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8 提案

 明日で、右手をケガしてから一週間だ。スタースは明日から手伝いにこなくなる。ほうじ茶を炒りながら、モモはスタースの横顔を盗み見た。

真剣な表情。なんとなく生き生きしているようにも見える。あと少しで、この横顔を見れなくなるのかと思うと不思議と寂しくなりそうだ。


「ん? どうした、赤郷」


スタースがモモの視線に気づき、こちらに顔を向ける。


「あ、い、いえ。上手くできてるなーって」


モモはスタースの手元に視線を下ろす。

求肥に包まれた餡。形もきれいで、見ただけで美味しそうだ。


「そうか。それはよかった」


スタースが満点の笑みを浮かべる。手伝いを始めた頃は、まだ笑顔がぎこちなかったのを思い出す。最近は素直に感情表現をしてくれるのだ。まるで懐いたオオカミのようである。

その笑顔が眩しくて、モモは圧倒される。


(かっこいいから、さらに眩しい……)


スタースの顔立ちはイケメンだ。高く筋の通った鼻。流れるような目元。いつも怖いオーラを出すから怖がれるだけで、ふつうにしていたら好きになる人も多いだろう。


「ん。赤郷」


モモがうっとりしているのに、気づいたようだ。何故か目線が頭にいっている。

スタースの手がモモの頭に伸びる。優しく頭に手が触れる。モモは固まった。固まったまま、スタースの冷たい手の冷気をただ感じる。

頭を撫でているのだろうか? 何故、突然?


スタースはモモの頭を軽く払うように撫でる。


「白玉粉の粉がついているよ。……しかし、何故、頭の上なんだろうな?」


「は、はいい」


モモは顔を赤らめて、間抜けな声を上げる。


「……大丈夫か? 君」


「はい。何も気になさらないでくださいっ」


スタースはそんなモモを見て、再び笑みを浮かべる。最後に軽くモモの頭を叩いた。

モモはほうじ茶の存在を思い出した。顔の位置を戻し、茶葉を焙烙から出す。

少し炒りすぎたので、スタースと二人で飲むことにした。


 仕込みも掃除も終わって、二人で休憩をする。

ほうじ茶を啜る音が静かに店内に響いた。

ダンボールの上ではすーちゃんがすやすやと眠っている。

今日はスタースの作った大福を味見する。形もきれいだし味もいい。餡もスタースが作ったのだ。モモが褒めると、スタースは嬉しそうに大福を眺めていた。


「それで、この前の件なのだが」


スタースが話を変える。が、モモは「この前の件」に心当たりがなく、ぽけっとした顔でスタースを見る。


「この前、私が倒れていたところを助けてくれただろう。何かお礼をしたいと思っているんだ」


「え! い、いえ、たいしたことなんてしてないですし……」


別に返してもらうほどではない、困っていたら助けるのは当然だと言うと、


「私は受けた恩は必ず返す。何か礼になるものを考えて欲しい」


そう返されてしまった。


「は、はあ」


「何か考えてくれ。明日、また来る時に教えて欲しい」


九時前になると、スタースは店を出ていく。モモはそれを見送ると、先程のスタースの会話を思い出した。


「お礼って言われてもなあ」


なにがいいかさっぱりだ、とモモは考えこみながら店に引っこんだ。


 昼には新人三人組が遊びに来た。三人とも険しい顔をしているので、モモは何事かと思いオーダーをとりにいく。

三人はいつものメニューを注文した。すぐにマコトがモモの肩を掴み、顔を近づける。


「モモ、大丈夫? バウリン隊長に何か言われたりした?」


「へ?」

モモは何度か目を瞬かせ、三人を見た。


「隊長さんが、何?」


「あたし見たの。朝、バウリン隊長がここから出てくるとこ! あのバウリン隊長だし、営業時間外だし、モモが何か酷いことを言われたんじゃないかって」


どうやら、スタースが出ていったところを目撃されたらしい。スタースがももに営業時間外に来ると、何か言われたと思われるのか。


「大丈夫だよ。えと、ちょっとね……前に隊長さんが倒れていたところを助けたの。で、お礼を言われただけ」


ウソは言っていない。茶房を手伝っていることは言えなかったが。

その話を聞くと、マコトは安心したようで椅子に身体を預けもたれかかった。


「なーんだ。そういうこと。ふーん、なかなか義理堅い性格なんだね、バウリン隊長」


意外だな、と手を顎に当て目線を上に向ける。

モモの話したスタースを想像しているようだ。


「倒れてたって、体調が悪かったの?」


ショーンが聞いてくる。


「うん。精神波がちょっと乱れてたから。疲れてたのかも」


「あの鬼が疲れたなんてわかるわけないだろ。人間じゃねえし」


「あんた、どんだけ隊長のこと嫌いなのよ」


ケラケラとマコトが笑う。モモは、どうもこの雰囲気が居心地が悪かった。


「わたしは、優しい人だと思うけど」


手伝ってくれる時のスタースを思い出しながらそう言う。

が、三人は首を横に何度も振った。


「なわけねーだろ」

「優しいわけないない!」

「ちょっと想像できないな」


三人は口々に否定の言葉を上げる。

スタースはどれだけ印象が悪いのだろうか、と流されるようにモモはぎこちなく笑った。


 店を閉めたモモは、茶房から出て外壁階段を登る。非常口から支部内に入ると、医療部の前でドアをノックした。

ドアが開かれ出てきたのは、スタースだった。

二人は突然の出会いに驚く。


「隊長さん、お疲れ様です」


「ああ。赤郷もご苦労。では、私は失礼する」


スタースは医療部を出ていきエレベーターへ乗りこむ。そこまで見送ったモモは、医療部の中に入った。医療部のメンバーに、差し入れのお茶とお菓子を配る。その中にはマリナもいた。


「さっき、バウリンと話していたわね」


相談があると言って、モモはマリナと個室に入る。さっきの場面を見られていたようだ。


モモはマリナに今までのことを話した。倒れていたスタースを助けたこと、茶房の仕込みや掃除を手伝ってくれていたこと。

マリナは手伝いの話に驚いていた。スタースとはよく話す口ぶりだったが、それについては知らないようだ。


「そうだったの。ちょっと見てみたいわね。バウリンが白玉団子作ってるところ」


マリナはそこまで言うと、想像したのか吹き出して笑い始める。モモも堪らず小さな声を漏らしてしまう。二人でひとしきり笑ったら、モモは相談に入った。

マリナはシンハ支部のカウンセラーでもあるのだ。シンハ支部のメンバーは、悩み事があると必ずマリナに相談する。もちろん、モモもだ。


「わたし、隊長さんと一緒にいて、本当はとっても優しい人なんだってわかりました。

でも、シンハ支部のみんなとは距離があるみたいで、もったいないって思ったんです。

どうにかして、みんなとも馴染んで仲良くできないかなって。わたしのエゴかもだけど……」


モモは目を落とし、膝に置いた手を握る。

もしかすると、自分のワガママかもしれない。でも、皆が普段のスタースを知らないのはもったいないと思うのだ。

マリナはそんなモモを見て、ハイビスカス色の唇を開いた。


「バウリンは辛い過去があって、それ以来、心を閉ざしているようなのよ。詳しくは言えないけど」


モモは顔を上げ、マリナを見た。もしかすると、とは思っていた。あれほど人と距離を置くのだから、何かあるとは予想はしていたが。

落ちこむモモを見て「バウリンのこと、本当に気にかけているのね」とマリナは言う。


「そうね。……モモちゃんなら、もしかするとバウリンと支部のみんなの橋渡しになれるかもしれないわ。だって、バウリンのこと、とても考えているようだから」


「あなた達、お互いがお互いのことばかり考えているし」


最後の言葉の意味は、モモにはわからなかった。モモは医療部を出ると、考えこむ。


(わたしにできることって何だろう?)


スタースの真剣な顔、困った顔、嬉しそうな笑顔、いろんな表情を見て、本当のスタースを知って欲しい。

スタースが皆の前でも素直にいられたら、きっと支部の人達もスタースの新たな一面が見られるはず。何かいい案はないか。


「あ。そっか」


モモの頭にあるアイデアが浮かぶ。顔を上げると、目が輝いていた。


(ゆっくり、ゆっくりでいいから、隊長さんに慣れてもらって、みんなにも少しずつ知ってもらおう)


モモの口角は自然と上へ上がり、いつもよりかろやかに歩く。明日、スタースにお礼をしてもらおうと決め、店へと帰っていった。


 翌朝。スタースがやってくると、いつも通り仕込み作業に入った。今日もスタースに小豆を煮てもらう。モモは他のお菓子の準備と、ほうじ茶を作る。どら焼きの生地の準備をし、焙烙で茶葉を炒る。スタースは餡子とお汁粉を用意し、白玉と求肥を作っておけば準備万端。

 仕込みが終わったら、掃除だ。スタースは素早く床とテーブルを拭き、店はぴかぴかになった。

全ての準備が終わったので、休憩に入る。モモはほうじ茶を淹れると、スタースと一緒にゆっくりと飲んだ。


「あの、隊長さん。お礼の件なんですけど」


モモはほうじ茶を一口飲むと、話を切り出す。


「ああ。何か思いついただろうか」


「ウチの、バイトになってくれませんか?」


「なるほど、バイト……バイト?」


モモは真剣な表情で、頷いた。


「隊長さんがいると、準備もスムーズで本当に楽で。これからもお手伝いしてくださればと。朝の仕込みだけで良いんです。もっというなら空いている日だけでも。お願いします」


立ち上がると、深々と頭を下げる。これがモモのアイデアだ。スタースは店の手伝いをしている時は素のままでいられる。自然体でいられる時間を少しずつ伸ばしていって、いつか皆にもスタースの素顔を知ってもらおう。そんな計画を立てたのだ。

もちろん、スタースが手伝ってくれること自体がモモには嬉しい。作業効率がアップするのでお店にとってもかなりありがたかったりするのだ。

一石二鳥、いやスタースが恩を返せて満足するなら一石三鳥の恩返しなのである。


「それは、その……私が、いていいのか? 」


スタースは恐々と、モモに聞く。自分なんかがいていいのか、そんな風にモモには聞こえた。


「今まで、迷惑だったりしなかったか?」


「全然ですっ!」


モモははっきりとそう応えた。モモの言葉に、スタースの瞳が揺れる。そんなスタースを、真っ直ぐに見つめるモモ。


「迷惑なんて思ってません。仕込みや掃除も楽になったし。それに隊長さんと一緒にお仕事できて、わたし、楽しかったです」


迷っているように、視線がモモから離れる。


「嫌、でしたら、別のをお願いを考えます」


モモは最後にそう付け加えた。強要はできない。

しばらくの間、店に沈黙が下りる。

店内の猫ベッドで寝ていたすーちゃんがにゃあ、と鳴いたのが聞こえた。


しばらくして、スタースは一旦目を閉じ、次にはモモを見ていた。穏やかな表情で、こう言う。


「……私でよければ、これからも手伝うよ。君と一緒にいて、ここの仕事が意外と好きになったしな」


「っ、ありがとうございます!」


モモは再び頭を下げる。スタースはモモを見て、困ったような笑い声を出した。


「私が恩を返すのに、君が礼を言ってどうするんだか」


そんなわけで、スタースは正式に茶房もものアルバイトになることになった。

恥ずかし気に、これからについて話すモモとスタース。そんな二人をすーちゃんは見つめ、満足気に眠りにつくのだった。

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