三猿の掟 2
「どうでしたか、湯前教授は?」
「普通だったよ。喋る分にはな」
「なんだか含みのある言い方ですね」
「前評判はおそらく間違っていない。ありゃ要注意人物だ」
「調整して私も行けばよかったなー」
「嫌でも会う事になるさ」
ーー出来れば会いたくはないがな。
湯前の資料は簡潔で分かりやすいものだった。こちらに合わせた資料作成をしてくれたなら細やかな配慮だが、果たしてあの男にそこまでの親切心といった人間らしい感情が存在しているかは甚だ疑問だ。
『見谷村が実在した村であることは様々な史実や記録より事実と言えるだろう。しかし残された情報はかなり少ない。その理由こそこの村独自の掟によるものである』
『三猿の掟。これが見谷村の全てとも言える。この掟は村長の垣崎創平により定められたもので、自分達の世界こそ神聖な領域で全てであり、それ以外の存在は害と成す極端な閉鎖的思想がこの村の基礎となっている』
『”見せない” ””聞かせない”” ”言わせない” これが三猿の掟だ。現代に生きる我々にとっても聞きなじみのある言葉をきっと想起するだろうが、それとは少し性質やニュアンスが異なる。外界に触れない事はもちろん、触れさせないという部分が重要になっている』
『そして何より恐ろしいのがこの掟を破った者に与えられる”三猿封じ”と呼ばれる罰だ。禁忌を犯した者は三つの掟になぞらえた形で処刑される』
『視覚、聴覚、言語を惨たらしい方法で奪われる。この処刑については当初創平自身の手によって行われていたが、ある時期を境に”守り人”と呼ばれる者が処刑を執行するようになっている。俄かには信じがたいがこの守り人という存在は超常的なもので、記録には感覚を通じて触れることなく処刑を行ったとされている』
『今現実で起きている奇怪な事件はこの三猿封じと似通った点が見られる。情報が拡散された事で掟を破ったとされ、三猿封じの対象となったのではないかと考えられる』
『村は消滅したが掟は今も生きている。それはつまり守り人が生きている事を意味する。村人の遺体が上がっていない事からも可能性はあり得るのではないか』
『そして配信によって三猿封じが発生している事を考えれば、これから起き得るであろう事は想像に難くない。拡散は即ち処刑対象の拡大でもある』
『つまり、我々も既に処刑範囲内と言えるだろう』
資料はそこで終わっていた。
ーーふざけてるのか。
これが小説や映画であれば、出来の悪いバッドエンドや打ち切り作品としてまだ納得出来る。しかし資料の締めくくりとしてはこれでは困る。
既に自分も含め多くの人間が処刑範囲だと?
記事として引っ張るなら一旦これでもいいだろう。だがこれでは謎も解けず妹にも会えずに終わりだ。三猿封じが何かをきっかけに始まったものなら、終わらせる方法がなければ困る。
“読んだらまた連絡下さい”
それも含め今回の件に自分の存在は必須だとでも言うつもりなのか。なるべく関わりたくないが、どうにもやはりあの男には会わざるを得ない展開になりそうだ。
一旦この事は横に置くとして、並行して処理しておきたい事がある。田所だ。
民俗学者である湯前がこれだけの情報を拾えているのは彼独自の経験やフィールドワークがあってこそのものであるだろうが、有名配信者とはいえただの若者が簡単に辿り着ける情報ではない。彼がどうやって見谷村の情報を手に入れたか。動画内で語られた情報提供者とやらを何とか追いたい。改めて考えた時、自然な考えに辿り着いた。
ーーまさか湯前が?
笠原が接触した事をきっかけに資料を纏めたなんて言っていたが、それらが全て元々手元にあった情報だとすれば提供者の条件は満たしている。
ではその目的は。配信者を通じて見谷村の存在を知らしめるという情報の拡散。しかしそれは情報の拡散だけではなく、三猿封じといういわば呪いの拡散を意味する。
”死ねたんでしょう? 素晴らしいじゃないですか”
呪いの拡散こそが狙い。発言含め考えれば考える程、湯前という男の怪しさが濃くなっていく。
決まったわけではないが、見谷村の知見という立場だけではなく、今回の事件そのものの重要人物としても湯前は注目しておいた方が良さそうだ。
この点を見極める為にも、田所に情報提供した人物が何者なのかをいずれにしても追わなければならない。その答えを知り得る相手との接触が必要だ。