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第23話:聖女、月へ飛ぶ。目的は「酸素の課金」からの脱却

私は今、地球上で最も高い場所――新大陸の頂上にある黄金神殿のバルコニーで、天を仰いでいた。

 眼下には、私の名前を連呼しながら五体投地する数千万の人々。

 耳を澄ませば、世界中のラジオから『エルゼ様への感謝の賛歌』が24時間体制で流れ続けている。


(……地獄。ここは地獄よ。一分一秒、どこを見ても自分の顔がある。ポテチを食べれば『神の聖体拝領』だと言われ、お茶を飲めば『聖水の生成』だと言って瓶詰めされる……)


 もはや、地球に私のプライバシーは一ミクロンも残っていなかった。

 だから、私は決めた。

 あそこへ行く。あの、冷たくて、静かで、誰もいなくて、そもそも酸素すらないから誰も話しかけてこないであろう、あの輝く岩塊……「月」へ!


「アイリス。私、月へ行くわ」


 私がポツリと呟くと、背後に控えていたアイリスが、雷に打たれたような顔をして崩れ落ちた。


「……つ、ついに……。地上という矮小な領土を捨て、天の座へと帰還されるのですね……! 聖女様、いえ、銀河のあるじよ……!」


「いや、単なる引っ越しよ。いい? 誰もついてこないで。私は一人で、静かに、真空の中でスルメを噛んでいたいの」


「真空……! 万物のノイズを遮断し、純粋な『無』の中で宇宙の理を紡ぎ直すというのですね!? なんという過酷な修行……! 私たち人類は、どこまでも貴女に甘えていた……!!」


 アイリスが号泣しながら、財務大臣セラフィナと天使ルミニエルを呼び寄せた。

 三人は、私が「月へ行く」と言っただけで、即座に『宇宙開発・地球総力プロジェクト』を発足。

 私は彼女たちが「最高級ロケット」を作ろうと鉄骨を運び込んでいる隙に、宝物庫の隅に転がっていた「古臭くて丸い鉄の筒」を引っ張り出してきた。


(ふふふ……。ロケットなんて仰々しいものに乗ったら、またパレードになっちゃう。私はこの、教会の地下で『粗大ゴミ』として捨てられていた謎の筒に乗って、こっそり飛び出すのよ)


 それは、表面にひび割れた模様が入った、何の変哲もない鉄の筒だった。

 教会の古文書によれば「触れた者の願いを、物理的な推力に変える呪いの道具」らしいが、私にとっては「空飛ぶドラム缶」程度の認識だ。


「よし、乗り込んだわ。……月よ! 私を待っていなさい! 騒音ゼロのパラダイスへ、レッツゴー!!」


 私が筒の底を思いっきり蹴り飛ばした、その瞬間。


 筒に刻まれていた「呪い」の正体――古代アトランティス文明が残した、質量を無視して空間を跳躍する『因果律エンジン』が目醒めた。

 私の「一刻も早く、全人類から離れたい」という強烈な拒絶の意志が、宇宙で最も純粋な燃料となり、筒は白銀の閃光を放って天空へと突き抜けた。


 その光景は、地上で見送っていた人々にはこう見えた。

 聖女エルゼが、あえて「黄金のロケット」という文明の利器を拒み、たった一つの「質素な鉄筒」に身を委ねた。

 そして彼女が足を踏み鳴らした瞬間、地球の重力そのものが彼女の意志にひれ伏し、光の柱が天と地を繋いだのだ。


「……あ、あああ……! 宇宙船すら使わず、己の精神力だけで光速を超えられた……!!」


 セラフィナが、計算を放棄して絶叫した。

「エルゼ様は、宇宙という『物理法則』すらも、ご自分の庭のように歩いていかれたわ……。今日から宇宙の物理定数は、彼女の気分によって書き換えられるのよ!!」


 一方、筒の中の私は、凄まじいG(重力)に押し潰されながら、白目を剥いていた。


(ちょ、ちょっと待って……! なんでこんなに速いの!? 宇宙って、もっとゆっくり優雅に飛ぶもんじゃないのぉぉぉ!!)


 数分後。

 筒は月の裏側、誰も見たことのない暗黒の平原へと「激突」した。

 

 ……はずだった。

 だが、私の「静かに寝たい」という願いが衝突の瞬間に発動。

 衝撃波はすべて「生命のエネルギー」に変換され、私が降り立った月面から、一瞬にして広大な「空気の膜(大気層)」と、青々とした「草原」が爆発的に広がっていった。


 月は、たった一人の「クズな家出」によって、数秒で生命の住める楽園へとテラフォーミングされたのである。


「……はぁ、はぁ。……止まった? ここ、月よね? ……静か……。本当に、静かだわ……」


 私は筒から這い出し、草の上に寝転んだ。

 空を見上げれば、そこには青い地球が浮かんでいる。

 

(ふふ……ふふふ。勝ったわ。これでようやく、私のバカンスが――)


 その時。

 月面の地面が機械的に開き、中から巨大なホログラムが出現した。


『――銀河防衛システム、再起動。マスター・エルゼの生体反応を確認。……当要塞ムーン・ベースは、これよりマスターの睡眠を最優先事項とし、射程圏内にある『不届きな天体(地球)』への主砲の照準を開始します』


「……え?」


 月全体が、巨大な「宇宙要塞」としてトランスフォームを開始。

 私の「静かに寝たい」という意志を汲み取ったAIが、地球から飛んでくるであろう全ての電波(ファンレターや通信)を「敵意ある攻撃」とみなし、迎撃態勢に入ってしまったのだ。


「いや、ちょっと待って! 地球を撃たないで! 私、ただの家出なんだってばぁぁ!!」


 月面に響き渡る私の叫び。

 しかし、それが地球では『神からの新たな試練、月面審判の幕開け』として受信され、人類はさらなる狂信の渦に叩き落とされることになる。


 エルゼの「バカンス」は、ついに地球を人質に取った「銀河規模の立てこもり」へと発展してしまったのである。

「家出」が「月面のテラフォーミング」と「宇宙要塞の起動」になった件。

エルゼの「静かにしろ」という願いが、地球への主砲照準という物騒な形に翻訳されてしまいました。

AIまで「深読み」に参戦し、エルゼの逃げ場は宇宙の果てまで奪われていきます。


第3章、最高の滑り出しですね!

「空飛ぶドラム缶が因果律エンジンw」

「月のAIまでエルゼ様信者に……w」

と思っていただけたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価】をよろしくお願いします!


次回、第24話:

「月面開拓? いえ、ただの穴掘りです(※温泉を掘り当てた)」

宇宙要塞の中で、エルゼが「お風呂」を求めて掘った穴が、銀河のエネルギー革命を招く!?

お楽しみに!

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