11 ウワサと新メニュー
モモは昨日の出来事を後悔していた。ついさっきも開店準備を終え、仕事に出ていったスタースにも平謝りだ。
「まさか膝枕させちゃうなんてえ……うううっ」
スタースは、特に気に障ったわけではないようだった。どう思われていたかといえば、妹のように温かく見てくれたのだろう。嫌われなかったことには安心する。困っただろうが。
今でも、思い出すたびに顔が熱くなる。両手で顔を覆い、ぶんぶんと頭を振る。すーちゃんが不思議な顔でこっちを見ている。
しばらく店内をうろついて、落ち着くことにした。
「これからは気を引き締めていこう!」
鼻息荒く一人で宣言する。と、店の入り口に数人の輪郭が見えた。モモは笑顔でいらっしゃいませ、と案内しようとする。その数人の中にはショーンもいた。どうやら第三部隊の面子のようだ。
四人とも、真剣な表情でモモを見つめている。ショーンにいたっては顔色が悪い。何か悪いことでもあったのだろうか? 不安に思いながら、モモは席へ案内した。
メニューをとると、メンバーの一人が口を開いた。
「あのさ、モモちゃん。ちょっと聞いていいかい?」
「はい。何ですか?」
「いや、その……」
「昨日、バウリン隊長と出かけなかった?」
口ごもる隊員に、ショーンが待ちきれず聞いてくる。モモはしばらくぽけっと四人を見ていた。
「昨日さ、何人かがモモとバウリン隊長が二人で出かけてるところを見たって言って」
まあ、バレるかなとはモモも思っていたのだ。特にそのことについて、モモも気にしていなかった。スタースに聞いても大丈夫だ、と言っていた。なのであるがままを言えばいい。
「はい。出かけました」
その言葉に、沈黙が降りる。皆、どう受け止めていいかわからないらしい。
「隊長さんはウチのバイト君ですから。昨日は、お茶の仕入れの為にマトカ村へ行ったんです。なかなか助かりました」
にっこり笑うモモ。四人はしばらくそんなモモを見つめて、
「ええええー!」
とキレイに叫んだのである。
昼はやけに繁盛した。人が入れ替わり立ち替わりやってくる。いつもの倍の数の多さに、びびってしまいそうだ。
「モモちゃん、バウリン隊長とデートしたって本当か?」
みんな、モモとスタースが出かけたことに興味があるらしい。しかしデートとは、まあそう見えるのかな、と戸惑いながら訂正する。
「お茶の仕入れに行ったんです。バウリン隊長はウチのバイトですから」
「なるほどバイトか……ってえ? バイト?」
皆、目が点になる。
「はい。そのお汁粉は隊長さんが作ったんですよ」
「え? ま、マジ?」
モモが頷くと、職員の男性がお汁粉をまじまじ見つめる。そのまま口に運ぶと、ほうっと息を吐いた。
「美味しい……モモちゃんが作ったのと同じくらい美味しい。っていうか想像つかない」
職員は、お汁粉を作るスタースを想像しているようだ。想像がつくと良いのだが。
「隊長さん、作るのなかなか上手いんですよ。掃除もやってくれるし、助かっているんです」
笑顔で話す。本当に助かっているのだ。スタースのお陰で作業効率が上がったしいいことずくめ。給仕もして欲しいくらいだ。
「まさかバウリン隊長がバイトだなんて……」
「信じられねえぜ……」
ショーンと彼の先輩は、朝に来てからずっと入り浸っている。相当、ショックだったのだろうか。スタースの作ったおはぎはしっかり食べているが。
「じゃ、じゃあさ。バウリン隊長とは恋人とか、そういうものじゃないんだよね?」
恋人。そんなわけないとモモも思った。あくまで店長とバイトだ。スタースだって、自分のことを妹みたいに思っているのだから。
「違う違う。違うよ。仕込み手伝ってくれてるだけだし」
慌てて手を振り否定する。ショーンは安心したようにため息を吐いていた。先輩はショーンに親指を立てている。
「そうだよね。そうだよ。……でも、ちょっと見てみたいなあ、バイトしてるバウリン隊長」
「俺も見てみたいなー」
「朝早く来たら、会えるかもよ?」
「いや、それはそれで……」
「見たいけど見たくない……」
複雑な心模様である。
その夜には、二人のデート説はなくなり「バウリン隊長がもものバイトをしている」というウワサが広まった。事実ではある。反応は皆同じく、驚いているようだった。
翌朝、スタースがやってくる。裏口から入ってくるスタースにモモが昨日のことについて口を開いた。
「みんなびっくりしていましたよ。お汁粉も大福も美味しいって言ってました」
「そうか」スタースは面白そうに笑う。
「スコットにも根掘り葉掘り聞かれたよ。みんな変な視線で私を見ていた」
スタースは愉快そうな笑顔で、機嫌がよかった。嫌、というわけではないらしい。皆の反応を面白がっているようだ。
「あ。そうだ。あの、夕方、店が閉店したらウチに来れますか?」
スタースが豆を袋からとりだす。その後ろ姿に、モモは聞いた。
「呼び出しがかからなければ、構わないよ。何かあるのか?」
「新メニューを考えたいので、隊長さんにも一緒にアイデアを出して欲しくて」
新茶も仕入れたので、せっかくだから新メニューを作ろうと考えたのだ。スタースもバイトなので、参加して欲しいと思っている。
「わかった。また来るよ」
そのまま二人は仕込みに入る。開店時間にはまたたくさんの客が来た。隊長はいないのかと聞かれることが多い。朝の仕込みしか来ないと話すと、残念そうだ。皆、ももで働いているスタースを見たいよう。というか、信じきれない者もいるようだった。
夕方になって店が閉店すると、スタースがやってくる。お互い、店内のテーブルに着き向かい合った。
「それでは、新メニューの開発会議を始めます」
「うむ」
すーちゃんがあくびをする中、二人は真剣に話し始める。
「お茶を使った新しいメニューを作りたいのですが、隊長さんは何かアイデアがありますか」
「そうだな。今日の朝に新メニューを出すと聞いて、少し考えていたものがある」
スタースがテーブルに身を乗り出す。店内の明かりで、鼻筋の陰影が浮かび上がった。
「軽食を出すのはどうだろうか? たまにランチが食べたくなるとチラッと聞いたことがある。ももで食べたいと思ってくれる客も多いだろう。問題は、お茶を使ったランチが思い浮かばないだけだ」
なるほど、とモモは口元に人差し指を当てて考えこむ。スタースはモモが話し出すのを待っているようだ。乗り出した体を戻し、モモを見つめている。
「そうですね。茶殻を使った料理なんかもありますし、作れないことはないです。いいかもしれません」
「そうか。よかった」
スタースが笑顔になる。自分の意見が通って嬉しいのだろう。やっぱりありがたいな、とモモは感じた。違う人の意見だからこそ、新しいメニューが考えられる。
「さっそく、簡単なものを作ってみましょう。おにぎりとおひたしなら簡単かな。あとお味噌汁もできるかも」
「私も手伝おう」
二人で厨房に向かう。どちらの表情も、ワクワクしている。すーちゃんはそんな二人を見届けて、もう一度あくびをした。
その夜遅くまで、ももの明かりは消えることはなかった。夜九時をすぎた頃、茶房ももから美味しそうな香りが漂ってくる。
「こんな感じでどうですかね」
お盆には、茶葉の入ったおにぎりと、茶殻のお浸し。粉末緑茶で作ったお味噌汁。だし巻き玉子もついている。飲み物はやはりほうじ茶だ。
おにぎりは鮮やかな緑。セイレン国産の品質のいい米を使った。だし巻き玉子は優しい黄色。ふるふるで、口の中でほどけそうだ。緑茶の入ったお味噌汁が、いい香りを漂わせている。
二人はいただきます、と手を合わせてランチを食べる。
「うん。いい感じですね!」
「お茶の葉がこんなに美味しくなるとは思わなかった。俺も毎日食べに行きたいくらいだ」
美味しそうに食べるスタースに、モモは和やかな気持ちを顔に出す。誰かに美味しいと言われるとらやはり嬉しい。
「さっそく明日から、試作品として出してみましょう。よければ正式にメニューに出すということで」
「緊張してきた」
スタースの表情が固くなる。自分のアイデアからできたメニューなのだ。そう思うのは当然だろう。モモだって、今あるメニューは周りの意見を聞いてからできたもの。みんなの意見からいろいろと、試行錯誤してきたのだ。
「みんなに喜んでもらえるように、頑張りましょう」
遅くなってしまった。店の前でスタースを見送る。スタースは何度か手を振り、闇の中へ溶けていった。見えなくなったのを確認して、店の明かりを消す。
今日はもうお腹いっぱいだ。後片付けを終えたら、ハーブティーを入れて一息吐く。
「明日から大変ね。頑張らないと」
いろんな意味で、とモモは心の中で付け加える。新しいメニューもそうだし、客もスタースのウワサを聞いてやってくるだろう。新しいメニューのアイデアを出したのがスタースと聞いたら、どんな顔をするだろうか。
皆の知らないスタースを、皆が少しずつ知っていく。いいことだ。素直に思う。自分だって、まだまだ見たことのない表情がたくさんある。
もっともっと知りたい。見てみたい。
(なんだろう。変な感じ)
不思議な感覚が体の中を這うようだ。温かい暖炉のような温度に、胸が焼ける。
「うん。明日も早いし、寝よっと」
見ないふりをして、厨房の明かりも全て消す。二階へ上がろうとすると、すーちゃんがいた。一番上からモモを見下ろしていた。
階段を上ると、すーちゃんを抱き上げる。
「おやすみなさい」
しばらくして、二階の窓から漏れていた明かりも消えた。