はじめに
「おばあちゃんに会いたい?」と母は尋ねてきた。
おばあちゃん…祖母といっても母方の祖母の方ではなく、父方の祖母のことである。
父方の祖母である河本静子の愚痴を、よく母の口から聞いていた。父が成人した時に祖父と離婚した、我儘で自己中で子供のような邪悪な人だと。
私は父方の祖父である深山成光が他界した後に1度会っただけだったが、弟と一緒にショッピングモールに行って、妖怪ウォッチのガイドブックとリカちゃんのミニチュアのブーケセットを買って貰った。母はその事を伝えると、「なんでもっと高い物をねだらなかったの!」と理不尽にキレたのを覚えている。私はその時何故母が静子を嫌っているのか知らなかった。
ただ、それ以降私は静子にお年玉や誕生日プレゼントやクリスマスプレゼント、入学祝いに卒業祝いも何も貰わなかった。いや、なんなら私が産まれる前の結婚祝いも貰わなかったし私の時も弟の時も出産祝いを貰わなかった。
その時点で察せるものはあったが、私は祖母の静子に会うことにした。理由は静子が金持ちだからだった。何か買って貰いたかったのだ。つうか、高級な料理でもご馳走してくれ。寧ろそれ以外に理由はなかった。
高級寿司でも行くかと冗談交じりに言ったらまさかのOKが出たので、お互いスケジュールを合わせて寿司屋に行くことにした。
しかし母は「私は行かんから。お父さんと真弓だけで行って」と言って行こうとしなかったので、母と部活動で休日も稽古がある弟を抜きに寿司屋に向かった。
博多のバス停の前で父が静子に電話をしていた。まさかの30分の遅刻をかました静子に父はカンカンに怒り電話をかけたのだ。静子と一緒に来ると言っていた父の妹である哲子も同時に遅れていたので、父が私に「店の中にいなさい」と言ったので、私はデパートの中で待っていたのだが、全く父も静子も哲子も現れなかったので、気になってバス停に向かおうとした時、静子は信号を渡って私の前に立った。
俯き気味で哲子の手を引っ張って歩く皺が刻まれた髪の短い老婆だった。
…私は会った瞬間から帰りたい、と思った。
寿司屋に入りお冷を飲んで松竹梅の松コースの寿司を待っていると、急に静子は話始めた。
認知症で何回も同じ話をするので、嫌でも話を覚えてしまった。
その話は店を出てからも続く老婆特有の不幸話であった。