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第12話:聖女エルゼの絶望:私のバカンスを返して

もう、これしか道はない。

 私は、鏡に映る「完璧すぎる聖女」の姿を見つめ、決意を固めた。


 都市は繁栄し、銀行は潤い、世界樹はすくすくと育ち、隣国の王子は泥まみれで溝を掃除している。……どこからどう見ても、ハッピーエンドだ。ただし、私以外の全員にとっての、だが。


「聞いて、アイリス。私、もう限界なの。……今夜、私は天に昇るわ(=地下の隠し部屋にこもるわ)」


 私は、涙を浮かべてアイリスに告げた。

 アイリスは、その言葉を聞いた瞬間、心臓が止まったかのような顔をして崩れ落ちた。


「……あ、ああ……。ついに、ついにこの時が来てしまったのですね。……この地上という狭い籠は、もはやあなたの魂を繋ぎ止めておくには、あまりにも卑小すぎた……」


(いや、単に仕事が多すぎて嫌なだけなんだけど。とりあえず、この『身代わりの石像』を使えば、私は死んだことになって自由になれるはず!)


 私は、教会の地下倉庫から掠め取ってきた「不気味な女性の石像」を用意していた。

 これに私の髪の毛を一本巻き付け、魔力を流せば、数時間は私の精巧な「遺体」として機能する。その隙に、私は事前に掘っておいた秘密の地下通路を通って、国境の向こう側へ逃げる算段だ。


「さようなら、みんな。私のことは、忘れてちょうだい(=二度と探さないで)」


 私は、世界樹の頂上で、全市民が見守るなか、演出用の「太陽銀貨(ラストの一枚)」を空に向けて放り投げた。

 銀貨が放つ黄金の光。私は、石像と自分を入れ替える術を発動させた。


 ――瞬間。

 世界が、真っ白な光に包まれた。


(よっしゃ! 脱出成功!! さらば聖女、こんにちはニート生活!)


 私は、光に紛れて地下通路へと飛び込んだ。

 背後からは、地を揺らすような、数万人の悲鳴と、絶叫と、そして……祈りの声が聞こえてくる。


「聖女様が、光になられた……!!」

「我々の罪をすべて背負い、ご自身を供物として、この大陸全土を浄化されたのだ……!!」


 ……あ。

 地下通路を走りながら、私はふと気づいた。

 私が使った「不気味な石像」。あれ、もしかしてただの身代わりじゃなくて、伝説の『魂の増幅器ソウル・アンプ』だったんじゃないかしら。


 嫌な予感は的中した。

 地下通路の出口――国境近くの森の中。

 そこから這い出した私が見たのは、私が望んでいた「静かな森」ではなかった。


「……何よ、これ」


 空を見上げれば、そこには巨大な、それこそ大陸の半分を覆い尽くすほどの「エルゼのホログラム」が浮かび上がっていた。

 石像が増幅した私の残留魔力が、空そのものを「私の肖像画」に書き換えてしまったのだ。

 しかも、その巨大なエルゼ像は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、全人類に向かってこう囁いている(ように、残留思念が自動翻訳されていた)。


『――私は、いつでもあなたたちを見守っています(=どこまでも追いかけてやるわよ)』


「ギャアァァァァァァ!!」


 私は頭を抱えて絶叫した。

 これじゃあ、どこに逃げても私の顔が空にあるじゃない!

 しかも、この光の影響で、大陸中の魔物が消滅し、すべての病が完治。人類は「史上最大の奇跡」に狂喜乱舞し、私の脱ぎ捨てた「聖女の羽織」を奪い合って新たな聖遺物にする始末だ。


 さらに最悪なことに。


「……見つけましたよ、エルゼ様」


 背後から、聞き慣れた、そして一番聞きたくない声がした。

 振り返れば、そこには涙で顔をぐちゃぐちゃにしたアイリスと、泥まみれのジークフリート王子、そしてメイド服のまま全力疾走してきたらしいベルティナが立っていた。


「……なんで、ここにいるのよ」


「わかります。あなたが『肉体』という不自由な器を捨て、霊体となって世界を救おうとされたこと。……ですが、我々もまた、あなたの魂の残滓(残り香)を追う程度には、貴女に染まってしまいました」


 アイリスが、私の手を取って跪く。


「逃がしませんよ。……いえ、逃がして差し上げられません。世界は今、あなたを『神』として必要としているのです。さあ、戻りましょう。あなたが作った、あの輝かしい神国へ」


「嫌よ! 私、バカンスに行くの! 誰にも邪魔されないところで酒を飲むのよ!」


「ああ、素晴らしい……。神となった今なお、『バカンス(=人類への永遠の休暇)』と『酒(=聖なる祝祭)』を求められる。……その飽くなき救済への渇望、一生かけてお供いたします!!」


 ――わあぁぁぁぁぁ! エルゼ様、お戻りだ!

 どこからともなく湧いてきた数万の信者たちに担ぎ上げられ、私は再び、黄金の都市へと連行されていく。


 空を見上げれば、巨大な「私」が優雅に微笑んでいる。

 地上を見れば、私のために命を捨てる準備ができた狂信者たちが道を埋め尽くしている。


 こうして、私の「死んだふり作戦」は、私を「不老不死の現人神」へと昇格させるという、これ以上ない最悪の結果に終わった。


「……ねえ。私のバカンス、どこ……?」


 私の呟きは、「神託」として即座に記録され、全人類が「バカンス(聖休暇)」を取り、世界がさらに平和になってしまうという、救いようのないハッピーエンドで第1章は幕を閉じた。


(どうしてこうなったぁぁぁぁぁ!!)


 エルゼの自由への戦いは、第2章「神様、まさかの隣国へお忍び(強制パレード)に行く」へと続く――。

第1章『追放された守銭奴聖女、うっかり世界を救って神になる』――完結!


エルゼが「自由」を求めてもがけばもがくほど、世界が物理的に平和になっていく。

この「逃げ場のない救済」こそが、彼女に課せられた最大の罰(?)でした。


ここまでエルゼの不憫な(?)活躍を見守ってくださり、ありがとうございました!

彼女の「神様ライフ」がさらに地獄になる第2章が見たい!と思っていただけたら、

ぜひ【ブックマーク】や【評価】をよろしくお願いします。

あなたの評価が、空に浮かぶエルゼ様の微笑みをより輝かせます(笑)


第2章、

「神様、まさかの隣国へお忍び(強制パレード)に行く」

お楽しみに!

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