美(うつくし)
ただ、からかい組の二人は聞いていたことは確信していた。
放課後、剛は机橋に向かった。
からかい組の二人は草の茂みに身を隠しながらついてきているようだ。
机橋は小川にかかる小さい橋で、机に似ていることから机橋と呼ばれていた。
正式名は誰も覚えていない。つまらない名前だった。
剛が橋の袂に置かれた石に腰をかけて待っていると、岡本勇敢が一人で来るのが見えた。
あいつ、助っ人を連れて来るかと思ったなと、草の陰に身を潜める男子二人が囁き合った。
「何に決着をつけるの?」
「・・・・俺の気持ちに」
「どうやって?」
「一発殴って」
「なぜ?」
「お前が嫌いだからだよ」
「今井くんが僕を嫌い?」
「そうだっつってんだろ?」
「そうか・・・でも、一発殴らせろって言われても・・・ 今井くんが僕のことが嫌いなんでしょ?」
「しつこいな!」
「変じゃない?」
「何が」
「だって僕が今井くんのことが嫌いなら、今井くんが僕を殴っても仕方がないけど、今井くんが勝手に僕を嫌いになっておいて僕を殴るって、どうして?」
「はあ?意味わかんねえ」
「僕は今井くんに殴られたくないから、やめてくれる?」
「やだね。お前の姉ちゃんに殴られてるんだ」
「僕には関係ないけど」
「お前なあ」
「じゃあ、僕も反撃していい?」
「へええ、お前喧嘩できるの?」
「喧嘩はできないけどね。武器は使えるんだ」
「武器?」
勇敢は両腕を円を描くように回すと腰を落として立った。
「言っておくけど、僕は空手の有段者だからね。剛柔流って知ってる?」
「何だそれ」
ちょうどその時美が橋の向こうを通りがかった。美は勇敢に気がつくと大声で
「勇敢。お母さんが探してたよ!今日歯医者でしょっ」っと叫んだ。
その時美からは豪勢に茂った葛の葉に邪魔されて剛の姿は見えなかった。
「早く!何やってんのよ」
「何も。運動してるだけ」そして剛に
「空手のこと、黙っててね」と言い置いて勇敢は姉のもとに駆けて行った。
あいつ、空手なんかやっちゃって!草むらの二人も、これから先は勇敢とは関わらない方がいいという結論に達していた。それから間も無く、勇敢と剛が肩を並べて帰る姿が見られるようになった。
「あの後、剛ちゃんがうちの近くに住んでいるってわかってさ。一緒に帰るようになった。剛ちゃんて話してみるとすごくいい奴なんだ」
「へええ・・・でも、喧嘩っ早いでしょう?」
「全然。姉ちゃんより穏やかだよ」
「はああ?」
「ほら」
「・・・・・中学で今井剛は何の部活に入っているの?」
「なんで剛ちゃんのことばかり聞くの?」
「別に。ただ何となく、あいつがどう言う成長を遂げたのかと思って」
「あいつ、地層部だよ」
「地層部?そんな部ってあるの?」
「剛ちゃんが作ったんだ。先生を説得したんだって」
勇敢と剛は違う中学に上がった。
剛は私立の男子校だった。
今日会った今井剛の淡いグレーの詰襟姿が綺麗だったと美は思い起こした。そして・・・ん?綺麗だったですと?・・・まさか!・・・・・取り消した。
「俺も空手習いたいなあ」学校からの帰り道剛が言った。
「習えばいいじゃない?」
「おばあちゃんが元気になって退院したらね」
「お父さんとお母さんは?」
「死んだ。今おじさんの家にいるんだ」