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イワセル 3

「で、どうだったんですか?」

「ありがたい事に、オカルト好きな変わり者の刑事のおかげで情報は得られそうだ」

「ツいてますね先輩」


 檜垣の言う通り、立石という刑事はオカルト絡みの件と分かるや否や、目を爛々とさせながら協力を快諾してくれた。警察という立場上とは別に個人的な趣味、興味の範疇で動くから問題ないと本人は言っていたが、バレた時に到底周囲を納得させられるものではない。笠原としては立石の首が飛ぼうが飛ぶまいが関係ないので特に何も言う事はなかったが。


「お前、あの資料どう思う?」

「湯前教授のですか」

「ああ」

「んー、村の掟云々の部分は現実としてあってもおかしくはないと思いますよ。世界的に見ればこんな文明や教えの中で暮らしてる人間はいっぱいいるわけですし。実際に掟を破った人間が処罰されていたっていうのも。まあ、守り人っていう存在はよく分からないですけど。ただそこから発展して現代で呪いのように人が死んでるっていうのは解せないですよね」

「解せない、か」

「そうでしょ。オカルト過ぎますし、オカルトだとしてもどうして掟を破った呪いが今になって発動したのか、発動しているのならもっと犠牲者が出ていても良さそうに思えますし」

「俺らがまだ知らないだけかもしれんがな」

 

 美玖が口にした疑問は笠原も感じている所だった。

 掟の拡散により三猿封じが発生しているとして、実際に出ている犠牲者は田所と間瀬の二人のみ。守り人という存在がいるとするなら、その力はさほど大したものではないのかもしれない。


 いや、そうじゃない。

 二人の配信者の死によって見谷村の存在は拡散された。とすれば二人の死はただの足掛かりに過ぎないとも思えた。


「これからどうします?」

「そうだな……」


 知りたい事は山ほどあるが、まず田所に情報提供した人物について、立石によれば特定は難しいという。アカウントは即席で作成されたようなユーザーで、固有のスマホやPCを介さずに、特定される事を避けるように使用されているという。もう一つ分かったのは、田所以外の不特定多数の配信者にも同様の情報提供のメッセージが送られていたという。

 田所に送信したアカウントとは異なっていたが、おそらくは複数アカウントを利用した同一人物だろう。やはり何らかの意図を持って掟を拡散させようとしているように思える。

 

 情報提供者の特定はひとまず厳しいとして、他に出来る事となれば根源を辿る事ぐらいか。湯前。現状最も怪しい人物ではあり頼りたくはないが、今頭に浮かぶ人物は他になかった。交換していた連絡先に嫌々ながら電話すると湯前がすぐに応えた。


『お待ちしてましたよ。現地に行かれるのですか?』


 開口一番、湯前の言葉はあまりに察しが良すぎた。一瞬盗聴でもされてるのかと疑ったが、次に連絡する際は現地に云々と言っていた事を思い出し合点した。


「そのつもりです」

『分かりました。同行させてもらっても良いのですね?』

「そうお願いしようと思って連絡させてもらいました」

『ありがとうございます。今すぐにでも行きたい気持ちではありますが、タイミングを合わせる必要があります』

「タイミング?」

『そうです。また確認してから連絡しますので少々時間をください』


 そう言って一方的に電話は切られてしまった。


「教授は何て?」

「タイミングがどうとかで少し待ってくれと」

「お忙しいんですかね」

「いや、そういうわけでもなさそうだったが」


 どう動くべきか。現地にと言ってもただダムを眺めた所で答えなど出ない。そもそも村自体はダムの底に沈んでいる。痕跡や手掛かりが現地に残っている可能性は限りなく少ないだろう。だが今までも僅かな可能性から拾い上げた材料で記事を練り上げるなんて事はいくらでもやってきた。少しでも何かが分かればそこから更に情報を引き上げる事が出来るかもしれない。


「先輩、この記事書くんですか?」

「ああ、書くよ」

「……書かない方がいいんじゃないですか」

「え?」


 美玖は真剣な顔で笠原を見ていた。


「これ以上見谷村の存在を拡散させる行為はあまりしない方がいい気がします」

「どうしたよ。俺以上にオカルトを毛嫌いして否定している人間が今更何言ってんだ。そもそもとっくに拡散されてるんだ。今更俺が記事を書いたところで何も変わらない」

「違います。記事にする事自体がまずいんじゃないかって事です」

「どういう意味だ?」


 美玖の言いたい事がさっぱり見えない。


「三猿封じ。三猿の掟。これって見ざる、聞かざる、言わざるをベースにしてるんじゃないかって話でしたよね」

「そうだ」

「田所の動画配信。間瀬の音声配信。それぞれ見たり聞いたりして楽しむものですよね。三猿に照らし合わせれば、見ざる、聞かざる。まだあと一つ残ってます」

「言わざるか」

「そうです。言葉にする。つまり言語化。記事にする事ってまさにこれにあたると思いません?」


 美玖の言わんとしする事がようやく理解できた。しかしそれは笠原自身ももちろんずっと頭にあった事だ。事象と情報を組み合わせれば想像は容易だ。


「それは分かるが、言語化という意味でなら記事じゃなくても散々ネット上でされているじゃないか。それはどうなるんだ」

「先輩が三猿の掟の話を初めて教えてくれた時、似ているけど全く異なる別の三猿が存在しているって言い方してましたよね」

「ああ」

「似ているけど全く異なる。その意味を考えたんですけど」


 美玖は自分の手帳にさっと文字を書いた。


 ”見ざる、聞かざる、言わざる”


「これが通常の三猿ですよね。で、見谷村の三猿の掟が」


 ”見せない、聞かせない、言わせない”


「つまり掟を破る行為というのは」


 ”見させる、聞かせる、言わせる”


「こういう行為ですよね。これらが三猿封じに該当すると」

「丁寧にどうも。それと俺が記事にしちゃいけない理由ってのがどう繋がるんだよ」

「笠原さん、記事の内容拡散させるつもりでしょ」

「は?」

「”見谷村についての情報があればぜひ提供願いたい。その為にこの内容を広めてほしい” そういった文言も入れて書くつもりでしょ」


 笠原は思わず言葉に詰まった。図星だった。


「掲載する記事自体は完璧に仕上げる必要はありませんからね。締め切りも近いですし先に書き上げないといけないでしょ。だから継続して調査を続けながら、記事自体も情報収集の一環として利用する。そういうつもりですか?」

「締め切りは絶対だからな。書かなきゃ餓死する」

「書いたら死ぬかもしれませんよ」


 記事として書くだけならルールには抵触しない。しかしそこに拡散を促す要素を追加するとなれば他の人間にも言語化させるという事になり、三猿封じの対象と成り得る。


「妹さんの手掛かりを得る為、ですか」


 自分自身一番ぞっとしていた。特別考えがあってそうしようと思っていたわけではない。記事の構想として自然と頭の中で描いていた形だった。

 自分の意思なのか何かが介在しているのか自然と笠原は見谷村の事を拡散させる方向で考えていた。記事だけではもちろん弱いので様々な形で言葉にして拡散する事も視野に入れていた。

 自分の中では当たり前の思考回路だった。美玖に言われるまで疑問にすら感じなかった。もちろん書いたからと言って死が確定するわけではない。むしろ既に似たような行動を起こしている人間だっているだろう。それでも少し考えれば分かる様な可能性に思い当たらなかった自分が恐ろしかった。


「出来れば記事を差し替える方が望ましいでしょうけど、締め切りの都合もありますからね。今から新しいネタと言っても厳しいですし。だからせめて言わせるのルールに触れないようにだけでもした方が良いと思います」

「……そうかもな」


 もしかすれば田所に情報提供を行った人物とコンタクトを取れる可能性もあるのではと期待している部分もあった。だが美玖から色々と言われた今、そんな気も削がれてしまった。とりあえずは美玖の言うように安全な形で記事を仕上げ、湯前の言うタイミングとやらを待つとしよう。


「ありがとう。お前の方はどうなんだ?」

「心配無用。もうとっくに校了してます」

「さすがだな」

「興味あればいつもの共有フォルダにあるんでご自由に閲覧どうぞ」

「そんな暇ねえよ。さっさとこの記事を仕上げなきゃならん」

「そうですね」


 美玖がにっと軽く笑って見せた。

 心がほぐれた事で、ずっと自分の精神が張り詰めていたんだと知った。真美の事が絡んでいるだけあって、締め切り以外でずいぶんと精神がすり減っていたらしい。

 もっと社会性のあるテーマを扱った記者になりたかった自分にとっては、オカルト記事は飯を食う為の手段でしかなく何のやりがいも感じない職場だった。だがこうして仲間がいてくれるという事が単純にありがたかった。


「協力出来る事があったら言ってくださいね。拡散させる以外で」

「ああ、ありがとう」


 言葉以上に笠原は美玖に感謝していた。

 落ち着こう。そう思うと一気に疲れが押し寄せてきた。ここらで一度ちゃんと休んだ方がいいかもしれない。締め切りまで日がないとは言え、明日一日あれば問題なく書き上げられる。

 笠原は一人暮らしのアパートに戻るや布団に倒れ込むと、気を失ったかのように眠りに落ちた。


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