがかかる。

 これ以上人が増えては困る。私は、「村の境界線に物理的な壁」を作ることにした。

 誰も入ってこれないような、凶悪な壁だ。


 私はカバンから「太陽銀貨」を三枚取り出し、村の入り口の地面に叩きつけた。

「この銀貨の力で、よそ者が一歩も入れないような強力な結界を張りなさい!」と精霊に命じたのだ。

 私の意図としては、高電圧のバリアか、触れたら即死する毒の霧だった。


 だが、精霊の解釈は違った。


「主様の御心のままに。……『この地を、悪意ある者のみを弾き、善き者に無限の安らぎを与える安息の庭』へと作り替えましょう」


 銀貨が光を放ち、村を囲むように美しい黄金の生垣が芽吹いた。

 その生垣は、魔物や追手の悪意を完璧に遮断するだけでなく、なんと「内側にいる者の空腹を満たし、病を癒す香りの花」を咲かせ始めたのだ。


「ああ、聖女様が防壁パンと癒し(アロマ)を無償で提供してくださった!」

「もはやここは村ではない……神国だ! エルゼ神国なのだ!」


 もはや、収拾がつかない。

 翌日には、隣国の諜報員が「あの恐ろしい魔境に、一夜にして最強の防御陣地を築いた天才戦術家がいる」という報告を本国に送り。

 魔王軍の偵察兵は「我が軍の精鋭が近づくだけで『幸せすぎて戦意が喪失する』謎の広域兵器が配備された」と震え上がった。


 私は、勝手に届けられた豪華な朝食(村人たちの全財産を注ぎ込んだらしい)を前に、虚空を見つめた。


(……もう、いいわ。好きにしなさいよ。私はただ、寝る。明日こそは、誰にも邪魔されずに二度寝してやるんだから……)


 だが、その日の夜。

 私の寝室に、アイリスが血相を変えて飛び込んできた。


「エルゼ様! 大変です! あなたの『安息の宣言』を聞きつけた隣国の第一王子が、『ぜひ我が国の国教としてお迎えしたい』と、軍隊を引き連れてこちらに向かっています!」


(……寝かせてって言ってるでしょおがぁぁぁぁ!!)


 私の安眠への戦いは、ますます激しさを増していくのだった。

「お帰りください」が「ここを家だと思え」に自動翻訳される地獄のフィルター。

エルゼが拒絶すればするほど、周囲の「絆」と「信仰」が深まっていく……。

これぞ、勘違い系コメディの真骨頂ですね。


隣国の王子まで参戦して、事態は宗教問題から国際紛争へ!?

「エルゼの不憫さがクセになる」

「アイリスの翻訳能力が強すぎるw」

と思っていただけたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価】をよろしくお願いします!


次回、第5話:

「掃除のついでに世界樹の種を植えてしまったかもしれない」

ついに魔王軍の刺客(女性キャラ枠)が登場!

しかし、エルゼの「掃除」に巻き込まれて……?

お楽しみに!

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