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バレンタインデーの悪夢

作者: 相川 秋葉
掲載日:2023/02/14

先輩、チョコレートもらえました?


部室に入るなり、そんな声がした。

声の主は顔を見なくても分かる。自分のたった1人の後輩、双葉薫だ。


「貰えなかったよ、当たり前じゃん」


ブスっとした顔でそう告げると、薫はその綺麗な顔を意地悪く歪めて笑う。普通の高校生なら、男も女もその笑顔を「可愛らしい」と評するのだろうけど、僕には魔女が鍋をかき混ぜている時に浮かべる禍々しい笑みにしか見えなかった。きっとこいつは前世は魔女だったに違いない。最悪だ。


「ねえ先輩、僕の作ったチョコレート食べてくださいよ〜」


薫は足をばたばたさせながら、甘えるように言う。


「え、いやだけど……」


「なんでですか??ねえなんで?」


「なんでもくそもあるか」


これまでお前には散々酷い目に合わされたしな、と続きを心の中でうそぶく。


「今年は頑張ったんですよ!先輩のために!」


「普通、立場が逆だとおもうんだけどなー。……待って、“今年は”?」


「いいじゃないですか、言葉の綾ですよ〜。それで、食べるんですか?食べないんですか?ちなみに食べなかった場合は……」


「え、怖いんだけど。それで、どんなチョコレートを?」


「まあそうですね……ウイスキーボンボンみたいな感じのやつを」


使ったお酒はウイスキーじゃないですけどね、と笑う。


「ふうん、じゃあ貰おうかな。僕はお酒弱いらしいからひとつだけね」


「パッチテストでなんか酷い目にあったんでしたっけ」


「そうそう。3日くらい炎症起こしてね〜。大変だった……」


「じゃあ、どうぞ」


満面の笑みでチョコレートが入った可愛らしい箱をこちらに向けてくる。

女子力が、高い──────。眩しい──。


「一口で行ってくださいね」


よく分からない注意を受けたけれど、気にせずつまんで口に入れる。

奥歯でボンボンを噛み砕いた0.5秒後。

舌を、燃えるような痛みが貫いた。

とっさに吐き出そうとするが────


だめですよ。


そう言って、薫が僕の口を手で抑える。混乱した僕は、痛みから逃れるためにチョコレートを必死に飲み込む。喉も焼ける。熱い。


はい、あーん。


薫がさらに近寄ってきたかと思うと、いきなり僕にキスをした。そのまま舌を口腔内に侵入させ、何か液体を流し込む。

朦朧とした頭で彼の手を見る。

あれは………?茶色の瓶のような……あれはもしかして……


僕は意識を失った。



暫くしたのち、私は目を覚ました。


そこはベッドの上。私は、手足をロープのようなもので拘束されていた。抜けようともがいていると────


「こらこら、あんまり暴れちゃいけませんよ、先輩。」


薫がいた。


「これは……?」


「お酒のせいでまだ頭が朦朧としてるのかな?ここは僕の家ですよ。先輩を招待したんです。」


「招待?お茶のひとつも出さずに、手足を拘束するなんて……」


「お茶ですか……ごめんなさい、家にはウイスキーとスピリタスしか出せるようなのがなくて……」


「何を言って……あのウイスキーボンボン、さては」


「あれはウイスキーボンボンじゃないですよ。スピリタスボンボンです」


「スピリタスはご存知ですよね。アルコール度数96%のお酒なんですけど、あのチョコレートに入ってたスピリタスから純アルコール量を計算すると、なんと30g近くあるんですよね。これは普通の成人男性も1発で酔っ払う量です。先輩はお酒が弱いって前々から聞いてたので、試しにやってみたんですが大成功でしたね。気分はいかがですか?」


目の前に居る男の言っている意味が分からなかった。


「僕はですね、先輩がずっと好きだったんですよ。一人称を僕にしてみたり男っぽさを演出してましたけど、それでもやっぱり乙女ですね。ガード固いったらありゃしない。苦労しましたよ、ここまでくるのは」


「あのさ……これまでも、こういう風に人を連れ込んだことあるの……?」


私の声は知らず知らずのうちに震えていた。


「あー、試しにいろいろ連れ込んでみましたよ。そのうち会うかもしれませんね。最初は小さい女の子から始めたんですけど、それがうまいこといったので何度もやってみた感じですね。一度なんかは成人女性を招待したんですよ」


暴れたので苦労しました、と事も無げに笑う。


よく分かった。こいつはサイコパスだ。

そして多分、誘拐された人は殺されている。

あと、その口ぶりから考えると、こう言うことは何年も続けられていそうだ。もしそうだとしたら……助け出される望みは、限りなく薄い。

こんなところで私は死ぬのか、と思うと涙が出てきた。


「あれ?先輩、なんで泣いてるんですか?あ、これ打ってあげますね。楽になれますよ」


私はさして抵抗もせず、彼が自分の二の腕に注射器を刺すのを見ていた。


おやすみ、先輩。いや、××──────


それからのことは、よく覚えていない。





結局、私は数年後にそこから助け出された。

裏庭から異臭がする、ということが双葉薫逮捕の決め手となったらしい。

奇しくも、捜査員が入ってきたのは2/14,バレンタインデーだった。


私はそれから、病院で長い間治療を受けた後、姓も名前も変え、遠くの街で一人暮らしをするようになった。


もう過去を思い出すことは無くなった。と言いたいのだけれど、バレンタインデーの日だけは、思い出すのだ。


彼の優しい囁き声を。

お読みくださり、ありがとうございました。

よければ他の作品も読んでいただけると嬉しいです。

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