柩 1
つむぴょんは機嫌が悪かった。
ここはつむぴょんとご主人様だけの場所で、他の誰も、踏み込んできてはいけないはずだ。
だから、例えば人形であるつむぴょんを売り飛ばそうとする人間や、
どういうわけかご主人様を狙う、得体のしれない邪教徒は、排除する必要がある。
つむぴょんの事はともかく、ご主人様の命を狙うのなら、なおさらだ。
悪いやつがやってくる度に短剣を手に取り、
そして自身の武器である毒を使い、戦った。
戦いは苦手だったが、戦わないとご主人様を守れない。殺さないとご主人様を守れない。
お屋敷に踏み込んできたのが誰であれ、何であれ、
ご主人様を守るために必ず殺す事が、つむぴょんが自分に課した役目だった。
強くなるために、殺しの依頼を受ける事もあった。
人形であるという理由で逆に殺されそうになる事もあったが、
その度につむぴょんは毒を塗り込んだ短剣を相手を刺し、ひとりだけで依頼をこなしてきた。
殺しの経験も積める。依頼をこなすことが出来れば、報酬に多少のお金は貰える。
ご主人様には内緒だったが、つむぴょんはそうやって生きていくと決めていた。
だから今朝、突然お屋敷の中に上がり込んできた女も、
つむぴょんにとっては殺すべき敵だった。
「ちょっと、いきなり飛び掛かってくるなんて失礼な人形ですね」
なにが人形ですか、つむぴょんはつむぴょんです。
ナイフを持ち直して女を睨む。
「私はあなたに挨拶をと思って――」
――ひつぴょん?
ご主人様の声が聞こえた。これはまずいですね。
つむぴょんは叫んだ。
「ご主人様、部屋に帰ってください! こいつはつむぴょんが殺します」
できればご主人様に誰かを殺す姿は見られたくない。
「あの子の前で、なに物騒な事を言ってるんですか」
「ひつぴょん、どうしたの? つむぴょん、なにがあったの?」
「知りませんよ、この人形がいきなり私を斬ろうとしてきたんです。
人形で遊ぶのは構いませんが、ちゃんと躾けてあげましょう?」
つむぴょんは、不快になった。
どうもご主人様とこの女は、知り合いらしい。
それに、ご主人様は『ひつぴょん』と呼ばなかったか。
「そんなに睨まないでくださいよ。私は、ひつぴょんです。
これはあの子に頂いた名前なんです。良いでしょう?」
「ご主人様、どういう事ですか。こいつは誰ですか!」
「まって、つむぴょん怒らないで……。えっと、ひつぴょんだよ。
お父さんとお母さんがいない時、よく僕と遊んでくれてたんだ」
そうですか。見たところ、この女も人形ですね。
ご主人様の人形は、つむぴょんだけじゃなかったんですね。
「……不快です。もう知りません! 勝手にしてください!」
つむぴょんはほっぺたを膨らませて、それきり口を閉じて部屋に閉じこもった。