第1話:聖女、教皇の靴にワインをこぼす
いつもお読みいただき、ありがとうございます! 朝比奈ミナです。
本作は、
「とにかく楽して生きたい最低な聖女」と、
「彼女を神と信じて疑わない、地頭が良すぎて一周回っちゃった有能な人たち」
が織りなす、すれ違い120%の勘違いコメディです。
主人公のエルゼは、内面こそゲスですが、結果的には(うっかり)誰もが幸せになる物語を目指しています。
【本音】=地の文(エッジの効いた心の叫び)
【建前】=セリフ(神々しいまでの演技)
この二つの温度差を楽しんでいただければ幸いです!
もし「こいつ、最低で最高だな」と思っていただけたら、
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作者がスルメを齧りながら狂喜乱舞します!
それでは、聖女エルゼ様の「華麗なる没落(?)劇」、開幕です!
「あー、腰が痛い。マジで。あと何分このポーズしてりゃいいのよ」
大聖堂の祭壇前。ステンドグラスから差し込む神々しい光を浴びながら、私、聖女エルゼは膝をついて祈りを捧げていた。
周囲には、私の「敬虔な姿」を一目見ようと、息を呑んで見守る神官や貴族たちが並んでいる。
彼らの目には、私は「人類の罪を一身に背負い、神との対話に身を捧げる美しき聖女」に見えていることだろう。
だが、現実は非情である。
私の脳内は、今朝届いた隠し口座の残高確認と、この後の「退職計画」でいっぱいだった。
(よし、着服……もとい、寄付金の『有効活用』で貯めた裏金は、すでに国外の秘密金庫に移した。偽造した身分証もバッチリ。あとは、このクソ面倒な『聖女』という肩書きを、いかに『円満かつ不可抗力的』に脱ぎ捨てるか、よね)
この国の教会は腐りきっている。
私を聖女として祭り上げ、民衆から重税を毟り取り、私にはろくな給料も払わず、毎日毎日「祈れ」「微笑め」「肉を食うな」と押し付けてくる。
バカバカしい。私が神に祈って、天気が良くなったり病気が治ったりするのは、全部私の体質……というか、まあ「たまたま運が良いだけ」だ。
こんなブラック職場、今日で辞めてやる。
私は、わざとらしく大きく溜息をついた。
そして、傍らに置かれた儀式用の高価な赤ワイン――『神の血』と呼ばれる最高級ヴィンテージ――のグラスを、震える手で(のふりをして)掴んだ。
「教皇様……。私には、見えます……」
私は、玉座にふんぞり返る教皇に向かって、力なく歩み寄った。
教皇は、いかにも「聖女を支配しているのは私だ」という傲慢な笑みを浮かべて頷く。
「おお、エルゼよ。神は何と仰っておられるのか?」
(「さっさと引退して酒を飲ませろ」って言ってるわよ、このクソジジイ)
私は、わざと足をもつれさせた。
狙いは、教皇が自慢している「純白の絹で編まれた特注の聖靴」だ。これにワインをぶちまければ、汚職にまみれた教皇は激怒するだろう。
聖女が「神の血」を教皇の足にぶっかける。これはもう、不敬罪どころの騒ぎじゃない。確実に「聖女剥奪」および「国外追放」は免れないはず。
「あっ……!」
完璧な演技だった。
私の手から離れたグラスが、美しい放物線を描いて宙を舞う。
真っ赤な液体が、教皇の真っ白な足元へ向かって降り注ぐ――。
――バシャッ!!!
静寂に包まれた大聖堂に、液体がぶちまけられる音が響き渡った。
よし、やった! 私は即座に地面に平伏し、心の中でガッツポーズを決めた。
(さあ、怒れ! 罵れ! 「この不浄な女め、今すぐ追放だ!」って叫びなさいよ!)
ところが。
一分経っても、怒声は聞こえてこなかった。
代わりに聞こえてきたのは……「う、うわああああ!」という、誰かの悲鳴のような、歓喜のような叫びだった。
「……? え、何?」
私が顔を上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「……消えた……。教皇様の足元に、巣食っていた『死の斑紋』が……消えたぞ!!」
教皇の足元に跪いていた侍従の医師が、震える指で教皇の靴を指差している。
見れば、教皇の靴は赤く染まってなどいなかった。それどころか、ワインが触れた瞬間にまばゆい光を放ち、靴を通り越して「教皇の足そのもの」を浄化していたのだ。
実は、この教皇。長年の不摂生と悪行の報いか、足に原因不明の壊死(呪い)が進行していたらしい。それを隠すために厚い靴下を履いていたのだが、私のぶちまけた「神の血」が、なぜか最強の解呪薬として機能してしまったのである。
(はあ!? なんでよ! あれ、ただのアルコール度数高めの酒じゃないの!?)
呆然とする私の前で、教皇が自分の足を信じられないものを見るような目で見つめ、そして――。
「おお……おおお! 体が軽い! 痛みが、長年の呪縛が消えていく……! 聖女エルゼよ、お前は……お前は私がこれほどまで苦しんでいたことを予見し、あえて不敬を装ってまで、私を救ってくれたのか!?」
「え、いや、あの」
「これぞ真の慈愛! 教皇である私にさえ、その傲慢を嗜めるためにワインを浴びせ、同時に病を癒す! なんという、なんという深く、峻厳な計らいだ……!」
教皇がボロボロと涙を流し、壇上から降りて私の手を取った。
周囲の騎士たちも、一斉に剣を捧げて跪く。
「聖女様……! 私たちは愚かでした! あなたがワインを溢した瞬間、『粗相をした』などと一瞬でも疑った自分を斬り殺したい!」
「なんという高潔な魂! まさしく、神の代弁者だ!」
(違う! 私はただ、アンタの高級そうな靴を汚して、クビになりたかっただけなのよ!)
私の必死の否定は、周囲の「感動の嵐」にかき消された。
そして、さらなる悲劇が私を襲う。
「エルゼよ。お前の力は、もはやこの狭い大聖堂に留めておけるものではない」
教皇が、晴れやかな(私にとっては絶望的な)笑顔で宣言した。
「お前を『特使聖女』に任命する。今すぐ、我が国が長年放置せざるを得なかった北方の『魔の土地』へ向かうがいい。お前のその慈愛で、あの死に絶えた大地を救ってほしいのだ!」
(……待って。それって、追放じゃなくて、栄転じゃない。しかも一番危険な場所への出張じゃないの!)
「アイリス! 王国最強の騎士であるお前を、聖女の護衛に付ける! 彼女を全力で守り、その奇跡を世界に知らしめるのだ!」
「御意に! この命、エルゼ様のために捧げます!」
銀髪の美人騎士アイリスが、狂信的なまでに目を輝かせて私を見つめてくる。
こうして、私の「優雅な隠居生活」への夢は、たった一杯のワインのせいで、音を立てて崩れ去った。
(どうしてこうなった……!! 私はただ、働きたくないだけなのに!)
豪華な馬車に乗せられ、世界で最も危険な魔境へとドナドナされていく私を、数万の民衆が「聖女様、万歳!」と涙ながらに見送っていた。
私の「聖女伝説」は、こうして最悪の形で幕を開けたのである。
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次回、第2話:
「追放決定! 退職金(横領)は鞄いっぱいの金貨」
当面の間は1日に3話の投稿予定です。
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