第13話:神様、まさかの隣国へお忍び(強制パレード)に行く
「……ねえ、アイリス。消して。今すぐあの空の『私』を消して。恥ずか死ぬ。今すぐ死んで本物の仏様になりたい」
私は、世界樹のふもとに建てられた『聖女宮(旧称:庵)』のバルコニーで、空を見上げて絶叫していた。
空には、太陽の横で慈愛に満ちた微笑みを浮かべる「私」が、大陸全土を優しく照らしている。雲が流れても、夜になっても、私の顔はそこにある。しかも時々、私の寝言や溜息が「神の啓示」としてエコー付きで世界中に放送されているらしい。
「滅相もございません! あの空の御尊顔こそ、荒廃した世界を繋ぎ止める唯一の希望。今や大陸中の人々が、あの笑顔を見てから朝食を摂り、あの微笑みに見守られながら眠りにつくのです。消すなど、人類絶滅を意味します!」
アイリスは、もはや私の「恥ずかしい」という感情を「神としての高次な照れ」として処理している。
(もうダメ。この街にいたら、一歩歩くたびに合唱団が歌い出すし、私がくしゃみをしただけで『恵みの風だ!』って農作物の収穫祭が始まる……)
私は決意した。こうなったら、この『聖都エルゼ』を離れるしかない。
幸い、空の私は固定されている。私がこっそり遠くの国へ逃げ出しても、みんな空の顔を見て「あ、エルゼ様はあそこにいらっしゃるわ」と勘違いし続けてくれるはずだ。
「……アイリス。私、ちょっと旅に出るわ。一人の『迷える子羊』として、世界の真実をこの目で見届けるために。いい? 誰にもついてきちゃダメ。これは、神としての孤独な巡礼なの」
私は、ありったけの「もっともらしい建前」を並べ立てた。
アイリスは一瞬、絶望に顔を歪めたが、すぐに何かを悟ったように深く頷いた。
「……なるほど。あえて玉座を捨て、泥にまみれて衆生を救う……。伝説の『流浪の神』としての試練ですね。わかりました。このアイリス、身を斬る思いでその御意志を尊重いたします!」
(よしっ! チョロいわねアイリス!)
私は、宝物庫(元・ゴミ置き場)から「一番ボロそうな布切れ」を引っ張り出してきた。
全身を覆う灰色のマントだ。これさえ被れば、誰も私が聖女エルゼだとは気づかないだろう。
「じゃあ、行ってくるわ。探さないでね!」
私は、夜陰に乗じて聖都を脱出した。
目指すは、隣国のソルステイム王国。ジークフリート王子の母国だ。
王子がここに残って溝掃除をしている隙に、その本国へ乗り込んで、身分を隠して安宿で酒でも飲みながらダラダラ過ごしてやるのだ。
……しかし、私が選んだ「ボロ布」は、教会の地下深く、何重もの封印が施されていた『虚無の聖衣』だった。
身に纏う者の「存在感」を消すはずのそれは、神となった私の魔力と共鳴し、「見る者の心の純粋さに応じて、その姿を神々しく変える」という、お忍びには最悪の機能を発動させていた。
国境の宿場町。
私は、一般人のふりをして(のつもりで)、安酒場のドアを蹴破った。
「おやじ! 適当に一番安い酒を持ってきなさい! あと、一番脂っこい肉もね!」
私はマントを深く被り、ガラの悪い声を出した。
……だが、店内の空気が一瞬で凍りついた。
酒場の荒くれ者たち、出稼ぎの商人、そして給仕の娘。
彼らの目には、マントの隙間から溢れ出す「黄金の粒子」と、私の一挙手一投足に合わせて床から咲き乱れる「天界の花(幻覚)」が見えていた。
「……あ、ああ……。なんだ、あの美しすぎる輝きは……」
「灰色の布を纏っていても隠しきれない、あの圧倒的な『慈愛』のオーラ……。まさか、空に浮かんでいるあのお方が、直接地上に降りてこられたのか……!?」
ザッ、と一斉に客全員が椅子から転げ落ちて跪いた。
(……は? 何これ。私、まだ顔も見せてないわよ?)
「お、おおお、お方様……! 安酒などと言わず、我が店で最も高価な、百年前のヴィンテージ・ワインを……! お代など、お代など、拝ませていただけるだけで結構です!!」
店主が、震える手で最高級のボトルを持ってきた。
私が「え、タダなの? ラッキー!」と思って一口飲むと、その瞬間に酒場の壁のヒビが修復され、客全員の肩こりと腰痛が完治した。
「奇跡だ……! お忍びで我らのような底辺の民を救いに来てくださったんだ!」
「『一番安い酒を』……それは、富に溺れる者を諭すための、高潔なメッセージだ!!」
――わあぁぁぁぁぁ! 灰色のお方様、万歳!!
(……お忍び、終了のお知らせ)
翌朝。
私が泊まった安宿(一晩で大聖堂のように改装された)の周りには、数万人の群衆が集まり、なぜか「聖女エルゼ様・お忍びパレード」の横断幕が掲げられていた。
さらに最悪なことに。
ソルステイム王国の国境守備隊が、私の存在を「神の親征」と判断。
「神様を徒歩で歩かせるわけにはいかない!」と、一千頭の純白の馬が引く黄金の戦車を勝手に用意し、強制的に私を乗せて王都へとパレードを開始してしまった。
戦車の上で、私は灰色のマントを被りながら、ガタガタと震えていた。
沿道では、数百万の国民が「エルゼ様ー!」「俺の病気も治してくれー!」と、もはや暴動に近い熱狂で私を歓迎している。
(……ねえ。私はただ、誰にも見つからずにビールが飲みたかっただけなのに。どうして軍隊に護送されながら、国を挙げてのパレードの主役になってるわけぇぇぇ!!)
空を見上げれば、巨大な「私」が、地上で戦車に揺られる「私」を見て、優しく微笑んでいた。
エルゼの「お忍び旅行」は、開始数時間で「隣国への神聖軍事パレード」へと書き換えられ、大陸の勢力図を再び根底から揺るがし始めたのである。
第2章、開幕!
「お忍び」のはずが、装備したアイテムのせいで「光り輝く神の行幸」に。
エルゼの行く先々で勝手に奇跡が起き、パレードの規模が膨れ上がっていきます。
今回のエルゼの絶望ポイント:
「空の自分と目が合う」という、世界規模の恥ずかしさ。
「お忍びが即バレするテンポが最高w」
「店主の『お代は結構です』へのエルゼの反応がクズすぎる」
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次回、第14話:
「『私は神ではない』と言えば言うほど、宗教法人が設立される件」
ソルステイム王都に到着したエルゼ。そこで彼女を待っていたのは、王子の父である「超・現実主義者」の国王だった!?
お楽しみに!




