美(うつくし)
美が家の外で遭遇したくない相手は母親だった。
「ウッちゃん、こんなところで何をしているの?」
どうしてこうも間抜けな質問が出来るんだろうと美は思う。
「何をしてるって、歩いているんですけど」
「なんでもっと賑やかなところを歩かないのよ」
「はあ?」
「ウッちゃん、賑やかなところをもっと普通に歩きなさい。あんた、変に思われるわよ。運動会でもないのにそんな歩き方して」
「結構気持ちがいいですけど」
「ウッちゃんはユウちゃんのお姉さんなんだから、ユウちゃんが恥ずかしいことはしないであげてくれない?あっ ちょっとウッちゃん」
美は両腕の振りのスピードを上げて、母親のそばから離れた。
母親にとって子供は勇敢一人なんだ。自慢の子供はいつだって勇敢ひとり。
たとえ美が学年トップの成績でも、それは変わらないのだ。
美は勇敢が生まれた瞬間から、「弟さんに全然似ていない容姿の、かなり残念な姉」になり、今は「成績はいいんだけどそれを上回る変な姉」がプラスされている。
「ほら、あの子よ。岡本美」
「本当だ!全然似てないじゃん。それで名前がうつくし?笑うね」
「頭がおかしいってよ。見て、あの歩き方」
「ウッちゃんて、昔から変わっていたよね」
言っておきますが、勇敢の方が私の何倍も変わっていますからね!
美は泣き出したい気持ちを抑えて川を見た。
美は川の風景が好きだ。
川はどんなに汚されても、コンクリートに固められて水を癒すことが出来なくなった土手に囲まれた中を流れても、自分の使命を忘れない。
川の使命ってなんだろう?
美は思う。それは海へと向かうことだと。
ではなぜ海へと向かうのだろう?
それは再び生まれるためだ。
水は大海で再生される。
川とは水を海に送り届けるものの名なのか?
それとも、水の意志の集結を表す名なのだろうか?
何が起ころうとも流れ続ける川を見る度に、美の固くなっていた気持ちがほぐれて行くような気がした。
「何やってんだよ、ブス」
はあああああああ? 今の私に言った? 誰だよ!!
立っていたのは「うわっ 今井 剛だっ」
「なんだよ。呼び捨てかよ」
今井剛というのは美の一学年下、勇敢のクラスメイトだ。
美と勇敢は二つ違いだが勇敢は早生まれだったので学年は一年下になる。
小学校5年になった時、勇敢と剛は初めて同じクラスになった。
新学期が始まると同時にクラスの男子3人が勇敢に絡み出した。
その先頭に立ったのが今井剛だった。