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友人のタワーマンション

作者: 雉白書屋

「よく来たな! 俺のタワーマンションに!」


「お、おお……」


「どうした? 圧倒されたか? 俺のタワーマンションによお!」


「いや、ここ全部がお前のものってわけじゃないだろ」


「ははは! さあ、来いよ! すげーだろ! このエントランス!」


 友人の山田が、最近買ったタワーマンションをどうしても見せたいとしつこく言うので、仕方なく仕事帰りに奴のマンションに来た。

 いやしかし、入る前から想像はついていたが、エントランスに足を踏み入れた瞬間、その豪華さに圧倒された。黒と白とダークブラウンの落ち着いた配色に、結晶のように輝くシャンデリア。あのソファーだって何十万もするだろう。まるで高級ホテルだ。だが、この光景も、住人たちは生活するうちに慣れて、なんとも思わなくなるのだろう。その感覚は想像がつかない。


「なあ、すげえだろ? お前のとことは大違いだよな?」


「ああ、確かにすごい。でも、コンシェルジュはいないんだな。こんな豪華なマンションならいてもよさそうだけど……」


「あー、もう帰ったよ。ホワイトな職場だからな! あのシャンデリアみたいにさ! ははは!」


「あー、ははは……でも、もしかしてここってまだ――」


「さ、エレベーターに乗れよ。俺の部屋まで案内するぜ」


 山田に促され、おれたちはエレベーターに乗った。上昇中、奴はフィットネスジム、プール、屋上デッキ、シアタールーム、ランドリールームなどの施設をまるで自分が設計したかのように得意げに語り始めた。おれは適当に聞き流した。どうせすぐに――


「さあ、着いたぞ」


「えっ」


「ん? どうした?」


「いや、五十階!? ここ最上階じゃないか!?」


「おうよ! ほら、来いよ!」


 夢でも見ている気分だ。二、三階あたりで降りて、「いや、自慢してたけど結局普通のマンションと変わらないだろ」とツッコむつもりだったのだが、まさか最上階とは……。山田とは高校時代からの付き合いだが、奴が就職した会社は確か、こんなマンションが買えるほどの給料じゃなかったはずだ。ああ、絶対にありえない。いや、待てよ。その会社は辞めたんじゃなかったか……? じゃあ、もっといいところに転職したのか。いや、それでもまだ三十代だ。おれだって、今住んでいるマンションはローンを組んで買ったというのに、いったいどうやって買ったのだろうか。まったく見当がつかない。


「ほらほら、ここが俺の部屋だ! さあ、入れよ!」


 部屋に入ると、山田の自慢話にさらに拍車がかかった。最新のキッチン設備、バルコニーからの絶景、リビングには超大型のホームシアター。内心、少し羨ましくもあったが、奴のハイテンションにはさすがにうんざりしてきた。


「まあ、お前も男なら、こういうとこに住めるようになれよな」


「ああ、ははは……でも、本当にすごいな。このクローゼットなんかも広――」


「おい! 勝手に開けんなよ! タナー違反だぞ!」


「タナー違反……?」


「タワーマンションのマナーだよ。界隈じゃ常識だぞ」


「あ、そう……悪い」


 クローゼットを開けようとした瞬間、山田に押し退けられ、少しよろけた。どうも疲れたみたいだ。この豪華な空間に当てられたらしい。ツッコむ気力も失せた。そろそろ帰ろう。山田は解放してくれなさそうだが。


「なあ、今日はそろそろ帰るよ。仕事がきつかったからさ……」


「おう、いいぞ」


「え、あ、ああ」


 てっきり、まだ自慢し足りないと引き留められると思っていたが、「今日がいい! 今すぐ来い!」と強引に誘った手前、さすがに山田も気が引けたのだろうか。

 おれたちは部屋を出て、エレベーターに乗り込んだ。


「いやー、ほんとはジムとかプールとか、他の施設も見せたかったんだけどさ、住人以外立ち入り禁止なんだよなあ。まだ入居して間もないし、その辺のルールを破ったら、俺の立場が危うくなっちゃうからさあ」


「ああ、まあ、別に見たいとも言ってないけど……そう言えば、他の住人が全然見当たらないな」


「ああ。プライバシーが徹底してるからな。しかし、ほんとテーマパークみたいだよなあ。このエレベーターも住人専用の高速エレベーターでさ、ほら、あったよな、あの遊園地にこんなアトラ……え?」


「え、止まった?」


 突然、エレベーターが停止した。だが、他の階に着いたわけではないようだ。表示パネルを見ると、数字の代わりに点線が散らばるように点滅していた。

 どうやら故障らしい。さんざん自慢された仕返しに、からかってもいいが、疲れてるし、ここはフォローしておこう。


「故障かな? まあ、新築だとそういうこともあるよな。うちのマンションでも火災検知器の誤作動で、ちょっとした騒ぎになったんだよ。報知機を全部屋取り替えることになってさ。いやー、あのときは大変――」


「ありえない」


「ん?」


「は? は? はあぁぁぁぁ? おい、おい、おいおいおいおいおいおい、おい!」


 山田が突然、エレベーターのボタンを押し始めた。目は血走り、口から唾を飛ばしている。


「お、おい、落ち着けよ。そんなにボタン押したってどうにも――」


「ありえないだろ! だろ! ここはタワーマンションだぞ! こんなことが起きるはずがない!」


 山田はボタンを手当たり次第に押し、次にゴスゴスと拳を壁にめり込ませるように打ちつけ始めた。顔がみるみるうちに紅潮していき、壁を殴るその勢いが増していく。


「ここは、ここ! ここ! 高級なんだぞ! なんでこんな目に遭うんだよ! ふざけんなよ! おい!」


「落ち着けって! しょうがないだろ。ほら、エントランスもまだビニール貼ったままだったし、施工が完了したわけじゃないんだろ? こういうこともあるって」


「ねえよ! ねえよ! ねえんだよ! なんでだよ! ああああああぁぁぁ!」


「やめろって! ああほら、このボタンで管理室かメンテナンス会社に繋がるんじゃないか? もしもーし!」


 もう手がつけられそうにない。おれは山田を押しのけ、操作パネルの上部にある通話ボタンを押した。すると、その少し上にあるスピーカーから、応答があった。


『あれ? どうされましたか?』


「あの、エレベーターが急に止まって、閉じ込められてるんですが……」


『ええっ? あれ……? ああ、すみません、まだ未完成なもので……。すぐに動かしますけど、そちらは管理会社の方ですか? おかしいな、見学時間はもう終了しているはずなのに……』


 少しして、エレベーターが動き始めた。おれはただ、表示される階数を見つめることしかできなかった。

 山田に話しかけることも、振り向くこともできない。山田は壁に額をつけて、何かをブツブツ呟いていた。


 それは、おれがマンションを買ったことに対する怨嗟の声だった。

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