3 スタースの決意
東シャンア地区の戦闘が終わる。
スタースの指示により、ベテランナイツはレベル三の異喰イの討伐。新人たちは住民の避難とレベル一、ニの異喰イを倒すことになっていた。レベル三の異喰イは地区一つ覆うほど大きく、結界内は手下であるレベル一、ニが中をうろついている。
スタースは新人ナイツを副隊長に任せ、ベテランナイツ達とレベル三の心臓である<核>を攻撃する。
レベル三以上は、核さえ壊せば消える。
事は順調に進んだ。ナイツの猛攻撃に核が壊れ、異喰イは叫び声を上げながら、透き通っていき煙のように体は風に乗せられた。
異喰イが消えたところで、ナイツ達が歓声を上げる。分析班がやってきて、煙になった異喰イの体を採取し始めた。その中にはユウもいる。
スタースは顔をしかめた。喜ぶナイツ達の中にスバルを見つけ、睨む。すぐにナイツ達が凍りついた。これはいかん、と皆、口を閉じる。スバルだけは、ふてぶてしくその場に仁王立ちしていた。
スタースは新人ナイツの態度に、腕を組みスバルと対峙する。
「早川、何故貴様がここにいる? 新人バスターは避難誘導とレベル一、ニの討伐のはずだか?」
まだスバルは養成院を出て、新人ナイツになったばかり。そんなスバルが、レベル三の異喰イの戦いに紛れていたのだ。スタースはため息を吐く。そしてもう一度スバルを鋭い瞳で見つめた。
「オレだって戦えます」
スバルは謝るどころか、反抗的にスタースを見つめ返す。全く、とスタースは心の中でもため息を吐いた。眼光はより鋭くなり、冷たいオーラに隊員の誰もが口を開く勇気さえ無くす。
「戦える、戦えないの問題ではない。君はまだナイツになって日が浅い。戦えます? それは君よりベテランの彼らが君をサポートしたからだ。だがそのせいで彼らの戦闘能力が半減し、倒せるものも倒せなくなったらどうする? イーターに侵食されたら? はっきり言おう。足手まといだ」
スバルの目が揺れ動く。どうやら効いたらしい。スタースは両手を後ろに回すと、歩き出しスバルの横を通り過ぎる。その間際、口を開いた。
「守りたいなら、強くなるのではなく、まず己を律することから始めなさい」
スタースはその場を去る。
すると、副隊長のトーマスが慌てて付いてきた。
「申し訳ない、バウリン。俺がちゃんと見ていなかったばかりに」
「スバル・早川は確実に狙っていた。次はもっと早川を監視しておいてくれ」
「困った問題児だ」
トーマスは苦笑したが、すぐに真顔に戻った。
スタースが笑っていなかったからだ。むしろかなり険しい顔をしている。これもいつものことだが、トーマスも自分を扱いにくい存在だと思っているのはよくわかっていた。
「バ、バウリン。たまにはゆっくり話さないか? こっちに来て知らないことばかりだろうし、色々案内するよ。そうだ、茶庵ももとかどうかな」
「悪いが先約がある」
ももの名前に少し反応したスタースだったが、表情は崩さない。トーマスの申し出を断ると、スタースは波動力エレベーターに乗り医療部へと向かった。
医療部のドアをノックをして入ると、医師のマリナ・ラングドンが椅子に座ってお茶を飲んでいるところだった。マグカップを傾けると、スタースに気づきにっこりと微笑む。
ハイビスカスを思わせる、官能的な色の唇が持ち上がる。誰でも見惚れてしまいそうな美しい顔立ちだ。
シンハ支部にファンクラブがあるほどの、人気の医師だ。
さらに父親はアーシェスの議員で、伯父が議長であるスタースも顔を知っている。スタースの秘密を知る数少ない人物で、シンハ支部に来た当初もいろいろと気を遣ってくれた。
「ちょうどモモちゃんからハーブティーをいただいたの。貴方もどうかしら? バウリン」
今日はやけに彼女の名前を聞くな、とスタースはハーブティーの入ったマグカップを手にした。マリナは自分専用の医務室にスタースを招き入れる。
「体調はどう? 一度、倒れたと聞いた時は心配したけど」
マリナはてきぱきとスタースを診察する。手際もよく、優秀な医師なのが見てとれる。
「あれから調子がいい。今のところ問題はない」
「それならよかった。症状の進行は抑えられないけど、ある程度ゆっくりにはできるから」
マリナは測定器をスタースの手に当てた。
診断結果が出るまで時間がかかる。この間、スタースは気になることをマリナに聞く時間にしている。
「モモ・赤郷についてなんだが」
スタースがその名を口にすると、マリナの目尻が下がり穏やかな表情を浮かべる。
「会ったのね。いい子でしょ? お茶もお菓子も美味しいし、何より一緒にいると元気が出るのよね」
「バスター適性が無いようだが、異喰イへの耐性があり精神波を読めると聞いた。昔はバスターを目指していたとも」
「ああ……そう。不思議なんだけどね。わたしもよくわからないの。
もともとはバスター養成施設の候補生だったらしいわ。天才的な戦闘能力で将来を期待されていたとか。
でもある日突然、なくなったんですって。適性が。結城君は施設の先輩だから、詳しく知ってるはずよ」
珍しいわね、貴方が興味を示すなんて。マリナの言葉に、スタースは頷く。
「彼女は、私と同じ適性を持っている気がするんだ。なんとなくそう感じる。気のせいならばいいのだが」
「……そう。モモちゃんが。私も調べてみる。もしそうだったら」
「私と同じ事にならなければいいが」
ピピ、と測定器が鳴り、マリナの顔が変わった。スタースは悪い結果が出たのだろうかと様子を伺う。
「進行しているか? それは仕方ないだろう。いつものことだ」
「それがね。してないの」
「は?」
スタースはつい間抜けな声を出してしまう。
進行していない? 今までは少しずつ症状は悪化していた。研究者達もいずれは、と口を濁すくらいに。それがしていないとは、どういうことだろうか。
「何でかしら? 貴方、最近、何かあった?」
「いや、特に」
数日前に倒れて、モモに介抱してもらったくらいだ。後はいつも通りの生活を送っている。
「そう」マリナの表情が険しくなる。測定器をデスクに置くと、メモをとる。
「やっぱり、おかしいわ。この支部」
眉間にしわを寄せ、そう言った。
「何がおかしいんだ」
「なんていうか、バスターや職員達の異喰イ耐性が高いのよ。他の支部と比べて。貴方もここのバスター達が長寿なのは聞いているでしょう?」
「ああ」
その話は、シンハ支部に来る前に聞いていた。
他の支部のバスターより、長生きなバスターが多いと。そんなこともあるのかとは思っていたが、あまり気にしてはいなかった。
「何故だかね。でも原因がわからいのよ。不思議ね。貴方の身にも起きるということは、やっぱりこの支部には何かあるのね」
「ふむ」
スタースはマグカップに入ったハーブティーを一口飲む。いつのまにかぬるくなっていたが、それでも美味しいので驚いた。
「これについても調べる必要があるわね。リカちゃんに話してみようかしら。とりあえず様子見ってことで」
医療部を出ると、スタースの足は自然と西エントランスに向かっていた。いや、正確には茶庵ももに。
彼女の作るお茶は美味しい。不思議とほうじ茶が飲みたくなって店の前まで来てしまった。茶庵ももは賑やかだった。バスターや職員達が楽しそうにお茶を飲んで話している。
なんとなく、自分が場違いな気がした。
モモが姿を現した。客から注文をとると、太陽のような明るい笑顔で店の奥に消えていく。
「にゃー」
いつのまにか、モモの飼い猫が側にいた。
スタースは黒猫を見下ろし、困った顔で呟く。
「邪魔をしては悪いよな。今日はやめておく」
黒猫は首を傾げた、ように見えた。
スタースは踵を返して茶庵ももから離れる。
少し歩いてすぐに振り返った。誰かに見られている気がしたのだ。
「……猫か」
居心地の悪い視線だった。まるで何もかも見透かしているような。気のせいだと振り切ると、再び歩き出す。
もし、彼女も<覚者>の素質があるなら……いずれ奴らが接触するはずだ。
スタースは歩きながら思いを巡らす。
自分のようになる人間が増えてはいけない。
奴らと契約し、もし適合に失敗したら自分と同じようになってしまう。
そう、今のスタースのように「異喰イへと少しずつ変化することとなる」。
彼女をそんな目に遭わすわけにはいかない。
守らねば。
スタースの意思は固い。それはあの日からずっと変わらない。家族と故郷を失い、自身も人間という性質を失った時から。