例えばそんな話
「なんかめっちゃ喋っとるけど、博田?お前中村のこと好きなん?」
例えばの話。
人は予想もしていない、未知の出来事を体験すると狼狽えるか硬直する。
それは大小表に出るか出ないか個人差はあれど、どんな人間にも当てはまるものだ。
──だけど、流石にこれはきいてない
自分の胸の奥がキュッとなり、思わず服の上から心臓を握ってしまいたくなるような感覚。
顔がまるでガスストーブの前で温風に当たって、あーって声出しながら暖まっている時のように熱い。
物事を表現するのに自分の体験以外のことで当てはめられないから変な言い回しにはなってしまうのはご愛嬌。
そんなことはさて置くとしても。
「どしたの?」
俺をこんな風にした元凶の元凶は前の席から不思議そうにこちらを見ている。
アニメや漫画のような美少女と呼ばれる人種ではないと確信するくらいには普通だし、でも同年代ではかわいい方であると思える黒髪ショートの彼女。中村菜々実。
あえて意識しないようにしていたのか、それとも本当に気づいていなかったのかは今となっては自分の気持ちがわからないが。
指摘された今は、とにかくもう顔がちゃんと見られない。おかしい。心臓がバクバク言ってる。
「うっわ、顔赤。やっぱり図星?いくら前後の席にいるからって仲良く女子と話すなんておかしいと思ってたんだよな」
大して親しくもないただの野球部らしい坊主のクラスメイトはニヤニヤと意地悪そうな顔で俺と彼女を見ている。
こんな奴の言葉で動揺するなんて甘いのだろうけど、今の俺はそんなことを考えるくらいにしか頭が回ってない。
──こいつ殴ってやろうか
拳を握り、恥ずかしさと内心格闘しつつ、何を言おうか一瞬悩み、彼女の方を見るとやっぱり不思議そうに見てくるだけだった。
「うるさい、友達やねんから仲良くて当たり前。大前君、お前も友達とはなしてる最中にそんなこと言われたらなんか恥ずかしなるやろ」
「はいはい、あーおもしろ。言い触らしてやろ!」
自分の友達に面白おかしく話すつもりだろうか。こんな陰キャの話に盛り上がるわけ無いやろとか思いつつ、あまりの恥ずかしさに普段あまり出ないくらい大きな声な上に早口で捲し立ててしまった。
「中村、気にしなくていいからな?」
声をかけるが特に彼女も気にした様子はなさそうだし、恐らくは良くて友達までの感情しか持ってないだろうというのはなんとなくわかる。
それがありがたくて、同時に悔しかった。なんでこっちだけこんな気持ちにならなきゃいけないんだって思いがズンと胸にのしかかる。
人の感情って、なんてめんどくさい。さっきまでなんともなかったのに、何かを考えるように人差し指を下唇にあてて上を向く仕草がいつもの3割増しでかわいく見える。顔が熱くなる。ドキドキする。なんだこれ。
「んー、誂われたってのはなんとなくわかる。それに博田くんはそういうのじゃないのは知ってるからね〜。なんせ小1からの付き合いやし?」
「そうやな。小3から中1の今まで一時期以外はほぼ関わりなかったけど、それ差し引いたらそこそこの付き合いかもしれん」
「細かいなあ。そんなん、いちいち気にしたらモテんよ〜」
「大きなお世話だ。ほら、休み時間終わるし前向け前」
ひらひら手を振って笑顔で返す、この前の席にいる女子にもちょっと腹が立ってしまって。
感情に振り回されているのはわかるけど、ちょっと不貞腐れたようにシッシッと手を払う自分がなんだか笑えてしまった。
「……」
例えばの話。
これが俺の、本当にホントの意味での初恋になるとする。
そう考えた時に、俺は一体この先どうしたらいいのだろう?なんて。
恋という物。ましてや好きという感情には疎くて、知らなかった気持ちが溢れてくる期待や不安がごちゃごちゃに心の中で混じり合って。
──きもちわる
吐き気や頭痛まで連れてきた気持ちに答えを求めるように、前を向いた彼女の背中をぼーっと見つめていた。
これはそんな、一学生が抱いた何の変哲も無いありふれた初恋の話。