廻 5
お屋敷の扉が開き、子供が走って近づいて来る。
「うおーつむぴょんだー!」
そのつむぴょんとは、もしかしてわたしの事だろうかと思う前に、手を握られてしまっていた。
目を輝かせてわたしを見てくる子供。
「あなたが、わたしのマスターという事ですか」
「ますたー? 違う違う、それにつむぴょんは自分の事をつむぴょんって言うんだよ」
「つむぴょんってなんですか」
「つむぴょんの名前だよ。ね、お父さん」
テオラさん。この子は一体何を……。
思わず隣に立つテオラさんに助けを求めてしまう。
「あぁ……こういう子なんだ。私達の、愛した子は」
そうですか。変な人なんですね。
でも、不思議とこの子――ラフィナに対しても、不快な感覚は無いような気がする。
この子の傍にいる事が。いられる事が、何故か嬉しいような。
「ねねね、つむぴょん。つむぴょんって言って」
「……つむぴょん」
「へへへ……そうそう、やっぱりつむぴょんだ」
「あなたは何を言ってるんですか……」
「そしてねー、僕はご主人様だよ。つむぴょんはメイドだからね!」
メイドでは無く、ドールですが。
本当に。変な人だ。
ラフィナが言うには、メイドとは『ずっと一緒にいてくれる人』の事らしい。
そして、メイドは、その相手を『ご主人様』と呼ぶものだと。
それがあなたの描いたわたしなら。
『つむぴょん』なら。
わたしは、つむぴょんになりたいと、思った。
「……つむぴょんは。ご主人様の、メイドというわけですね」
「そうだよ! やったー、よろしくねつむぴょん!」
ご主人様が、抱きしめてくる。
なんだか悪くないような気がした。
「へへへ、つむぴょんはほっぺもやわらかい」
「何ですか、ほっぺを触らないでください。不快です」
相変わらずへへへと笑いながら、
わたし――つむぴょんに抱き着いたままのご主人様が、テオラさんの方を見た。
テオラさん……ではなく、お父様、と言うべきなのかもしれない。
「お父さん。僕、頑張るから」
「ああ。おまえはきっと、何だってできる。何にでもなれる。
私と……お母さんの、希望なんだから」
「うん。まかせて。つむぴょんの事も、絶対に幸せにするからね。
ありがとう、お父さん」
幸せですか。……ドールである、つむぴょんが。
「きみは……どうか。この子の事を、守ってあげてほしい。
そして出来るなら。ずっと、愛してあげてほしい」
「守るのは僕の役目だけどね。最近は早起きも出来るようになったんだよ」
「そうか。偉いな……」
つむぴょんを抱きしめたままのご主人様を、
お父様は優しく抱きしめた。
「……お、お父様。つむぴょんは、何があっても、ご主人様の傍にいます」
「つむぴょん! 嬉しい、すきすき」
「もう、だからほっぺたをつつかないでください」
やがてお父様は、ご主人様から離れていって。
ただ一言、私達はずっと、ラフィナの事を愛しているよ。と。
当の本人は、何故かほっぺたを触り続けていて、
せっかくの言葉を聞いているのかいないのか分からないけど。
「いってらっしゃい、お父さん。お母さんと、ずっと幸せでいてね」
お父様を見送りながら。
お父様を見送るご主人様の、少しだけ寂しそうな顔を眺めながら。
つむぴょんにはどうしても、なぜお父様が、
ご主人様を残して死ななければならないのか、理解できませんでした。
それはつむぴょんが人形だから、理解できないだなのけでしょうか。
それともやっぱり、つむぴょんの思う通り、変な人という事なのでしょうか。
「つむぴょん!」
「なんですか?」
でも……そんな事は、きっとどうでもいい事なんですね。
つむぴょんは、ご主人様を守らないといけないのですから。
そして、もしも。
ご主人様が、つむぴょんの事を愛してくれるのなら。
つむぴょんも、ご主人様の事を、愛せるでしょうか。
「これからよろしくね!」
「はい。こちらこそ、よろしくおねがいします。ご主人様」