ボンボヤージの魔法の杖
彼の名前は、ボンボヤージ。
みんなの幸せを喜べる人になるように、お母さんがつけてくれた名前。
ボンボヤージのお父さんは、船乗りで、世界中の海に出掛けています。
あんまり会えないけど、日焼けをして、くしゃっと笑うお父さんが大好きです。
ボンボヤージは、少しだけ体の弱いお母さんと一緒に、空気の良いこの街に、最近引っ越してきました。
友達も、近所のおばさんも、新しく知り合ったばかりで、まだ、あまり話していません。
ある朝ボンボヤージは、
お母さんお得意の粗くつぶしたゆで卵をマヨネーズで和えたサンドイッチと、ハムが沢山入ったコロコロポテトサラダを持って、引越してすぐに大好きになった森に出かけました。
サンドイッチはゆで卵を粗くつぶすところが美味しさの秘密で、ハムを沢山入れたポテトサラダは歯応えがあって癖になります。
引っ越す前は、車ばかりの街だったけど、今は違います。
空気が綺麗だと外で食べるサンドイッチの美味しさは
何倍にもなります。仲良しの友達と離れたことは寂しいし、
こっちで友達が出来るか不安もあるけど、お母さんの病気には最高の場所だから、ボンボヤージは笑顔でいることに
決めました。
家の近くにある、その森は、アフロディーテの森といいます。
ちょっと薄暗くて、
新しい学校の友達は、あまり近寄りません。
森の奥には、怖いお爺さんが住んでいるなんて噂もあるからです。
でも、ボンボヤージには、
この森は、自分らしく楽しめる お気に入りの場所になりました。
きょうは、ちょっと奥まで探検です。
お母さんは、あまり奥まで行かないようにと言うけれど、
きょうは、気持ちの良い風が吹いているし、ちょっとだけなら、いいよね。
しばらく歩いていくと、なにやら、
古いお家が見えました。
ボンボヤージは、お家の近くまで行ってみることにしました。
かなり、古そうなお家だけど、
広い庭があって、色んな色のばらの花が、たくさん咲いています。
ボンボヤージは、お家を発見したとき、噂の怖いお爺さんのお家かな?と少しだけドキドキしましたが、
こんな綺麗なお花が咲くお家だもの、
きっと、素敵な人が住んでいるんだろうと、ワクワクしました。
そろそろ帰ろうとした、その時、お家から声がしました。
「坊や、お庭を見せてあげようか?」
ボンボヤージが振り返ると、そこには、痩せていて背の高い、まーるい帽子をかぶった お爺さんが立っていました。
でも、怖くはありません。
お爺さんは、ニコニコ笑って、ボンボヤージに、こう言いました。
「これから、ランチを食べるんだけど、一緒にどうだい?でも、もしお腹が空いていないなら、何か飲んでいかないかい?」
ボンボヤージは、いつもお母さんから、知らない人には気をつけるように言われています。
だから、お爺さんに、こんな返事をしました。
「お爺さん、ご親切をありがとう。
でも、お母さんに心配をかけたくないので、きょうは帰ります。」
すると、お爺さんは、ニコニコしながら、「坊やは、優しい、いい子だね。
よし、こんな森の奥まで来てくれたお礼に、とっておきの記念品をあげよう。」と言って、何やらポケットから、棒のようなものを取り出すと、ボンボヤージに、そっと手渡しました。
「お爺さん、この棒のようなものは、
なーに?」
ボンボヤージが、目をクリクリさせながら不思議そうに尋ねると、
お爺さんは、こう言いました。
「それはね、魔法の杖だよ。君の願いが何でも叶う、不思議な杖さ。」
その魔法の杖は、細い何かの枝のようでもありました。
お爺さんが、せっかく僕にくれるのだから。と、ボンボヤージは、優しく受け取りました。
「また、いつでもおいで。」
お爺さんは、やはりニコニコしながら手を振りました。
ボンボヤージが森を出た所で、犬を連れた、小さな女の子に会いました。
女の子は、なにやら怯えています。
「どうしたの?」と、ボンボヤージが声をかけると、女の子は声を震わせて言いました。
「カマキリがね、そこにいてね、道を通せんぼしているの。」
見ると、カマキリが、カマを持ち上げて、犬と女の子の前で、ジッとしています。
「僕に任せて」
ボンボヤージは、さっきお爺さんから貰った杖で、ちょんちょん と地面をつつきました。
すると、カマキリは、素早くどこかへ
行ってしまいました。
「わあ、お兄ちゃん、すごい。」
女の子は、大喜びです。
「これはね、魔法の杖なんだ。」
ボンボヤージは、得意げに言いました。
「お兄ちゃん、魔法使いなの?」
「ううん。僕は魔法使いじゃないんだけどね。」
ボンボヤージは、ちょっと照れくさそうに言いました。
家に帰ると、ボンボヤージは、きょうの出来事を いつもにない早口でお母さんに話しました。
お母さんが、夕飯の用意が出来ないくらい、ボンボヤージは、お母さんの後にくっついて、次から次へと話しました。
次の日、ボンボヤージはお母さんと一緒に、きのうのお爺さんのお家に行くことにしました。
お母さんにも、お爺さんとお爺さんのお庭を見せたかったからです。
きのうのように、アフロディーテの森に入り、奥まで行きました。
でも、あれ?
お爺さんの古いお家が、ありません。
薔薇の庭も、どこにもありませんでした。
「お母さん、きのうは、お家があったんだよ。お爺さんも居たんだよ。ほんとうだよ」
すると、お母さんはニコニコしながら
「お爺さんは、ボンボヤージに魔法の杖を託して、旅に出たのかもしれないね。」と言って、モアモアなボンボヤージの髪の毛を 優しく撫でました。
そっか、僕は魔法の杖を預かったのか。
ボンボヤージは、お母さんに言いました。
「ねえ、お母さんの願いを言ってみて。僕が叶えてあげる」
「そうね〜」と、お母さんは少し考えて、「ボンボヤージのお父さんが、早く元気に帰ってきますように」
と、言いました。
ボンボヤージは、よし!と言って、
手に持っていた杖を 振りました。
お母さんとボンボヤージは、お父さんが大好きな海の歌を歌いながら、森を抜け、家に帰りました。
玄関のドアを開けると、
そこには、真っ黒に日焼けして、顔をくしゃくしゃにしながら笑っている、お父さんがいました。
ボンボヤージは、ポケットにしまった杖を そっと撫でました。