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イワセル 2

「檜垣さんですか?」


 煙草を吸いながらゆっくり出来る場所が減っていく中、この喫茶店ではゆったりと煙草をくゆらせながらコーヒーを啜る事が出来る数少ない場所だった。

 一時の間、檜垣は幼き日の恐怖の記憶や事件から逃避した。しかしそんな時間をふいに何者かが遮った。


「誰だ?」


 男は許可もしていないのにどかりと対面に座った。見た目に気を遣わないタイプか髪も服装も野暮ったいが、無精ひげを生やした顔立ちは妙に渋く整っている。自分よりも年下である事は間違いないだろうが、年齢が読みづらい見た目の男だった。


「電脳怪聞の笠原と言います」


 言いながら男は名刺を差し出した。聞いたことのない雑誌社だったが、立石に見せれば喜びそうな名前だなと思った。


「しがないオカルト雑誌の記者をやっています。最近起きている怪死事件について調べています」

「怪死事件ってのは?」

「田所恭一、間瀬良和。ご存じですよね?」


 なるほど。二人の死はオカルト雑誌のネタとしては持ってこいという事か。確かに奇怪な事件である事は認めるが、人の死をネタとして扱い愚弄する者に話す事など一つもない。


「で?」


 帰れと突っぱねたい所だが、この男が手ぶらで会いに来たとは思えない。調べているのであれば何かしら情報は持っているだろう。


「今回の事件を調べているとお聞きしましたので、直接お話が出来ればと」

「あんたが喜ぶような話は何もないけどな」

「警察の身であれば当然の反応ですね」


 笠原は特に気にすることなく鞄から書類を取り出し机の上に置いた。


「私もオカルトは別に信じていません」

「ほう。じゃあ何故オカルトの記事なんてい書いている?」

「こんな所でしか記事を書いて金をくれる場所が自分にはなかったんで」

「生きる為か、結構な事だ。それで、これが記事の原稿か?」


 とんとんと目の前に置かれた書類を指で叩く。


「そんな所です」

「今読めと?」

「差し上げますよ。後お時間もないでしょうから端的に今お話もさせていただきます」

「貴重な休憩時間だから手短に頼むよ」


 笠原の口から語られた内容は、檜垣自身が既にネット上で知り得たものから民俗学者による村の歴史についてといった未知の情報も含まれていた。ただ内容はどこまでとってもオカルトの範疇で、現実的に事件解決へと繋がるものはなかった。


「こんなものを信じろとでも?」

「最初にも言いましたがオカルトは別に信じていません。記事のネタとして仕上がればそれで良いので」

「じゃあ話は終わりだな」

「妹が消えたんです」


 檜垣がこれ以上は無駄と席を立とうとした時、笠原が狙ったかのようにぼそりと呟いた。檜垣は思わず動きを止めた。


「どういう事だ?」

「自分でも妙な話なんですけどね」


 笠原はこの事件に触れた時、消えた妹の事を思い出した。そしてその妹が失踪する前に残した言葉が見谷村だったと語った。


「記憶違いとかじゃねえのか?」

「そんなはずない。はっきりと思い出せるんです。俺を見て見谷村の事を口にした時の顔も、声も」


 笠原の顔には逼迫したものが感じられた。それはネタの締め切りなんかとは別の深刻なもの、妹に対してのものだった。檜垣は持ち上げた腰を席に戻した。


「今回の記事は仕事だけで動いていないんです。その先に妹の手掛かりがあるかもしれない」

「それでわざわざ直接刑事である俺を辿ってきたのか?」


 笠原はこくりと頷いた。同情は出来る。ただだからといってほいほい捜査情報を渡すわけにはいかない。と思っていたが、少し考えが変わった。


「妹さんの失踪届は出しているのか?」

「分からないです。何せ妹の記憶が部分的にしかないですし、親も既に他界しているので」

「分かった。こちらでも何か情報があるかは調べて見よう。ただ今回の事件についての情報を俺の口から伝える事は出来ない。それは分かってもらえるだろう」

「それは、分かっているつもりですが……」

「立石という刑事がいる。そいつに一度話を振ってみるといい」

「え?」

「オカルトに目がない奴でな。俺よりは興味を示すだろう」

「あ、ありがとうございます」


 笠原は檜垣に向かって頭を下げた。気怠い見た目とは裏腹に根は実直な性格の男なのだろう。立石にも見習ってほしいものだ。

 自分の口から易々と情報公開なんてもちろん出来るわけがない。当然立石も同じだが、ひもともと倫理感や規律といったものに欠けた男だ。合わせてオカルト絡みであれば口を滑らせる可能性はある。そうなれば責任問題にも発展するがその時はてめぇ自身で尻を拭かせる。奴は人間としてあまりに危うい。これがきっかけで厄介払いが出来るかもしれない。


「俺と話したことは立石には言うなよ」

「分かりました」


 伝票と書類を手に取り席を立った。

 笠原の妹の失踪。これも見谷村と関連があるのかと思いながら、一つ気になった事があった。

 笠原は急に妹の記憶が甦ったと言っていた。檜垣と同じだ。幼い日の体験を急に思い出した。これもまた何か関連があるのか。

 全てが見谷村を発端としている。安直で不確定極まりない、オカルトを前提とした刑事失格の思考回路。


“認めた方が楽かもですよ。全部オカルトだって”


 一蹴したはずの立石の言葉がふと甦った。

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