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美(うつくし)  作者: 二糸生 昌子(にしお しょうこ)
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美(うつくし)

勇敢はスケッチブックを取り出して、機械の絵を描き始めた。正確に測られた線が美しく画面に形を作り出していった。機械というものには複雑で不安定な流線がない。だから好きだと勇敢は思う。一本の線の目的は何かを構成するためだけに存在し、他の目的を持たない。他の可能性を寄せ付けないシンプルさが勇敢には気持ちがいい。。だが、描くものが自然界のリンゴだとか人間だとか、風景になってくると線の流れがゴチャゴチャで、一本の線が一体どこに向かっているのかはっきりしない。流れながら何の理もなく好き勝手に流れて行く。このはっきりしないところが、勇敢には不快なのだ。一度定規を使って風景画を描いてみたが、どうしようもないものになっただけだったし、案の定先生から自然の中にはこんな線はありませんよと言われた。もっと丸っこいでしょ?自然な線て。優しいでしょう?なんて言われっても、勇敢にとって優しい線など価値がないのだ。


勇敢の周りにはいつも華やかな女の子たちの姿があったのだが、かつて勇敢の部屋のベッドに腰掛けていた透明な人たちと何も変わらなかった。特に誰かが嫌いというわけではなく、一緒に遠足に行ったりもする。が、一人一人に興味が持てないのだ。ほとんど毎日のことだが、勇敢が校庭に入って行くと、女子が数人でお互いに突っつき合っている。                                    「言いなさいよ、ほらぁはやく」

勇敢は無視してその子たちの前を通り過ぎる。

「ほらあ、行っちゃうよ」

「あ、あのう、あの

う・・・おはよう、岡本くん」                                    勇敢は少しだけ頭を下げる。

「きゃーー、言っちゃった!」

「言っちゃったね!」

少女たちは両方の手をグーにして顎の下に持ってきて、ぴょんぴょん飛び跳ねている。

「何なんだ」と、勇敢は思う。と思えば、いちゃもん女子もいる。

「岡本くん、あんたの掃除の仕方、マジ汚いんですけど」などと言ってくる。                                    

「じゃあ、どうすればいいの?」勇敢は真っ直ぐに人を見る。

「ど、どうすればって、だからもっと、て、て、丁寧に」

「分かった!丁寧にやるよ」

勇敢にとって女子達はどうでもいい相手だった。

「岡本は贅沢ができていいなあ」

「贅沢?」

「よりどりみどりじゃないか。だから平気で女を捨てられるんだ」

「捨てる?付き合ってもいないのに」

「付き合って欲しがっている女子ばかりなのに、誰とも付き合ってないってところがさあ、捨ててるってことなんだよ。僕なんか今の彼女を逃したら後がないって思うから、もったいなくって別れられないのさ。僕はこのまま夏美と結婚するかも・・・」

「いいじゃないか」

「他の子とも付き合いたいよ」

女の子と付き合うと、楽しいのだろうか?クラスの女子を思っても、話が合いそうな子は一人もいない。大体、話が合うってどういうことなんだ?


久しぶりに遊びにきた剛は、ぽかんと口を開けた。

「そりゃあ、話していて楽しいことじゃないの?」

 「話していて楽しい・・・」 

「そんで、可愛い子」

「可愛い子・・・」

「そう言う子が見つかったら、お茶とか、映画とかに誘うんだよ」

「・・・なるほど」

「ユウちゃん、頑張れよ」

「剛ちゃんもな」

「俺は・・・彼女いるもの」

「ええっ 彼女がいるの? な〜んだ、それは知らなかったな〜 姉貴が聞いたらがっかりするだろうな」

すると、剛は顔を真っ赤にしながら立ち上がった。「俺・・そろそろ帰る」

「もっとゆっくりして行けよ。これから先受験で段々時間も来れなくなるだろ?もう母さんは剛くんが食べて行くものと思って夕食の支度をしているし、ウッちゃんももう帰ってくるからさ」

「ななんで。ウッちゃんは関係ないよ。じゃあ、またな」

剛が勇敢の部屋のドアを開けると同時に美がドアを引っ張った。

「わわわわわっ! ななななんでお前がいるの?」

わわわわ私んちだもの」

「そうか!お前んちか! ウッス!」

「ウッス!」

 「じゃあな」

「じゃあな・・・じゃなくて、夕ご飯にいらっしゃいと母が言っております」                                     勇敢の笑いが、その夜再び止まらなくなった。

勇敢はふと、寅吉という名前をつけたおじいさんを思い出した。おじいさんは生きていた頃には結婚していたんだろう。どんな人だったんだろうな。勇敢、17歳のことだった。                                    今井剛は大学に入り、岡本勇敢は受験に失敗した。美は大学2年になっている。美は成績優秀で志望校には楽に入った。だが二十歳になった美は今、絶望のどん底にいた。

それはずっと美に起き続けていたおかしな現象だった。それは「勉強をすればするほど、勉強がつまらなくなる」と言うものだった。

「どれだけ勉強したって、一生働きたい仕事とか大好きなことなんかに少しも出会わないではないか!これでは勉強すること自体が一生ものなってしまう!」美は勉強が好きなわけではなかった。好きなものに出会う手段だと思ったから懸命にやってきたのだ。中学2年の春から6年をかけてひたすら真面目に。

今、何の授業をしているんだろう?教壇では先生が熱弁をふるっている。

もう美の耳には何も入ってこない。大学に入って初めて授業を受けた時から、日々絶望に向かって針が進み始めていたことには、薄々気付いていた。その限界が今きてしまった。

美は立ち上がると「面白くない!飽き飽きだ。このクソが」と言って教室を出た。


美は川を見に河川敷に来た。

(川のように、ただまっすぐに流れたい)

岡本剛がいた。

美「・・・・・・・・・・・・・」

剛「・・・・・・・・・・・・・」

美「・・・・・じゃあ」

剛「待てよ。ブス」

美は突然剛に詰め寄って言った。

「うるさいっ!何よ、私のことブスブスブスってぇ!ブスブスブスブス」

剛「そんなに言ってねえよ」

でもねっ、勇敢の姉として生まれた私を見て、こう思わない人間はいないんです。

誰かに嫁にと望まれる可能性は絶たれ、生涯孤独であろうという想定のもとに、一人生きる術を身に付けなければならないんです!でもそれさえもうまくいっていないところに持ってきて、また私をブスと・・・ブスと呼ぶのね!ええ、私は何の取り柄もないブスです!

剛くんに言われたことが悲しい。

昔、初めて剛を見た時、美は不思議な気持ちを抱いた。

(この人だけには、美しい私でいたい)小学生だった美にこの思いを言葉にすることが出来なかった。そして、20になった今も、美は正しく翻訳することが出来ないまま、胸に込み上げる悲しみの中で涙が溢れ出すのを止めることが出来ないでいた。


剛が美を抱きしめた。強く強く。



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[良い点] おはようございます 17部の出だしのスケッチブックに描く機械の直線と自然界の中の曲線の表現好きです
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