14 モモのお茶
その日の午前中、モモは医療部にいた。何故かモモはお茶を淹れている。自分でも、どうしてお茶を医療部で淹れているかわからなかった。
マリナから、久しぶりに健康診断をしないかと誘われたから来たのだ。が、簡単な健康診断を終えたら「お茶を作って欲しい」と言われて淹れている。
医療部といっても、マリナの執務室だ。スタース、マリナ、ユウ、リカがモモの淹れるお茶を見ている。
何故このメンバーがここにいるのだろうか?
疑問に思いつつ、お茶を作る。
モモが朝に煎ってきた茶葉に、お湯を淹れる。時間をきっかり測って、茶器に注いだ。
「できました。皆さん、飲みますか?」
「じゃあ一杯もらおうかな」
「じゃ、リカの分は研究室に持っていくね〜」
リカはお茶を持って、どこかへ行ってしまう。今から仕事なのかな、とモモは見送った。
「健康診断の結果って、いつわかりますか?」
「そうね。すぐにわかると思うわ。わかったらまた連絡するわね」
モモは医療部を出る。振り向いて、ドアを見た。話し声が聞こえる。
(空気がおかしかった。何かあるのかな?)
モモは、精神波から人の心の状態が少しだけわかる。表情からも異変が読み取れた。
心の読み取りは、人のプライベートに立ち入る。その為、普段はあまり使わないが、気になって読んでみたのだ。
やけに、モモのお茶に意識が向いていたようだ。
(わたしのお茶、美味しくなかったのかな……)
後でスタースに聞いてみようと、医療部を離れた。
店を開けると、新人三人組がやってくる。モモは注文をとり、厨房に入った。
「あー気に入らねえ! 何だよアイツ、ちやほやされて!」
やけにスバルがイラついているのが、見てとれる。
「おいモモ、マジであの鬼がバイトしてんの? 今いないよな。会いたくねえから」
「えーあたしちょっと見てみたい。バウリン隊長がバイトしてるとこ!」
「チッ……あんな、鬼野郎の出した食べ物なんて食べたくねえよ」
舌打ち。通路側に移動させた椅子に座り、足を組む。イライラしてるな、とモモはスバルを盗み見た。
きっとスタースが注目され、人が集まってきたのが気に入らないのだろう。マコトが気になってるのも、気に触るのかもしれない。
モモは注文を受けた、お団子とお茶をテーブルに置く。スバルはお団子を手に食べ始める。
「隊長さん、そんなに悪い人じゃないよ。そのお団子も隊長さんが……」
齧ったお団子を吹き出すスバル。布巾を渡すと、テーブルを拭く。
「モモ、やけにあの鬼の肩もつな。惚れたとか?」
「えっ、ち、違うよ。そういうわけじゃ……」
顔が熱くなるのが、わかる。
ガタリ、と音が鳴った。ショーンが青い顔で立ち尽くしていた。
ショーンは何も言わずに、ももを出て行く。あっという間で、声をかけるヒマもなかった。
「あいつ……。モモ、お前も騙されてるんじゃねえの? 極悪非道なバウリン隊長のことだし、何か利用したいんだろ。それかお前を弄んでるか」
笑いながら言う。
ーースバルは身震いをした。マコトも驚いて、モモを見る。モモからオーラを感じたからだ。怒りの空気。二人は怯えたように、恐怖に染まった目でモモを見た。
「モモ、な、なんだよ、そのオーラ。まるで鬼野郎みたいな」
「隊長さんのこと、侮辱しないで」
静かな声。感情のない音。モモは無表情のまま、スバルを見つめていた。怒りを感じさせない、怒りを極限まで抑え込んだ想いが、声色に乗ってスバルを圧倒させる。
「スバルは何が気に食わないの? 何が悔しいの? 何が嫌なの?」
モモは、矢継ぎにスバルに問いかける。
「おっ、お前には関係ないだろ!」
スバルは立ち上がって怒鳴る。
「あんな奴、俺はぜってー信じねーから!」
店から出て行くスバル。
「ちょ、スバル! もう、あいつ……!」
「……ごめん。わたし……」
マコトは呆れた様子で、スバルの出て行った入り口を見ている。モモは自分の言ったことに気づいて、マコトに謝った。
「いいの。あいつがバカなだけだから。ホント……」
「何だか、スバル、無茶しそうな気がする。マコトも思わない?」
「うん。嫌な予感がする」
二人で頷く。それが何かはわからないが、嫌な感覚があるのだ。スバルなら、無茶をしそうな気が。
「気をつけて見ててね」
「うん。よく見とく。でも、まっさかモモがねー」
にやにや笑うマコト。モモはぴんとこず、首を傾げている。
「え、本当に気づいてない? モモって鈍感なんだなー。そんな感じしてたけど。隊長さんはどうなんだろー?」
マコトはお茶を飲み干し、立ち上がる。
「さーて。スバルをいっちょ殴りに行きますか! モモ、今度、恋バナしようねっ」
マコトも出て行く。店内にはモモだけだ。いや、すーちゃんがモモの肩へ飛び乗る。
「うーん。なんだか嫌な予感がするの。すーちゃんはどう思う?」
答えるように、すーちゃんは首を動かした。
「だよねえ」
モモは椅子に座ると、頬杖をつく。大変なことにならなければいいけど、とため息を吐いた。
「それに……わたし、隊長さんのこと……」
マコトの言い方だと、モモがスタースを好きだと見えるらしい。今のモモには、自分のことがわからなかった。
「そりゃ、気になるけど。でも隊長さんはわたしのこと妹みたいだって」
時計を見ると、昼に近づいていた。
「あっ。そろそろ、定食の準備しなくちゃ」
考えるヒマもなく、モモはやってくる客の為に準備を始めるのだった。
夕方、モモは再び医療部へと向かっていた。お茶をしに来てくれたユウが、健康診断の診断結果が出たと教えてくれたのだ。詳しく話したいらしいから、医療部へ来てくれ、とも。
店を閉めて、外壁階段を登る。わざわざ、外壁階段を使う人間なんてモモくらいだ。なので出会う人間はいない。
七階まで上がると、非常口から支部に入る。
医療部の前まで行くと、ノックをして中に入った。
「やあモモちゃん。マリナ医師なら執務室だよ」
シンハ支部の医師の話を聞いて、執務室に入る。朝と同じメンバーが揃っていた。もちろん、スタースもいる。
「あの、健康診断の結果、どうでしたか?」
皆に驚きつつ、聞いてみる。
「モモちゃん。ちょっと座ってくれないかしら。ゆっくりと話したいことがあるの」
マリナの言葉に、モモは何か体が悪いのかと考える。皆、真剣な面持ちだ。モモの体のどこかが悪いとして、このメンバーは必要だろうか? と思いながら。
「あの……もしかして、何か悪い結果でも……」
「モモちゃん、よく聞いてね?」
モモは唾を飲みこんだ。これはいよいよ危ないのかもしれない。何の病気だろうか。
「赤郷、何か勘違いをしているようだ。君は別に病気でもなんでもない」
「えっ? そうなんですか? ……何で隊長さんは、わたしの考えてることがわかって……」
「精神波を読んだ。君の緊張が高まっていたし、不安がっていた。まあ、こう言われると勘違いもするだろうしな」
精神波を読んだ? ナイツでもそれほど正確に読めるものだろうか? モモの場合は、元々、精神波の解読力が異常に高かったのだから。
「病気……では、ないのよ。モモちゃんはね、普通の人とは違う能力を持ってるの」
耐性が高いのと、精神波が読めるのは普通とは違うのを知っている。それではないのだろうか。
「赤郷。生き物は全て、微力な精神波を出しているのは君も知っているだろう。だが、君の生み出す精神波は普通とは少し違うんだ」
マリナが話を引き継ぐ。
「モモちゃんの精神波はね、人間の精神に干渉する力を持っているの」
「え、そ、それって、もしかして……」
モモの背中にぶわっと汗が浮かぶ。嫌な予感がした。
「異喰イと同じだ」
スタースがきっぱりと言った。
モモはその場にへたりこんだ。さすがのモモだって知っている。異喰イは人間の精神に干渉し、蝕むことで精神を貪るのだ。
自分が、異喰イと同じ?
「じゃあ、わた、わたしって……」
「赤郷」
スタースがモモの肩を掴み、モモの目線を自分に向ける。そこでモモは我に返った。返ったが、その先はわからない。とにかく、スタースの言葉を待った。まだ話は続いている、と気づいたからだ。
「君は異喰イではない。精神波がそれに近いだけだ。現に君の精神波は、周りの人間を喰らうのではなく助けているんだ」
「助けている……?」
「ももちの精神波はねー、人の精神に干渉して、異喰イへの耐性をアップさせる効果があるんだよ」
喰らうのではなく? と、聞くと、その場の誰もが頷いた。
「モモちゃんの精神波のおかげで、この支部の人達は異喰イの侵食をあまり受けなくなってるんだ。僕達を助けてるのさ」
「わたしの、精神波が」
「その精神波はねー。ももちの作ったお茶に入って、飲んだ人の体内に入って耐性を強めるんだよ。まだまだ研究中だけどねー」
モモはうーん、と唸って、考えこんだ。
「その……つまり、皆の役に立ててるってことですか?」
「そうだよー。シンハ支部でここ数年、死者が出ないのはももちのおかげなんだよー」
「まさか、モモちゃんにそんな力があるなんて驚きだなあ」
ユウがしみじみと頷いている。周りの目線も今までと変わらない。モモは息をついて、胸を撫で下ろした。
「皆さんのお役に立ててるなら、よかったです」
「この話は内密にすることにしたの。モモちゃんも人に話さないでね」
「わかりました」
モモはスタースと医療部を出た。茶房まで送ってくれるらしい。エレベーターに乗ると、四階を目指す。
「大丈夫か?」
スタースが、こちらの様子を伺っている。心配しているのだろう。モモはしっかりと首を振ってみせた。
「大丈夫です。最初は驚いたけど、皆さんのお役に立ててるなら、嬉しいですから」
「……強いな、君は」
何故かそんなことを呟き、スタースは前を向いた。考えこんでいるようだ。モモは、黙って邪魔をしないようにする。
「君のお茶は、皆を元気にして守っている。充分、皆の役に立てている。それを誇ってもいい」
「……はい」
スタースはまだ何か言いたげのようだったが、結局、茶房につくまで話すことはなかった。
「では、おやすみ」
「おやすみなさい」
茶房まで着くと、スタースは去っていく。
モモはスタースの姿をずっと見送った。チリン、と音がして、すーちゃんが隣にいた。
「聞いてよすーちゃん。わたしのお茶、みんなの役に立ててるんだって」
モモはすーちゃんを抱き上げると、にこにこしながら店に入る。
「異喰イと似てるって聞いた時は、驚いたけど……。でも、役に立てるならうれしいかな」
すーちゃんがこちらをじっと見ていた。何か、訴えているような気がする。
「大丈夫だよ。わたしはいつも通り、お店をやるの。皆の為にもね!」
にゃあ、とすーちゃんが鳴いた。頑張れよ、と言ってくれているように、モモには思えた。