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13 変わる心模様

 バウリン隊とスシェーテネ隊は、エンシャン街でレベル三の異喰イの討伐に当たっていた。

先程まで、スタースは繁盛しているモモの給仕を手伝っていた。が、今のスタースにあの穏やかな表情は無い。

異喰イを一匹残らず潰す。その想いだけで任務に当たっていた。


 ナイツ達は、レベル三の異喰イの核を包囲していた。新人達には、一般人の避難誘導と救助を任せている。スタース達は核だけに集中すればよかった。

しかし、今回の異喰イは厄介だった。


「核が動き回ってやがる。これは狙うのは難しいぞ」


スシェーテネ隊隊長、シオンが唸る。核は自身を守る大樹のような体の中を動き回り、照準を合わせるのが難しい。

一斉に撃てば何発かは当たるかもしれないが、弾不足になっては元も子もない。


「どうすれば……」


スタースは目を閉じた。雑音を消し去り、核へと意識を向ける。


ーーいけるな。

目を開け、シオンと第三部隊の副長ダグ、そしてトーマス、核を囲んでいるナイツ達に向けて声を上げた。


「私が合図をしたら、中央の幹部分へ攻撃しろ! チャンスは一回だ!」


騒めくナイツ達。だが、シオンとダグ、トーマスの反応は早かった。


「よし! バウリンの指示へ従え!」


「第二部隊! ウチの隊長の命令は絶対だ!」


三人が素早く指示をする。疑う欠片も持たずに。それほどスタースを信頼しているのだ、彼らは。


「発射用意!」


ナイツ達の銃口が一点に向けられる。皆、照準を正確に合わせて指が震える隙もない。その場の全員が、スタースの言葉を待っていた。


スタースはさらに集中する。意識を核に向け、異喰イの精神に同調させ呼吸を核に合わせる。


待っているのだ。核があそこへ、数秒間、留まる時を。


(来た!)


「撃てぇーッ!」


スタースは思いっきり叫んだ。その瞬間、ナイツ達の弾が核を襲った。激しい銃撃音。スタースも援護するように連射銃の弾を叩きこむ。


異喰イは悲鳴を上げて、灰のように消えていった。


「異喰イの討伐を確認! 任務完了!」


わっと、ナイツ達が歓声を上げた。


「スタース、お前、どうやらタイミングを測ったんだ?」


シオンがスタースの肩に手をかける。スタースは返答に困った。


「経験だ」


「俺も異喰イ討伐の経験は多いけど、核の動きを正確にはわかんねえよ。さっすがだな、バイト隊長!」


シオンは、スタースの胸をバンバン叩いて笑うと笑いながら去っていった。

最近、スタースのあだ名が「バイト隊長」になっている。茶房ももでバイトをしているからついたらしい。とりあえず誤魔化せたことに、スタースは安心する。


「バウリン隊長、お疲れ様です!」


ユウがスタースの元へ駆けてくる。息を切らしながら、スタースを羨望の眼差しで見上げている。


「待機してましたけど、驚きました。どうやってタイミングを測ったんですか?」


「経験だな」


と、言うしかないのだ。


「さすがだなー。あ、じゃあ僕は採取がありますから、また!」


ユウが他の分析官と共に、異喰イの亡骸の採取に入る。ユウと入れ替わって、トーマスがやってきた。


「お疲れ、バウリン。ん? どうした、首なんて傾げて」


「いや……最近、やけに話しかけられるなと思ってな」


スタースは疑問に思っていたことを口にする。今までは怖がられているのか、必要以上に話しかけられなかった。だが、最近はやけに皆が近づいてくる。怖がれるよりは、嬉しいのだが。


「そりゃお前、茶房ももでバイトなんてしてるんだからな。興味津々なんだろ、皆」


そうか。とスタースは頷く。確かに、茶房ももでバイトをしていると知られてから話しかけられるようになった。


「モモちゃんのおかげだな。感謝しろよ? 今から行くのか?」


「ああ。片付けが大変だろうからな。手伝いに行く」


「そうか。俺は用事があるから行けないんだ。ま、二人の方が楽しいだろうし、なっ」


「おい、君」


「まあ頑張れよ」と手を振って、トーマスは行ってしまう。今のトーマスの言い方に、スタースはため息を吐いた。


「まあ、あいつがいるとうるさいしな」


二人の方が楽だしな、と茶房ももへ向かった。任務に出る前の、モモの顔を思い出す。不安気に潤む瞳。触りたくても触れない、と空に伸ばす手。


(心配してくれていたんだろうな。安心して欲しい)


茶房ももに入ると、テーブルについているモモの後ろ姿を見つけた。


「赤郷」


名前を呼ぶが、返事はない。振り返りもしない。そんなに気にしているのだろうか。


「赤郷?」


モモの顔を覗きこむ。目を閉じ、頬杖をついて眠っているようだった。日に当たる、絹のようなきめ細かい肌。繊細に空気に揺れるまつ毛。一瞬、見惚れていると、モモが目を覚ました。こちらを見上げると、目に涙が浮かぶ。


「隊長さん……」


立ち上がると、スタースに抱きついてきた。スタースは突然の出来事に、体が小さく震える。人に触れることを避けてきた為に、モモの行動に一瞬恐怖を覚える。が、何故だか突き放すことはできなかった。


「無事に帰ってきて、嬉しいです」


モモの体温をじんわり感じる。体の中に、微力な波長を感じた。スタースはそれに驚きつつ、モモの頭に手を置いた。


「心配をかけたな。大丈夫だよ」


「はい……」


スタースはモモが落ち着くまで、そのままでいた。


 茶房の後片付けを終えたスタースは、店を出てを歩いていた。西通路を歩きながら、去り際のモモを思い出す。顔が赤かったが、大丈夫だろうか。風邪などひいてなければいいが。


 寮には帰らず、医療部へ向かう。エレベーターから降り、医療部のドアをノックした。

マリナが出てくる。スタースを見るとにっこりと笑った。


「あらバウリン。体調でも悪いの? まあ、上がって」


マリナの執務室に入る。夜だからとカフェインレスコーヒーを淹れてくれた。ソファに座ると、コーヒーを飲む。最近はすっかり飲まなくなったので、いつも以上に苦味を美味しく感じた。


「ウワサになってるわね。私も驚いたわ。バイト隊長なんて言われてるの、知ってる?」


スタースは頷くと、テーブルにカップを置いた。マリナは面白そうに、スタースを観察している。


「少し変わったわ、貴方。棘がなくなったっていうのかしら? ちょっと空気が穏やかになったわ。スコットから、任務中は相変わらずって聞いてるけど」


モモちゃんのおかげね、と言うマリナに、スタースは素直に頷いた。


「それで、本題だが」


スタースは、ソファに座り直して話を変える。


「この支部の謎についてなんだが……」


マリナの表情が変わった。マグカップをテーブルに置き、両手を膝に重ねる。スタースを真っ直ぐと見た。


「何かわかったの? ここだけ、何故かナイツの寿命が長いことが」


「ああ。仮説なんだが……どうも、赤郷が関係しているのではないかと思うんだ」


黙ることで、スタースが話を続けるのを促しているようだ。


「今日、赤郷から微力な精神波を感じた。どうやら赤郷の精神波は、こちらに……人間に、干渉するようだ」


「人間に、干渉?」


マリナの顔が途端、青くなる。意味がなんとなくわかるようだ。


「ああ。精神波を放出し、近くの人間の体内にある精神に干渉する。異喰イと同じだ」


だが、とスタースは付け加える。


「赤郷の場合は侵食するのではなく、相手の精神波を強固にするのではないかと思う」


「つまり、耐性を強める?」


「そうだと思う」


異喰イと同じだが、違う。異喰イは人間の精神波に干渉し、蝕み廃人化させる。モモは精神に干渉はするが、異喰イとは反対だ。

人間の精神に、異喰イから守る耐性を付けるのだ。似ているようで、全然似ていない。


「どうやってナイツ達の耐性を上げるのかしら? 近づく度に干渉する? 数分で充分、干渉できるもの?」


「私の推測では、お茶を使っているのではないかと思う」


モモはほうじ茶を手作りしたり、客に出すお茶はいつも淹れたてを使う。


「お茶を丹精込めて作る際に、精神波がお茶に移る。飲んだ人間の体内に精神波は入り、干渉する」


なるほど、とマリナは呟く。


「でも……何で、モモちゃんにそんな力があるのかしら……」


マリナは口に手を当てて考えている。心当たりが思い付かないようだ。スタースには、一つ思い当たる節がある。


「やはり奴らが関わっているのだろう、と、私は考えている。赤郷は幼い頃に記憶を失っていると聞いた。記憶を失う前に、何かあったのではないだろうか」


しばらくの間、沈黙が下りる。マリナは何か考えているようだ。顔は青白いが、目はしっかりしている。赤いマニキュアを塗った、美しい爪。白い肌に映えるのが、スタースに鮮やかに記憶された。

マリナは頭を振り、考えるのをやめる。


「……この話は、ごく少数の人間の間だけにしましょう。とりあえず、リカちゃんには話します。支部長にも。まずはモモちゃんの精神波と、お茶に本当に精神波が入っているか確認しないと」


これからのことについて短く話し、スタースは医療部を出た。


(何故、もっと早く気づかなかったのだろうか)


例えば、倒れた時にお茶を振る舞われ、心が落ち着いた時。その他にも、モモの精神波に気づくチャンスは多かった。

まあ、仕方ないのかもしれない。異喰イの精神波に同調させることはある。が、わざわざ、人間の精神波を読む必要はなかったのだから。


(赤郷……君は、一体、何者なんだ?)


スタースは違和感を感じ、その場にしゃがみこむ。体を這い回る感覚と、痛みと苦しみが襲ってきた。


(異喰イに同調しすぎたか)


こういう時こそ、モモのお茶だ。謎は残るが、モモは確かに支部の者達を支えている。

いつかそれを伝えてやりたい、そう思いながら、立ち上がり寮へと帰った。

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