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美(うつくし)  作者: 二糸生 昌子(にしお しょうこ)
12/29

美(うつくし)

6時50分、おじさんは目を真っ赤にして、それでも涼しい顔で家に入って来た。おばさんがお茶の入った湯呑みをおじさんの前に置いた。

「今日学校の帰りにおばあちゃんの病院に寄って来ます」するとおじさんが

「まあ、おばあちゃんに会いたい気持ちは分かるが、実は昨日ね病院から会社の方に連絡が来てね、おばあちゃんの容態が悪化したからもう少し良くなるまで安静が必要なんだとさ。だからしばらくの間お見舞いは控えるようにと言われたんだ」と言った。昨日はあんなに元気だったおばあちゃんが?剛はショックだった。気持ちも沈んだ。

「また病院から知らせが来たら教えてやるから、それまで待てろ」

剛はその言葉に従ったが、1週間経ってもおじさんは何も言わないのでまたおばあちゃんはどうなのかと聞いてみた。

「まだ病院にいっちゃダメなの?」おじさんは面倒臭そうな顔をして「そう簡単に治るかよ。赤ん坊みたいにまだかまだかとぐずぐず言うんじゃねえ!」

剛はもう2〜3日我慢して、病院に向かった。

病院の受付で中澤 喜佐子と言うとあっさり許可が下りた。

病室に入って行くと、おばあちゃんはちょっと驚いたような顔をして、今日は学校が忙しくないのかい?」と言った。

今井さんの子供さんたちと毎日いろんなところへ行っているんだってね。どこに行ったの?」またおばあちゃんが言った。

「・・・・・」剛はおばあちゃんが言っていることが何のことなのかさっぱりわからない。

「この頃みんなとお出かけが多くて病院に来られなかったんだろう?」

「うん?」おじさんは僕が元気だって言うことを伝えたくてこんな話をしたんだろうか?

「今井さんの家族に大事にしてもらってよかったねえ」

「うん」

「また来てね剛ちゃん。10日も間が開くのは嫌だよ」

「うん。今度はすぐに来る。明日来るね」剛はおばあちゃんが元気なことが嬉しかった。

おばあちゃんはいつも俺のことを心配しているので、おじさんは俺が楽しくやっていると話しておばあちゃんを安心させてくれたのかもしれないと、剛は考えた。

食事の時、剛は病院にいったこと、おばあちゃんがとっても元気になっているので心配入らないと報告した。嬉しそうに話す剛を長男の恒弘がものすごい上目遣いで見たあと、父親に目線を移した。父親の顔は青ざめていた。

「てめえは医者なのか?:

「え?」

「元気になったなんて見立てが出来るんだから医者なんだな?」

「だって、誰が見たって」

おじさんは剛の頬を殴り胸ぐらを掴んで引きずり上げた。

「あなたっ 預かった子になんてことを!」

「てめえは引っ込んでろっ」おじさんは空いている方の腕でおばさんを突き飛ばした。

香澄が悲鳴のような声をあげて泣き出した。

「病院の先生に協力して、おばあちゃんを1日でも早く退院させようとしている大人の言うことを何んで聞けないんだ。おばあちゃんがどうなってもいいんだな?」かすみがさらに大きな声を上げた。

2階の住人が階段を降りてくる足音が聞こえた。

「・・・ちっ黙れっ香澄!」

おじさんは剛を突き飛ばすように手を離し、怒りに任せてそこいらのゴミ袋を蹴り上げながら「剛!お前が今一番おばあちゃんのために我慢しなくてはならないのがわからねえのか。馬鹿野郎が!」と言い捨てて表に出て行った。

父親が家を出ると、香澄はぴたりと泣き止んだ。

その翌日、剛は病院に行った。

頬に残った痣は、ドッジボールの球が顔面にあたったということにした。

おじさんは怖かったけれど、もし自分がおばあちゃんのところに行かなければ、それこそおばあちゃんが死んでしまうと言う気がしてならなかった剛は、病院に行くことを選んだ。

その夜おじさんにつけられた痣は足だったから、おばあちゃんに言い訳を作らないで済んだ。


病院のロビーでおじさんと鉢合わせをした。剛は帰るところだった。おじさんは剛に向かって何か声を上げたが、剛は病院を飛び出した。

その翌日ごうは目の周りを紫色にして学校に来た。

「剛くん、また喧嘩したのね?」

「まあな」

「先生に喧嘩はダメだって言われてるでしょう?」

「うるせえ、ブス」

放課後、剛は担任に呼び出された。

「誰と喧嘩したの?」

「・・・・・・・・」

「あなたはまだ子供なのよ。今からそんな青あざができるような喧嘩なんかしていたら、ろくな大人にならないわよ」

「・・・・・・」

「そんなことを繰り返すようだったら、保護者に言うしかないわね。今はおじさんのところにいるのね。一度おじさんとも話さなくては」

「・・・・・・・・」

「もう帰っていいわ」

「・・・・・」

「さよなら剛くん」

「・・・・」

「剛くん、ご挨拶」

「・・・さ・・さよなら・・」

カバンをとりに教室に戻ると、勇敢がいた。

「何してんだよ」

「帰ろうか」勇敢が言った。

「帰るさ」

「河原にね、水が沸いているところがあるんだけど、知ってる?」

「へえ、そんなところがあるんだ」

「行ってみない?」

「・・・・いいけど」

二人は川に向かって歩いた。

「お前変わってるな。俺、お前のことが大嫌いだって言わなかった?」

「うん。聞いた」

「そう言うことはどうでもいいのかよ」

「うん。どうでもいい」

「何で?」

「だってさ・・・僕はお母さんが好きだけど、大嫌いになる時があるんだ。

さっきまで好きだったのにって思うんだ。でもそれでずっと嫌いになっていると、急に好きになったりするし、だから、どうでもいいことなんじゃないのかなって思うんだ」

「へえ。俺は嫌いなやつはずっと嫌いだけどな」

「そうなんだ。あ、ここ、入り口はここだよ」

そこは一面大人の背丈ほどのススキに覆われていて、その泉にたどり着くにはススキの根元に出来た迷路のようなトンネルを通って行くのだという。

「ススキの葉っぱで手を切らないようにね」

「ユウちゃん待って、もう切ったよ」

剛は初めて勇敢をユウちゃんと呼んだが、そのことには気づかず呼ばれた勇敢も気づかなかったほど二人の間の自然な呼びかけだった。

そして剛はススキのトンネルが気に入った。






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