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2 邂逅

 スタースがやってきて一週間が経った。茶房ももにスタースが来ることはなく、着任式以来モモは彼を見ることがなかった。


 夜、モモはシンハ支部の廊下を歩いていた。

研究室のメンバーたちに差し入れを持って行き、帰るところだ。温かいお茶と手作りの焼き菓子を振る舞うとみんな喜んでくれた。特に天才研究者であり大食いのリカが。

メンバーと話しているうちに、いつのまにか時間が経ってしまったのだ。

ついでに医療部のマリナ医師の元にも顔を出した。

世間話をしていたら、こんな時間だ。

支部の建物なので不審者はいないだろうが、夜道を歩くのは一人では心細い。


 支部の外壁を伝い、自分の店に戻る。茶庵ももは二階建てで、一階が茶庵で二階が自宅だ。

店が建つ際に、ナイツや職員のように寮に住む話も持ち上がったこともあった。だが、仕込み作業などで行き来が楽な方がいいので二階建てにしてもらったのだ。


ちなみに支部には波動力によりエレベーターが設置されている。便利だが、モモは支部外壁の階段を使う。茶房の店主といえど支部のメンバー。足腰くらいは鍛えなければというのが、モモのできるかぎりの努力だ。


 モモに風に当たりぶるっと震えた。夜のルルド街は寒い。ルルド街一高いシンハ支部は、冷たい風を直に受けるのでさらに寒いのだ。


 西エントランス外に下り立つ。ここから店まではあと少しだ。月明かりに照らされた道を見て、モモはギョッとした。

アーシェスの制服を着た誰かがうずくまっている。職員か誰かだろうか。気分が悪くなったのかもしれない。


「あの、大丈夫ですか!」


モモはうずくまる人に駆け寄った。月明かりに浮かぶ横顔にもっと驚いた。

第二討伐隊隊長スタース・バウリン、その人だった。

動揺はすぐに落ち着いた。精神波が安定していないことに気づいたのだ。息も荒い。

月明かりに照らされた横顔は白く血の気が引いている。


「動けますか? とりあえずこっちへ」


スタースは何も言わずによろよろと動き出す。モモは彼の手を掴む。白い手袋が月光に輝き、内側から冷気を感じる。不思議に思ったが、とりあえず店へと向かった。

茶房モモの入り口前に、すーちゃんが帰りを待ち侘びていた。スタースを見て訝しげな視線を送ってくる。


「隊長さんが倒れてたの。お茶を淹れてあげないと」


店に入ると灯りをつける。店内が明るくなった。モモはスタースを椅子に座らせると、手際良くお茶を作り出す。

土瓶に火をかけ、沸騰したところで茶葉を入れる。三十秒経つと、茶器に注いだ。


茶碗をお盆に乗せ、スタースの元へ行き茶を渡した。

顔面蒼白なスタース。しばらくして少し落ち着いたのか、しっかりと椅子に座り茶碗を見つめる。


「あたたかいお茶です。体を温めたら元気になりますよ」


スタースは何も言わずにお茶を口につける。

ふう、と吐く息は白かった。

モモはスタースを観察する。鋭い青の瞳。体は筋肉質で、背が高い。彫りの深い顔立ち。髪はオールバックだったのだろうが、倒れていたので少し乱れていた。

スタースが視線を上げて、モモの目とぶつかる。少し生気をとり戻し、うっすら輝いていた。


「迷惑をかけたな、すまない」


着任式で聞いた、無愛想な声色。しかしその目は感情を宿しているように見える。申し訳ないと心から言っているような気がした。


「いえ、あの、体調、大丈夫ですか?」


「ああ。これを飲んだら落ち着いた。ここは……君は、支部の職員か?」


スタースは物珍しそうに周りを見回している。

シンハ支部以外の支部には茶房などないだろうから、気になるのだろう。


「モモ・赤郷です。この茶房の店主です」


「茶房……そういえば聞いたような気がするな。モモ・赤郷、礼を言う。この恩は必ず返す」


その瞬間、スタースは目を見開いた。

動揺したように、瞳が揺れる。手を上げると、モモの頬に添え何か観察するようにしばし見つめている。モモは突然のことで固まっていた。

スタースの手は手袋をしているのに冷たく、頬にひんやりとした感触を受ける。


「あの」


そこでスタースは気づいたのだろう。慌てて手を離し、照れているのか顔を背けた。


「すまない。邪魔をした」


スタースは立ち上がると、さっさと店を出て行ってた。

体調は大丈夫なのだろうか?とモモは店から顔を出す。しっかりと足を踏みしめ、歩いて行くスタース。とりあえず安心した。そのうち、スタースの姿は暗闇に消える。


 にゃあ、と言う声に足元を見る。すーちゃんも一緒に、消えたスタースの暗闇を見つめている。モモはすーちゃんを抱き上げると、もう一度彼の消えた夜の先を眺めた。


「そんなに怖くなかったよね、すーちゃん。でも心配だな。お茶を飲んだら少し精神波が安定したみたいだけど」


そう話しかけると、すーちゃんは大きなあくびをひとつする。モモはそれを見てつい笑ってしまった。


「もう寝よっか。……はあ、びっくりしたー。なんでわたしのほっぺに触ったんだろ?」


モモは触れられた部分に手で触れる。まだ冷たい感触が頭に残っている。

それにさっきの、自分を見る瞳。何か驚愕しているように見えた。

首を傾げながら、店の中へ入る。

茶房ももの灯りが消え、月明かりだけがももを照らしていた。



 それから二日経った。早朝。モモは届いた荷物を受け取り裏口から運ぼうとしていた。

あれからスタースは見ない。また倒れたりしていないだろうかとたまに思い出す。

しかし毎日の仕事もあって、そこまで彼のことを気にかける余裕もなかった。


「うーん」


モモは台車から袋を持ち上げようとしている。しかし、あまりの重さに動けない。そもそも持ち上がらない。


「ダメだ。もっと腕力を鍛えないと。異喰イも倒せないよ」


ナイツでないのに嘆いている。息を吸い込むと、もう一度力を入れて、袋が浮いた。

モモの腕が軽くなる。見上げると、スタースが袋を持ち上げていた。


「あ。隊長さん」


「運ぶから、離れてくれ」


「はっ、はい!」


軽々と袋を店内に運ぶ。スタースのお陰で、十分もかからずに荷物を運ぶことができた。


「あの、すみません。ありがとうございます」


「大したことはしていないよ」


スタースの口元に笑みが浮かぶ。


「……何か淹れますね。待っていてください」


スタースの返事も聞かずに、モモはキッチンに立つと手際よくお茶を入れ始めた。

その頭の中はスタースの微笑でいっぱいだった。


(あの隊長さんが笑った。優しく)


今までの印象や、支部のバスターから聞いた怖いスタース像が揺らぐ。

お茶にわらび餅も添えて、テーブルについたスタースに運んでいった。


「ありがとう」


スタースは素直に礼を言うと、お茶を一口飲んだ。


「飲んだことのない茶だ。紅茶とはまた違う」


お茶を飲んで一息つくと、不思議そうに茶器の中の水色を眺める。


「ほうじ茶と呼ばれる、茶葉を火で煎ったものなんです」


スタースは、名前から聞くと北ノ大陸の出身のように思える。ほうじ茶は珍しいのだろう。

モモの言葉を聞いて、さらにまじまじと見つめる。

再び一口ほど含む。わらび餅もつつきながら、しばし穏やかな時間が流れた。


「あの……あれから大丈夫ですか? かなり精神波が乱れてるようでしたけど」


モモがおずおずと聞くと、スタースは眉を動かして目線をモモに向ける。


「精神波が読めるのか? 君はナイツではないはずだが」


「昔、目指していたんです。でも適性がなくて」


「適性がなくて、精神波が読めるのか?」


それはモモにもわからない。何故だか異喰イへの耐性と、精神波を読むことだけは今でもできるのだ。そう話すとスタースは何か考えこんでいる。やはりおかしいのだろうか、と思うとモモは萎れてしまう。


サイレンが鳴った。異喰イが現れたのだろう。スタースが立ち上がる。その空気にモモの背筋が震えた。スタースを見上げる。さっきまでの穏やかな表情は一変し、冷たく慈悲のない顔つきに変わる。

眼光は鋭く、憎しみを帯びたように目の奥が燃えていた。


「美味しかった。また来る。借りも返せてないしな」


「あっ、い、いってらっしゃい!」


突然の変貌に戸惑いながらも、モモは店を出るスタースの背中に声をかける。返事はなく、店からスタースはいなくなった。


「怖かったー」


モモは椅子にへたりこみ、空の茶器と皿を見つめる。また来る、と言っていた。借りも返せていないと。


「次は……北ノ系の紅茶でも淹れてあげようかな」


スタースの微笑んだ顔を想像し、紅茶には何が合うかを考えるモモだった。



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