ミサセル 1
「ひでぇ有様だな」
檜垣は椅子にもたれかかる男を見て思わず顔をしかめた。
「見ちゃいけねぇもんでも見たのかね」
「見ちゃいけないものってなんですか?」
立石は目の前の男を恐れることなくぽりぽりとこめかみをかく。新米の若造っぽい見た目と反して、こういった現場で物怖じする様を一度も檜垣は見た事がなかった。場数故か、もともとの気質や性格なのかは何とも言えない。
「さあな。なあ、何を見たんだよあんた」
男の両眼は綺麗にくり抜かれて、くぼんだ眼窩からは黒ずんだ血が溢れ出ていた。
答えが返ってこないと分かっていても毎度言葉を投げかけてしまうぐらい、死体に慣れてしまった自分がたまに悲しくなる。
いつも思う。被害者が見たものを可視化出来ればどれだけ捜査は楽だろうかと。それが分かれば様々な手間が減る。犯人が何者でどうやって犯行に及んだか、その場で被害者が見たものが少しでも分かるならこれほどありがたい事はない。技術がめざましく進歩した現代でも、残念ながら未だにその願いは叶っていないが。
「檜垣さん。こいつ、おもしろそうなもの見てますよ」
「仏さんをこいつだなんて呼び方をするな」
立石は悪びれる素振りもなくちょいちょいと机の上のPCを指差す。
「どうした?」
「スリープしてるだけで電源点けっぱなしだったみたいです。見てくださいよこれ」
《閲覧注意:ダムに沈んだ“消えた村”の真相を暴いてみた》
「何だこれ?」
「こいつ、Youtuberみたいですね」
「配信者か」
「あ、さすがに檜垣さんでも知ってましたか」
「てめぇもここに沈めてやろうか」
「え、消えた村にどうやって? 先輩信じるタイプですかこういうの?」
「……お前、友達いねぇだろ」
「いるわけないじゃないですかそんな無駄なもの」
こいつと仕事以外の会話に興じるほうが無駄の極みだ。檜垣はため息一つ吐いて無理矢理気分を落ち着かせた。
画面を見る限り動画のアップロードは完了しているようだった。試しに動画の再生画面に飛んでみる。投稿されたのは昨日の二十一時。現在朝九時の時点で再生回数は十万程度。どうやらなかなかに有名人らしい。反応も多く寄せられていた。
「なんだかオカルトの香りがぷんぷんしますね」
「くだらねぇ事抜かすな」
薄気味悪い笑顔を浮かべる立石の言動には腹が立つが、立石がそう口にした理由は別にもあった。現時点でドアや窓には鍵がかかっていたものの外部侵入の形跡はなく凶器も発見されていない。そうなると自然と考えは自殺に向くが、わざわざ自分で自分の両眼をえぐるなんて死に方を選ぶとも思えない。そもそも確実に死ねる方法でもないので、なおさら両眼をえぐる理由も分からない。
そんな事を考えながら何気なくコメント欄をスクロールしていると妙なコメントが目についた。
56 :見谷村の者 :2025/05/03(日) 01:05:32.57 ID:tkmYo3Xn
>掟を破ったら守り人に目玉とられるよ
掟。守り人。確かにひどいオカルト臭がする。ふんっと鼻で笑って一蹴する。
「さ、仕事仕事」
口にしながら自分が無理にでも頭を切り替えようとしている事に少し動揺した。
“やっと見た”
思わず身震いした。忘れ去っていた遠い過去が急に顔を覗かせた。途端、立石の言葉が当たってくれるなという情けない考えが頭を過った。