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第11話:隠れ家の周りに村ができて、もはや都市なのだが?

窓を開けると、そこには絶望が広がっていた。


 数週間前まで、ここは「死の土地」だったはずだ。静寂と瘴気が支配する、引きこもりにはうってつけのパラダイスだったはず。

 なのに、今の光景はどうだ。

 整備された石畳の道。世界樹の魔力で夜も明るい街灯。そして、どこから湧いてきたのか、数千人の活気ある住人たち。


「……ねえ、アイリス。あそこにある、あの一際大きな建物は何?」


 私が遠くに見える、大理石造りの立派な建築物を指差すと、アイリスは誇らしげに胸を張った。


「あれこそ、エルゼ様が以前おっしゃった『富が集まり、人々が夢を見る場所』――エルゼ中央銀行(仮)でございます!」


「…………え?」


 ……思い出した。

 数日前、あまりに娯楽がなくて暇すぎた私は、適当に描いた「スロットマシン」と「ポーカーテーブル」の落書きをアイリスに見せて、こう言ったのだ。

「お金を賭けて、みんながドキドキして、運が良ければ大儲けできる……そんな建物を作ってよ。今の私には『刺激』が足りないの」と。


 私の意図としては、隠居生活のスパイスとしての「闇カジノ」だった。

 しかし、ジークフリート王子がその落書き(設計図)を見た瞬間、膝を打って叫んだのだ。

「なるほど! 太陽銀貨を担保とした中央発行紙幣による、大陸経済の統一……! 賭け(投資)によって富を循環させ、民に希望(配当)を与えるという、救世の経済学だ!!」


 結果。カジノになるはずだった場所は、大陸で最も信頼される「銀行」となり、私の落書きは「新通貨の図案」に採用された。

 現在、隣国の商人たちは「エルゼ様の顔が印刷された紙切れ」を手に入れるために、必死でこの村……もとい『聖都エルゼ』に物資を運び込んでいる。


(……なんでよ。私はただ、合法的にジャブジャブ金を使って遊びたかっただけなのに! 自分が通貨のモデルになって、誰がバカラを楽しめるっていうのよ!)


 さらに、私が「酒が飲みたい、安酒じゃなくて最高級のやつ」と言った結果。

 ベルティナが魔族のコネクションを駆使し、魔界でしか採れない「幻の果実」を世界樹の根元で栽培。

 それが、飲むだけで魔力が数倍に跳ね上がる「奇跡の霊薬エリクサー」としてブランド化され、一杯一千万ゴルドで取引されるようになった。


「エルゼ様。本日も霊薬の売り上げで、お庭にまた一つ『黄金の噴水』を増設しておきました。……貴女の富は、もはや国家一つを買えるレベルに達しています」


 ベルティナが事務的に報告してくる。

 ……金はある。腐るほどある。

 だが、その金を使う場所が「自分の名前がついた銀行」と「自分の顔が彫られた噴水」しかない。これは、もはや拷問だ。


「……もう嫌。私、ちょっと散歩に行ってくる。誰にもついてこないで!」


 私は現実逃避のために、カバンを持って庵を飛び出した。

 だが、街に出た瞬間。


「「「エルゼ様! 聖女様がお出ましだ!!」」」


 道ゆく人々が一斉に道を開け、ひれ伏す。

 かつての難民はピカピカの服を着て、幸せそうに「エルゼ様、今日の配当も最高でした!」と感謝の言葉を投げかけてくる。


(……やめて。その笑顔が痛いのよ。私が投資ギャンブルを推奨したのは、アンタたちの生活を豊かにするためじゃなくて、私の私欲のためなのよ!)


 私は逃げるように、まだ開発の進んでいない「都市の外れ」へと向かった。

 そこには、一軒の怪しい店があった。

『幸運のダイス・賭博場』。

 ……あった! 私が求めていたのは、こういう小汚い娯楽だ!


 私は聖女の羽織を脱ぎ捨て、一般市民のふりをして(のつもりで)店に飛び込んだ。


「ねえ! 私、これ全部賭けるわ!」


 私はカバンに残っていた「太陽銀貨」を一掴み、テーブルに叩きつけた。

 城が数個建つほどの価値がある銀貨だ。これで店を潰して、阿鼻叫喚の地獄絵図を楽しんでやる……!


 ……だが、ディーラーの男は、銀貨を見た瞬間に泡を吹いて卒倒した。

 そして、客たちが一斉に私の正体に気づき、嗚咽を漏らし始めた。


「……おお……あああ! 聖女様が、あえてこのような場に……!」

「わ、わかったぞ! 聖女様は、我々の『射幸心』という罪を、自らこの銀貨(聖遺物)で買い取ってくださったんだ!」

「『全部賭ける』……。それは、この世のすべての『不運』を、ご自分が引き受けるという宣言……!!」


 ――わあぁぁぁぁぁ! エルゼ様! 賭博の神様!!

 客たちは手に持っていたダイスを捨て、今日から「真面目に働きます!」と誓い合い、店を片付け始めた。


(……違う! 私は、スリルが欲しかっただけなの! 誰が不運を買い取るなんて言ったのよぉぉ!)


 十分後。

 その賭博場は「エルゼ様直轄・更生施設」として看板が掛け替えられた。


 私は、空になった(というか重すぎて持てなくなった)カバンを引きずりながら、黄金の夕陽に染まる『聖都』を見上げた。


「……ねえ。私、もう何をやっても『良いこと』になっちゃうの?」


 アイリスが後ろからそっと忍び寄り、感涙にむせびながら囁く。


「はい、エルゼ様。あなたの存在そのものが、この世界の『正解』なのです。たとえあなたが世界を滅ぼそうとしても、それはきっと『より良い新世界のための掃除』として、人々は喜んで灰になるでしょう」


(……この世界、詰んでるわ)


 聖女エルゼの「隠居への絶望」は、都市一つを呑み込み、大陸の経済を支配し、いよいよ誰の手にも負えない「奇跡の怪物」へと進化していくのだった。

「闇カジノを作れ」と言ったら「大陸初の中央銀行」が爆誕した件。

エルゼがどれだけ堕落しようとしても、世界が強制的に彼女を「聖人」へと矯正してしまいます。

もはや、ただの散歩すら「宗教的パレード」になる地獄。


都市のあるじになってしまったエルゼ。

しかし、第1章のラスト、彼女はついに「死んだふり」という究極の手段を思いつきます。


「太陽銀貨でベタなギャンブルしようとするエルゼに草」

「アイリスの『世界が滅びても正解』発言が怖すぎるw」

と思っていただけたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価】をよろしくお願いします!


次回、第12話(第1章・最終回):

「聖女エルゼの絶望:私のバカンスを返して」

伝説の幕開け、完結! そしてエルゼが選んだ「衝撃の結末」とは!?

お楽しみに!

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