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美(うつくし)  作者: 二糸生 昌子(にしお しょうこ)
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美(うつくし)

生物でも風景でも人物でも幼稚園児以下の代物で、何を描いたものなのかさっぱり分からない。と言うより何を描いても同じなのだ。この日先生は絵のモチーフに木彫りのねずみの置物をテーブルにのせた。勇敢が描いたのは画面いっぱいの大きな丸の中に小さい丸を二つ左に寄せた絵で、先週描かせた犬のぬいぐるみと全く同じだったという。ヒラメの目はどっち側に付いていただろうなんてことを二度も考えさせられたお絵描き教室の先生が「お母様、どうぞ勇敢君のために別の道を見つけるお手伝いをしてあげてください」と言ったのは至極まともだと言えよう。

「何よ。絵画コンクールで入選者が多く出るとかいうお教室だと聞いてたのに、大したことないのね。ゆうちゃん、あんな教室はやめてよかったわ。勇敢の天才的な面を引き出すことも出来なくて、何がお絵描き教室よ」

母は息子が少しでも否定されたと感じると、突っ走る猪の如くの勢いでその相手を貶しまくる。

そんな母は美がどんなに素敵な褒め言葉をいただいても必ず否定して美を腐すのだ。

「いえいえ、とんでもない。美がそんなわけないですよ。この子はもう何をやらせても満足に出来た試しが無いんですから」とまあ、こんなふうに。


小学校に上がった頃の美には商店街の薬屋「き助(すけ」の娘、幸田ゆり子と友達だった。

この商店街だが、「輝き町友愛銀座商店街」というちょっと照れる名前で、ここに並ぶ店にはみんなおかしな名前がついている。焼き鳥うまひま、スーパーどっちも、お仕出し弁当つっぱり。いや、つっぱり弁当押し出しだったか?そして、薬の効き助けもちょっと変だったが、

「お父さんに聞いたらね、効くと言う字と、すけは助けるって字で、薬がよく効いて助けますよって意味なんだってさ」と言うゆりちゃんの説明に「効き助」ほこの商店街では一番良い名前だと美は思った。

その商店街のずっとシャッターが降りていた店が器械体操クラブに蘇った。元々は和紙の製造販売をしていた建物が改築されてちょっとした体育館並みの建物に生まれ変わった。

「器械体操って何かな?ねえうっちゃん、見に行かない?」

二人はその建物の横手の狭い通路に面した窓を見つけた。

隣の家の壁まで1メートルほどの幅を歩き、二人は引き戸に手をかけてそっと開けてみた。子供たちの声が飛び出して来た。中

は中央に太巻きのようにぐるぐるに巻いたマットがあり、走ってきた子供達がその上でデングリ返りをして次々に向こう側に降りて行く。

「遊んでるのかなあ?」

背の高い鉄棒には男の子がぶら下がり懸垂の状態から両足を持ち上げて行って、クルリと回って鉄棒の上で起き上がった。

「すごい、すごい!」

ゆりちゃんは夢中で観ている。

「ゆりちゃん、もう帰ろうよ」

二人が覗いていた窓から体操着姿の男性が声をかけてきた。

「君たち、興味があるんなら見学していいよ。みんなを応援してやって」

ゆりちゃんは教室の入り口に向かって駆けて行った。

「ゆりちゃん、待って。よくわかんないところに入っちゃダメだよ」


「器械体操って知らない?」男性がゆりちゃんに聞いた。

「知らない」とゆりちゃん。

「オリンピックの競技種目になっているんだよ」

「えっ オリンピック?」

この時のゆりちゃんの目の輝きを、美は忘れられない。たった八歳の子が自分の人生を決めた瞬間だった。

ゆりちゃんは翌日器械体操クラブに入会した。

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