15 暴走
スタースは、トーマスと共にひと気のない大通りを歩いていた。空は灰色で、レベル一やニの異喰イがウロウロしている。二人共、慣れた動作で異喰イの脳天に弾を撃つ。
灰のように消えていく異喰イに、トーマスがやれやれと肩を揉んでいる。
「久しぶりのレベル四だな。しっかし、一体どこにいるのかねぇ、核の奴は」
「うーむ。私にもわからん」
普段なら、核はよく目立つ。だが今回は全く見かけないのだ。スタースも異喰イと同調しようとしているのだが、上手くいかない。
「アーシェスの探索機にもノイズばっかりだ。妨害波を出すタイプかもな」
「今回は厄介かもしれん」
「ああ」
スタースは、通信機のスイッチをオンにする。
「全ナイツに核の探索を命じる。発見後は速やかに報告しろ。報告が終わったら待機だ。無謀なことをしないように」
ナイツ達の返事が聞こえる。その中には、マコトの声もあった。スバルからは返事はない。
(馬鹿なことをしなければいいが)
「喉渇いたなー。ま、こういう時にこれ持ってきてんだけどな」
トーマスは、ボトルを開けてお茶を飲む。きっともものお茶だろう。任務中にのんびりお茶を飲むなど言語道断だが、モモのお茶は特別だ。
耐性を上げる力を持っているのだから、戦闘前に飲むのは合理的だ。
「喉が渇いたのはわかるが、気を緩めるな。飲んだら引き締めろ」
「わかってるって」
飲むと懐にボトルを仕舞う。スタースも飲みたかったが、示しがつかない気がして言えなかった。巡回の時には、モモのお茶とボトルを用意することを密かに決めた。
「こちらバウリン隊、マコト・望月。核を発見しました!」
通信機からマコトの声が聞こえる。マコトは場所を伝える。
「バウリン隊、ミッドゴルド隊は核発見ポイントに集結。マコト、待機だ。我々が来るまで待つように」
「了解。……ちょ、スバル! あんた何してんの!」
マコトがスバルの名前を叫んでいる。スタースとトーマスはお互いを見た。危険だ。二人は走り出す。
「スバル! 皆が来るまで待つの!」
「オレだって戦えるんだよ!」
轟音が通信機から鳴る。マコトの叫び声が聞こえる。
「早川!無茶をするな! すぐにその場から離れろ!」
スタースは通信機に怒鳴る。だが、二人が聞いていないのはすぐにわかった。
「スバル! 逃げて! あたし達じゃムリ!」
「オレだって……うわあっ! マ、マコト!マコトっ!」
「あのバカ! スタース、もうそろそろだ!」
「すぐに戦闘に入る。まずは二人を救出する!」
「ああ!」
二人共、走りながら準備をする。トーマスは使い慣れている展開槍だ。スタースは連射銃のロックに指をかける。
街の角を曲がる。二人は武器を構えた。
スバルが巨大な異喰イを剣で攻撃している。が、効いていない。混乱していて力が入っていないのだ。異喰イの中に、マコトが飲みこまれている。侵食されている。
「マコトを離せえええっ!」
「早川! 退け! 邪魔だ!」
スタースはスバルを引き剥がすと、異喰イの頭に弾を連続で撃ちこむ。反応はない。
「バウリン! 攻撃が効かない!」
「まずは望月を助ける!」
スタースは異喰イの中に入りこむ。
「バウリン!」
スタースに不快感が襲ってくる。だが、そんなものを気にするヒマはない。スタースはしっかりと意識を保ち、マコトの手を掴む。
異喰イの体内から出て、マコトを引っ張り出す。
新鮮な空気を大きく吸って、怒鳴る。
「望月を搬送しろ! 時は一刻を荒らそう!」
ナイツ達がマコトを運んで行く。スタースは次に異喰イに意識を向けた。
(貴様の弱点を教えろ!)
スタースは同調を試みる。目を閉じると、異喰イの精神を読んでいく。
(見えた!)
「目の部分だ! 目を攻撃しろ!」
ナイツ達が銃を構え、異喰イの目を狙う。トーマスは、槍で異喰イを牽制する。
目を撃たれた異喰イ、いや、核が壊れる。
異喰イは耳をつんざくような声を出して、消えていった。
「バウリン! 大丈夫か?」
よろめくスタースを、トーマスが支える。
「私は大丈夫だ。早川は」
二人はスバルを見る。へたりこみ呆然としているスバルの姿があった。
「早川! お前、何やってんだ! お前も危うく侵食されるところだったんだぞ!」
「マ、マコトは……」
「医療班に運んでもらった。どうなるかはわからないが。早川、貴様、自分のやったことがわかっているのか?」
スバルは、スタースの声など聞いていないようようだ。ただ、異喰イがいた場所をぼんやりと見つめている。
「早川!」
「よせ、スコット。今の奴には聞こえないだろう」
スタースはトーマスを止める。スバルが立ち上がることは、なかった。
医療部の一室に、マコトは眠っていた。ドアの開く音に振り向くと、青い顔をしたモモが立っていた。
「隊長さん。マコトは、マコトはどうなんですか」
モモはガラス越しに、眠っているマコトを見ている。その目尻からぽろりと涙が溢れた。
「マコト……。死んだり、しないですよね」
スタースは頷いた。すると、モモは涙を拭って、深く息を吐いた。
「軽い侵食で済んでいる。しばらくしたら、普通の生活も送れるだろう。ナイツにも復帰できるはずだ」
「よかった……」
「君のお茶のおかげだ。侵食耐性が高く、軽症で済んだ」
「わたしのお茶、マコトを守れたんですね」
モモはこれから毎日、この病室に通うそうだ。お茶を飲めばもっと早く元気になるかもしれない、と。
「スバルは……」
「早川はしばらく謹慎だ。だが、相当こたえているようだ」
「皆さんから聞きました。わたし、嫌な予感がしてたんです。それで、マコトによく見ておくように言って……。マコトが、こんなことになるなんて」
「君のせいではない」
スタースは、モモの肩に手を置く。モモの体は震えていた。
「毎日、来てやってくれ。早川のことは私が何とかしよう」
スタースも、眠っているマコトを見た。
医療部から出ると、スタースは壁に寄りかかった。荒く息をして、目を閉じる。
(異喰イ体内に入ったことで、侵食が進んだか…….)
最近は、モモのお茶のおかげで、異喰イ化が止まっていた。だが、今回無茶をしたせいでかなり侵食が進んでしまった。
息を整えると、壁から離れ歩き出す。と、前方に人影が見えた。
「バウリン」
「スコットか」
二人は並んで歩き始める。
「早川のことなんだが」
スコットが口を開く。スタースは頷いた。
問題はスバルだ。今回のことで、かなり意気消沈している。……いや、塞ぎこんでいる。
このままナイツを辞める可能性もあった。
「問題児の早川だ。寧ろ、ナイツを辞めた方がいいかもしれないとも思う」
トーマスが言う。
確かにその方がいいだろう。再び同じことがあれば、ナイツ達に危険が及ぶ。それならば、いっそ辞めさせた方がいいかもしれない。
スバルをどうするかという権限は、スタースが握っていた。スタースが決めれば、スバルはどうにでもなる。
「だが……早川は、一般人からナイツの志願をしてきた者だ。きっと彼には彼なりの理由があるだろう。何も言わずに辞めさせるのも、どうだろうか」
「そうだな。早川には早川の理由があるのは、知ってはいる」
「とりあえず、話してみたい。それでももし、危険だと判断すれば辞めさせる。
しっかりと反省し、戦う意欲があるなら信じてみたいと思っている」
「バウリンの判断に任せるよ。隊長さんが決めたことだ。どうなっても受け止める」
「ありがとう。話を聞いて……いや、私から話をしてみる」
少し、自分のことを話そう。そう決めた。
数日後、朝方、スタースはスバルの部屋の前に立っていた。ドアをノックする。鍵が開く音がしたので、ドアを開けた。
カーテンは閉められ、薄暗い部屋の中。スバルはベッドに座って俯いていた。
「早川。大丈夫か」
返事はない。スタースは部屋の中へ入り、スバルの隣に座る。目には大きなクマができて、顔色は青白い。少し痩せこけているようにも見える。一睡もせず、食事もとっていないのだろう。
「寝てないのか?」
「……寝れるわけ、ねえじゃん」
絞り出したような細い声が、部屋に響く。
「オレのせいで、マコトは、マコトを危険な目に合わせたのは、オレだ!」
スバルは拳を作り、力を入れる。膝に小さなシミができた。涙を流しているのだろう。
「助かってもあんな目に合わせたのは、オレなんだ」
「当たり前だ」
スタースは冷たく言い放つ。
「君が無茶なことしたから、望月が危険な目に遭った。前にも注意したはずだ。君は人の話も聞かずに、自分の感情を振り回して彼女に傷を負わせた。まあ、よくわかっていると思うが」
「うぅ……」
唸りながら、涙を流す。後悔の色をした目に、カーテンから鈍く当たる光が溜まる。
「幸い軽症でよかった。だが、もしかすると廃人になるか、最悪、死んでいたかもしれない」
「すまねぇ、マコト……」
大粒の涙は頬を伝い、落ちていく。しばらくスバルは、嗚咽を漏らしながら泣き続けた。
「オレ、これからどうなっちゃうんすか」
ひとしきり泣いた後、スバルが聞いてきた。
まだ顔は上がらない。俯いたまま、焦点は揺れている。
「君次第だ」
「オレ次第……? 辞めさせるわけじゃないんすか」
「君次第だ。君が心を入れ替え戦うなら、認めよう。戦う意欲もないなら、辞めてもらう」
「んなこと、言ったって」
スバルは戸惑っているようだった。辞めさせられると思っていたのだろう。
「ももに行かないか。今ならまだ誰もいない」
「なんで、ももに」
「君にはまだ話したいことがある。お茶を飲みながら話そう。上の空で聞いて欲しくないからな」
私の話をしたい。そう言うと、スバルはやっと顔を上げた。目が赤く腫れている。
二人は寮を出て、朝靄に包まれながら茶房ももに着いた。