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18 居場所

 スタースが目を覚ますと、違和感を覚えた。

自分の部屋ではない。知らない部屋だ。

隣に気配を感じて起き上がる。モモが、スタースの手を握ったまま眠っていた。

そこでやっと、昨日のことを思い出す。


 昨日の夕方、スタースは茶房に訪れた。高台へ続く坂から、モモが手を振っているのが見える。スタースも振り返した、その時だった。


体に痛みと苦しみを感じ、そのままスタースは倒れたのだ。朦朧とした意識の中、モモの声を聞いていたような気がする。


(赤郷が、看病してくれたのか)


スタースはそっと、モモに触れようとして……やめた。


(何をしているんだ、俺は)


モモの横顔を見ると、気持ちがこみ上げる。それはスタースの感じたことのない想いだった。

触れたい、とも、抱きしめたい、とも。

一瞬、奥底から湧き出た気持ちに、スタースは驚愕し戸惑っていた。

これはいったい何なのか。


(俺は、おかしくなってしまったんだろうか……)


カーテンを開ける。日差しを浴びて、心を整えた。律せよ、とスタースは自分に命令する。

信念を忘れるな。他に気持ちを持っていくな。

冷静さを取り戻すと、モモの声が聞こえた。


「隊長さん……大丈夫ですから……うーん」


夢でも、心配してくれているのだろうか? モモらしいと口元が綻ぶ。


(優しい子だ)


妹を思い出す。優しくて、ワガママなんて言わない、家族想いな子だった。スタースはモモを妹に重ね合わせる。ああ、そうかこれは。

きっと家族のように想っているのだろう。モモを。


「赤郷」


スタースが名前を呼ぶと、モモが起き上がった。目をぱちぱちさせている。


「おっおはようございます! 隊長さん、大丈夫ですか?」


スタースを真っ先に心配する。その顔は勢いよくスタースに近づき、息と息が触れ合った。しばし固まる二人。


「すすすすみません!」


モモが素早く離れる。顔が真っ赤だった。だが自分も一緒だと、スタースは気づいている。


「い、いや、大丈夫だ」


赤面するところじゃないだろ、と自分に冷静に突っこむ。

前髪が垂れて邪魔だったので、かき上げる。部屋に戻ったらセットし直しだ。


「倒れたところを助けてくれたんだな。ありがとう。そしてすまない。ベッドを使わせてもらったんだ。それに君は、ずっと私を見ていてくれたのだろう」


「寝不足ではないか?」と聞くと、モモは首を振った。大丈夫です、と答える。ならいいがとスタースはモモをよく見た。隈もないし、本当に大丈夫なようだ。


「それより隊長さん、体の具合はどうですか?」


「ああ。すっかり元気になったよ。君のおかげだ」


モモの精神波のおかげだろうか。痛みも這いずり回る感覚も、すっかり消えていた。


「隊長さん、もしかして病気だったりしませんか? 前だって、苦しそうだったし……」


「大丈夫だよ。気にしないでくれ」


心配するモモに、スタースは言葉を被せる。自分については話したくなかった。異喰イ化だなんて言えるはずもない。

少し無愛想だったろうか、と後悔した。


「お礼と言ってはなんだが、朝食を作るよ。厨房を借りていいかな」


話を変えようと、スタースはさっさと一階へ行く。モモが後からついてくる音が聞こえた。

卵とベーコン、トーストを焼く。モモはお茶を淹れていた。

二人で食べる朝食は、和やかだった。たまにはこういったものもいいな、とスタースは思う。

まるで、家族と一緒に食卓を囲んでいるようだった。


 仕込みも終わると、スタースは茶房から出て波動力エレベーターに乗った。一旦、寮に戻り服を着替える。髪を整えたら、寮を出た。

エレベーターに乗り七階につくと、医療部に入る。

マリナの執務室のドアをノックする。どうぞという声が聞こえたので、中へ入った。


「検査を頼む」


短く伝えると、マリナは顔を険しく変えた。スタースから頼んだことに、何かを感じとったのだろう。手短に昨日からさっきまでのことを話す。その間に検査結果が出た。


「異喰イ化が進んでいるわ。この前の侵食が原因ね」


「やはりか」


無茶をしたのはわかっていた。だが、マコトを救うにはああするしかなかったのだ。マリナもよくわかっているのか、何も言わなかった。


「モモちゃんの精神波で、何とか進行を抑えている感じね。できるだけモモちゃんの隣にいた方がいいわ。彼女のお茶を飲むのもいいわね。

それから、できる限りムリしないこと」


「ああ。わかっている。赤郷には悪いが……」


「あら、死んでも構わないとは言わないのね」


その言葉に、スタースははっとした。マリナが優しく微笑んでいる。


「少し前の貴方なら、死んでもいいだなんて言っていたのに。変わったわね。誰のおかげかしら?」


モモの顔が真っ先に浮かぶ。スタースは自分の変化に衝撃を受けた。今までは、異喰イを倒す為に死ぬなら本望だと思っていた。

だが、今は違う。生きたい、少しでも長く。

その理由は? モモと、茶房ももだ。バイトができなくなるのが、惜しいと感じるのだ。


それくらい生き甲斐になっていることに、スタースは気づいてしまった。


「それはいい事だと私は思うわ。死んでいい命なんてないもの。ましてや自分から望むなんだなんて、死んで楽になるなんて罪だわ。生き延びないと。どんなことをしてでもね」


「どんなことをしてでも、か」


異喰イを倒す為なら、どんなことでもしてきた。青春は真っ先に捨て、友人など作らず、ただ異喰イを倒す日々。伯父のコネを使って、隊長となりシンハ支部へ来た。


「貴方にも生き甲斐ができたのね。茶房ももと、モモちゃん。よかったわ」


モモちゃんを泣かせたら許さないわよ、とマリナは腰に手を当てて言った。


 スタースはマリナの執務室を出た。そして、マコトの病室の前に立ち、悩んでいた。

いろいろな想いが、頭の中に渦巻いている。

自分の想いに、生き甲斐に気づいた興奮。喜び。衝撃。戸惑い。


 ドアが開いた。モモだ。スタースを見上げて目をくりっとさせる。後ろに見えるマコトがニヤニヤしているように見えるが、何故だろうか。


「じゃあ、またね。マコト。明日はうちに来てね!」


「はあーい。モモも頑張ってねー」


ドアが閉まると、モモがこちらを向いた。スタースは何かを誤魔化すように咳払いをする。何を誤魔化しているのか、自分でもわからないが。


「ちょうど医療部に用があってな。君もいるだろうかと思って」


「そうだったんですね。隊長さん、今日はお仕事ないんですか?」


仕事か。スタースは頭の中で、執務室の書類の山を数える。まあ、終わると言えば終わる。


「午前中には終わると思う。お昼は君のところで食べにいくよ」


「わかりました。待ってます」


モモのはつらつとした笑顔が、眩しい。この笑顔を曇らせてはならない。必ず行こう、とスタースは誓った。


昼に茶房ももへ行くと、混雑していた。モモはハムスターのように動き回っている。スタースは思わず、モモの持っている注文票を手にとった。


「手伝うよ」


制服の上に、エプロンを着て注文をとりに行く。テーブルに行くと、シンハ支部の職員は驚いていた。

スタースは気にせず注文をとる。客がひっきりなしに来るので、これはモモ一人では大変だと痛感した。店内は狭いとは言え、客の足が絶えない。お茶やお菓子、ランチを準備しながら注文をとるのは難しいだろう。


スタースは注文をとり、客に料理を運ぶ。モモは厨房で準備をする。


スタースの客さばきは素早い。ナイツとして臨機応変に対応する能力が活かされているようだ。


 モモは厨房でじっくりお茶を淹れて、お菓子や定食の準備をする。

二人はいつも一緒に仕込みをしているので、お互いのことがよくわかっていた。そのリズムは、まるで阿吽の呼吸のようだ。


 皆、最初はスタースに体を固めていたが、時間が経つと物珍しそうにし始め、スタースの給仕にも慣れてきた。

夕方になると、ももに客がいなくなる。二人は、後片付けを終えてテーブルについた。モモから、まかないのおにぎりとお茶が出る。


「隊長さん。手伝ってくださってありがとうございました。すごく助かりました」


「あれだけ客が多かったら、君も大変だろう。役に立てたなら嬉しいよ」


スタースはそこまで言って、迷った。


「あのな、赤郷」


「はい?」


モモの丸い瞳が、スタースを映している。


「その……だな。よかったらなんだが、仕事もないヒマな時は、給仕のバイトもしてもいいかな、などとな……」


「給仕ですか?」


モモはじっとスタースを見つめる。


「私は怖がられるから、逆に客足が遠のくかもしれない。だが、今日ここに来て思った。君一人では、さばききれないだろうと。よければなんだが、ここを手伝いたいんだ」


「本当ですか? 嬉しいです!」


さらりとモモが言った。特に迷う様子もない。

少し拍子抜けして、スタースは口を開いたままモモを見ていた。


「わたしもさすがに一人では大変だったので、隊長さんに来てもらえたらすごく助かります! あ、でも、ムリはしないでくださいね。本当に空いている時でいいですから」


「そうか……なら、空いている日は手伝いに来るよ」


異喰イ化の進行を止めるにも、モモの精神波が必要だ。だが、それより何より、スタースには茶房もものバイトが生きる糧になっていた。

美味しいお茶を出す茶房ももと、ちょこまかと動き回る可愛いらしいモモが。


「すーちゃん、隊長さんがお手伝いに来てくれてるんだって。すーちゃんももっと仲良くしてね?」


嬉しそうに猫を抱き上げる姿が、微笑ましくて心が温かになる。


(当初の目的を忘れてしまいそうだ)


それなのに、心は踊っていた。

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