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第2話:追放決定! 退職金(横領)は鞄いっぱいの金貨

ガタゴトと揺れる豪華な馬車のなかで、私は深く、深く椅子に身を沈めていた。

 向かいの席には、銀髪をきっちりと結い上げ、背筋を定規のように伸ばした騎士アイリスが座っている。その視線は、まるで太陽を拝む巡礼者のように熱い。……正直、めちゃくちゃ居心地が悪い。


「……あの、アイリスさん? そんなに見つめられると、顔に何かついているのかしらと思ってしまうのだけれど」


 私が最大限に「聖女スマイル」を維持しながら尋ねると、アイリスはビクッと肩を揺らし、恐縮したように頭を下げた。


「も、申し訳ございません、エルゼ様! あなたの横顔があまりにも気高く、つい……。教皇様から『魔の土地』への赴任を命じられ、事実上の追放とも言える過酷な境遇にありながら、これほどまでに穏やかな表情を浮かべられるとは。やはり、あなたは我ら凡夫とは魂の格が違う」


(魂の格っていうか、カバンの重さが違うのよ。幸せの重さってやつがね!)


 私は膝の上に抱えた重厚な革のカバンを、バレないようにギュッと抱きしめた。

 この中には、私がこの数年間、教会の帳簿をせっせと弄って「備品費(主に聖水用ボトル代)」として計上し、自分の隠し口座にプールしていた金貨が詰まっている。

 教皇の足を治してしまったせいで「特使聖女」なんていう面倒な肩書きをつけられたが、考えようによってはチャンスだ。

 王都から離れ、辺境の「魔の土地」へ行く道中でドロンしてしまえば、あとは偽造パスポートを使って隣国でスローライフが待っている。


(ふふふ……。このカバンには金貨五百枚。これだけあれば、田舎で一生遊んで暮らせるわ。聖女なんて、もう二度とやってやるもんですか)


 私は内心で邪悪な笑みを浮かべた。

 だが、現実は私の計画を嘲笑うように動く。


「ところで、エルゼ様。そのおカバン……先ほどから大切そうに抱えておられますが、中身は一体? 聖女様の私物にしては、少々重そうに見えますが」


 アイリスの鋭い指摘に、私の心臓が跳ねた。

 まさか、横領がバレた? いや、そんなはずはない。帳簿は完璧に改ざんしたし、そもそも教皇があんなにボロ泣きして私を送り出したんだから、疑われているはずがない。


「ええ……。これは、その。私の『覚悟』を詰めたものよ。魔の土地へ行くにあたって、どうしても必要だと思って……」


 我ながら苦しい言い訳だ。「お金(覚悟)」という意味では嘘ではないけれど。

 すると、アイリスの瞳にパッと輝きが宿った。


「覚悟……! 左様でございましたか。魔の土地の浄化に必要な聖遺物か、あるいは民に分け与えるための慈愛の種……。やはりエルゼ様は、ご自身の身一つで戦うつもりなどなかったのですね。初めから、その土地の未来を背負って……!」


「……まあ、そんなところよ(適当)」


 話が勝手に美化されていく。これぞ勘違い系の醍醐味――なんて言っている場合じゃない。

 馬車が大きく揺れた。

 その拍子に、カバンの留め具が「パチン」と弾け、中身が床にぶちまけられた。


「あ――っ!!」


 私は悲鳴を上げた。

 床に散らばるのは、鈍い黄金の輝きを放つ、大量のコイン。

(やばい! 聖女がこんなに大金を持ち歩いているなんて、不自然すぎる。強欲だってバレる!)


 私は冷や汗を流しながら、必死に言い訳を考えた。

「これは、あの、恵まれない人たちのために貯めておいた募金で……」とか?

 だが、アイリスの反応は私の予想を斜め上に飛び越えた。


「これは……!? 金貨……ではありませんね。この模様、この魔力の波動……。エルゼ様、まさかこれは『古代の太陽銀貨』ですか!?」


「……はい?」


 アイリスが床に膝をつき、一枚のコインを震える手で拾い上げた。

 え、太陽銀貨? 嘘でしょ。私が横領したのは、市場で流通している普通の「王国金貨」のはずだけど。


「間違いない……。裏面に刻まれた六芒星と、表面の女神像。千年前、魔王を封印する際に勇者パーティーが投げ入れたと言われる、浄化の極致たる触媒……! 現在では一枚で城が建つと言われる伝説の秘宝が、これほどまでに……!」


(城が建つ!? 一枚で!?)


 私は目を見開いた。

 どういうことだ。私が盗……預かっていたのは、確かに普通の金貨だった。

 ……あ。

 思い出した。

 一週間前、教会の地下倉庫を整理(という名の物色)していたとき、「埃を被っていた古臭いメダル」を「こっちの方が目立たなくて換金しやすいかも」と思って、金貨と詰め替えたんだっけ。


「……これを、魔の土地に全て投じるおつもりなのですね? 土地の呪いを根こそぎ消し去るために、私財……いえ、家宝とも言える秘宝をこれほどまで無造作に。ああ、なんという献身! 私は今、伝説の再来を目の当たりにしている!」


 アイリスが床に額を擦り付け、慟哭し始めた。

 違う。違うのよ。私はただ、使い勝手が良さそうなコインだと思って選んだだけなの。

 っていうか、これ、そんなに価値があるの?


「エルゼ様! あなたが歩む道に、もはや魔物の一匹も立ちふさがることはできないでしょう。この太陽銀貨一枚あれば、中位魔族なら消滅、上位魔族でさえ致命傷です。それを五百枚も持っておられるとは……。あなたは、魔の土地を浄化するどころか、新たな神国を築くおつもりなのですか!」


(……詰んだわ)


 私は確信した。

 この「太陽銀貨」を持ち歩いている限り、私は「ただの逃亡者」にはなれない。

 むしろ、魔王軍からすれば「歩く戦略兵器」だ。命を狙われるのは確実だし、何よりこんな価値のあるものを持って隣国に入ったら、関税どころか国際紛争になる。


 しかも、最悪なことに。

 馬車がちょうど、最初の宿泊地である「国境沿いの貧民街」に到着した。

 窓の外には、魔の土地から漏れ出す瘴気に怯え、飢えに苦しむ人々の姿がある。


 アイリスが立ち上がり、私に言った。


「エルゼ様、行きましょう。この街の人々に、あなたの『覚悟』の欠片を見せてあげるのです。この太陽銀貨を一枚、広場の井戸に投げ込むだけで、この街の呪いは解けます!」


「……え、待って。これ、城が建つ価値があるんでしょ? そんなの井戸にポイなんて――」


「ああ、左様でございますね! 『城よりも人の命が重い』。エルゼ様のそのお考え、深く刻ませていただきました! さあ、皆様! 真の聖女様がお見えですよ!」


 アイリスが馬車の扉を豪快に開け放つ。

 そこには、絶望の淵にいた数千人の民衆が、救いを求めて集まっていた。


「……あ、あああ……」


 私の右手が、アイリスに促されるまま、五百枚の「退職金」の入ったカバンへと伸びる。

 私は泣きそうになりながら、その中から「城一つ分」を摘み上げた。

 これを投げ捨てれば、私の隠居計画は確実に遠のく。だが、投げなければ、この狂信的な騎士が何を言い出すか分からない。


「……ほら。持ってけ泥棒……じゃなくて、神のご加護を」


 私はやけくそで、銀貨を井戸へと放り投げた。


 直後。

 街全体を包み込むような、黄金の光柱が立ち上がった。

 瘴気は霧散し、病人は立ち上がり、枯れていた井戸からは聖水が溢れ出す。


「奇跡だ! 聖女エルゼ様万歳!!」

「女神の再来だ! 我らを見捨てなかった!」


 割れんばかりの歓声の中、私はカバンの残りを強く握り締めた。

 ……まだ、四百九十九枚ある。まだ、四百九十九回は奇跡を起こせる(起こしたくない)。


 こうして、私の「逃亡資金」は、着実に「世界を救うリソース」へと変換され始めたのだった。

「退職金でスローライフ」のはずが、なぜか「世界救済の公共事業」に!

エルゼの資産が減るたびに、彼女の神格化が進んでいく地獄のサイクルが始まりました。

アイリスの「深読みフィルター」も絶好調ですね。


もし「この勘違いの仕方が面白い!」「エルゼの心の折れる音が心地いい」と感じていただけたら、

【ブックマーク】や【ポイント評価】をいただけると、執筆の大きな励みになります!


次回、第3話:

「さらばブラック教団、目指すは地図にないパラダイス」

魔の土地の入り口で、エルゼを待っていたのは恐ろしい魔物……ではなく?

お楽しみに!

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